核戦争 核戦争の概要

核戦争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/09 09:01 UTC 版)

原子爆弾の投下によって発生したキノコ雲。左が広島で右が長崎。日本への原子爆弾投下(1945年8月6日・8月9日)

概説

核戦争とは原子爆弾水素爆弾中性子爆弾などの核兵器、またそれらを運搬する各種のミサイル爆撃機潜水艦などの兵器として用いられる戦争を指す。その規模については限定的なものから全面的なものまでさまざまな形態が考えられているが、いずれにしても甚大な被害が生じると考えられている。

2022年現在までに核兵器の実戦使用は、第二次世界大戦におけるアメリカ合衆国日本への2発の原爆投下のみであり、敵対国同士が核を使った戦争は発生していないが、キューバ危機北朝鮮核問題2022年ロシアのウクライナ侵攻など、核戦争を引き起こしかねない危機は常時発生している。

核戦争の理論

ミサイルサイロ。サイロ内のタイタンII ICBM。周囲のすのこ状のものは整備用プラットフォームで、使用されない時には折り畳まれている。
B-36(Consolidated Vultee B-36 "Peacemaker")1950年代
バスター・ジャングル作戦、デザートロック演習のため、ドッグ実験の核爆発を見守る兵士達(1951年11月1日)
対潜兵器。核搭載アスロックの爆発シーン。手前の艦は駆逐艦アガーホルム(1962年)

核戦略の研究者の間では核戦争の発生や進行に関していくつかの派が存在する。

核戦争を引き起こす要因

冷戦時代、核兵器の使用に関する重要な考え方は、古い軍事的知恵からではなく、戦略的意思決定を理解するための新しい方法であるゲーム理論から生まれた。この分析的アプローチは、アメリカ合衆国とソビエト連邦のにらみ合いがナッシュ均衡を表していることを示唆した。なぜなら、核攻撃は必ず壊滅的な反撃を引き起こすため、アメリカとソ連のどちらの超大国も、核攻撃を先制的に開始する理由はないと説明された。説得力のある大義名分がないと、例えばどんな独裁政権でも核戦争を開始するのは難しい[1]

核戦争の勃発には基本的に二つの要因があると考えられている。危険性のエスカレートと、奇襲攻撃によるものである。ここでは主な要因について述べる。

先制攻撃
核保有国が存在する限り常に存在する可能性である。戦争当事国の一方が核兵器で攻撃される危険性を感じれば、核戦争における初戦の優位を獲得するために先制攻撃を行う可能性がある。
危険度のエスカレーション
それぞれの国家軍隊が危機的状況において相互に自らの優位性を争奪する過程で軍事的な威嚇のレベルを上げる際に発生する。ゆえに冷戦末期の国際政治において超大国の重要な権益にかかわる地域の紛争にかかわってはいけないという不文律があった。
優位性の喪失
相手国が軍事的優位性を確保した場合に、自国にとって不利な軍事力バランスの打破を期待して発生するものであり、優位性を完全に喪失する前に先制攻撃を実行しようという考え得る。
冷戦期のアメリカ戦略防衛構想はこの問題を取り扱っていた。
技術的偶発
意思決定の考えとは無関係に核戦力が行使されて核戦争が勃発するものである。
偶発事件には非常にさまざまな種類がある。大陸間弾道ミサイルに搭載される核兵器は作動解除リンクシステムで管理されているが、潜水艦発射弾道ミサイルの核弾頭は技術的制約上システムの管理下にない。ただ責任者全員の同意がなければ発射できない仕組みになっているが、収拾不可能な緊急事態において核兵器が使用される危険性がわずかに残っている。
不合理な要素
情緒不安定・精神疾患イデオロギー・過度な民族主義[2]・過激な宗教などの要素を持った非合理的な政策決定者によってもたらされる。彼らにとっては、多大な人命や財産の損失よりも、妄想によって産まれた敵の打倒や、信奉するの勝利の方が優先される可能性がある。すなわち国際社会に上記のような人物が統治する核保有国が存在する限り、不合理な要素によって核戦争が勃発する危険性は存在する。

核攻撃の形態

核戦争が始まる核戦力を用いた攻撃にはいくつかの形態が考えられる。

対都市攻撃
第二次世界大戦中の都市爆撃と同様、相手国の都市を破壊することで、国民戦意や継戦能力、インフラストラクチャーを破壊することを狙った核攻撃である。広島長崎への核攻撃はこれに分類される。特に冷戦期間中、核保有国・非核国の区別なく各国でシミュレートされ、他の形態の核攻撃と比べて被害が際立って膨大なことから最も恐れられた攻撃である。
主に民間人やその住居など、非軍事目標を狙うため非人道性は高いが、一旦大規模な核戦争が起きると、後述する対核戦力核攻撃によって、数時間から数日のうちに彼我の核戦力が沈黙し、以後選択の自由は失われてしまう為、保険的な目的で核戦争勃発時にこうした攻撃が発生する可能性は、今でも高いと考えられている。
冷戦期間中は米ソ両国で検討されプラン化されていた。
対核戦力先制攻撃
相手国の核戦力の基盤であるミサイルサイロ潜水艦基地などに対する核戦力を用いた先制攻撃である。
ただし、外洋をパトロールする潜水艦には核兵器が搭載されており、その破壊は難しいため、不完全なものとなる可能性が非常に高い。
対通常戦力先制攻撃
相手国の通常戦力、陸軍海軍空軍駐屯地基地に対する核戦力を用いた先制攻撃である。
この攻撃が行われる場合は、その後に相手国の戦力を完全に無力化するために通常戦力を用いた攻撃が計画されている可能性が高い。
対産業攻撃
発電所、エネルギー施設、産業施設などの経済拠点に対する核戦力を用いた攻撃である。
ただし、この攻撃を実施する場合は、目標地域に民間人がいるため、多大な死傷者が出る。
対司令部攻撃
首都、統治機関、軍隊参謀本部などの司令部に対する核戦力を用いた攻撃である。
この攻撃は理論上、相手国の報復攻撃を阻止することを目的としたものであるが、軍指導部は核兵器発射権限を各部隊に委譲できるため、実際に指揮系統を機能停止にし、反撃を封じ込めることは非常に難しい。
報復攻撃
先制攻撃を受けた場合、相手国の核戦力(場合によっては産業・司令部に対して)を無力化するために核戦力を用いて報復のために攻撃を実施する。
報復攻撃には主に二つの方法がある。
警報時の発射(LOW)
核兵器が爆発する前に報復攻撃を実行することである。基本的にこの攻撃は人工衛星レーダーを用いたミサイル警報システムが整備されている必要性がある。
被爆下の発射(LUA)
核兵器が爆発したことを確認してから報復攻撃を実施する。さまざまなセンサー人工衛星などで情報を確認し、攻撃を実行する。
核テロ攻撃
スーツケース程度の小型の核兵器を用いた攻撃を指す。軍事的な分類ではないが、都市で実施すれば高層ビルを崩壊させ、周囲の建築物に多大な被害を与えるという非常に大規模な攻撃が可能であり、非常に危険性が高い(テロリズムを参照)。
他、ハッキングによる核発射や、テロリストが核ミサイルを搭載した潜水艦や人工衛星をのっとることで発射させることもフィクションでよく使われる。

核攻撃の影響

核戦争は予想されうる事態に過ぎず、歴史的な事例は存在しない。また戦争には多数の不確実性が生じ、その影響も攻撃方法、使用兵器、攻撃対象の位置、環境、人口などさまざまな要素が関連するため科学的な予測は難しいが、2019年にプリンストン大学のアレックス・グラーザーが、アメリカとロシアの間で核戦争が起こった場合、9150万人の死傷者が出るというシミュレーション結果を公開している[3]。ラトガース大学などのチームによる研究結果の発表では、アメリカとロシアの間で核戦争が起こった場合、発生した煤で引き起こされた日照不足などにより農作物の生産量が減ることで、50億人以上の餓死者が出る可能性があるとしている[4][5]


  1. ^ Zeeberg, Amos (2015年5月6日). “Why Hasn’t the World Been Destroyed in a Nuclear War Yet?”. Nautilus. 2021年7月11日閲覧。
  2. ^ 民族主義は多かれ少なかれどの国にもあるが、過度な民族主義は暴走する傾向がある。そもそも、実際に使うつもりで世界で最初に核兵器を秘密裏に開発し始めたのはドイツの民族主義者アドルフ・ヒトラーであった。「自民族だけが優れる。自民族だけを守る。」という思想は、たいてい「他民族はどうでもいい、他民族は滅んでいい。他民族を絶滅させる」という発想にたどり着き、過度な民族主義者が独裁者になり国の全権を独りで握ると、実際に他民族の絶滅させようとしたり(ホロコースト)、他民族を絶滅させるための兵器(大量殺戮兵器)を開発しはじめる。第二次世界大戦時には、極端な民族主義状態であった日本政府も原爆開発に着手していた(日本の原子爆弾開発)。ドイツと日本が秘密裏に原爆開発を行っていることを諜報活動で察知したイギリスやアメリカ側は、対抗措置で急いで原爆開発に秘密裏に着手、最初はイギリスが先行したが途中からイギリスは開発はアメリカでするべきだと判断し、アメリカが先に開発・製造にたどり着き、アメリカ政府はそれを先手で使用し、戦争の決着がつき、民族主義者によって原爆が使用される事態は防いだ。現在ではロシア民族主義をかかげるウラジーミル・プーチンが核兵器の使用にしばしば言及しており、ウクライナ侵攻以降、その発射装置をボディーガードに持たせ自分の手元に常に置いている状態だと、報道陣や世界各国にあえて意図的に見せつけている。
  3. ^ ロシアが1発でも核兵器を使うと最初の数時間で死傷者が9150万人に達するという研究結果”. GIGAZINE (2022年4月21日). 2022年4月22日閲覧。
  4. ^ アメリカとロシアが核戦争すると50億人以上が飢えて死ぬと試算”. GIGAZINE (2022年8月16日). 2022年9月16日閲覧。
  5. ^ 「局地的な核戦争でも数十億人死亡」すすの影響で地球規模の飢餓に”. Forbes JAPAN (2022年8月27日). 2022年9月16日閲覧。
  6. ^ 氷河期到来、飢餓の発生、死者1億人超…もし印パ戦争で核が使われたら | Business Insider Japan” (日本語). www.businessinsider.jp. 2022年3月1日閲覧。
  7. ^ 通常抑止力として扱われる核兵器を運用する部隊
  8. ^ プーチン氏、核抑止部隊に「特別警戒」命令 ゼレンスキー氏、ベラルーシ国境での交渉に合意” (日本語). BBCニュース (2022年2月27日). 2022年2月27日閲覧。
  9. ^ 「第3次世界大戦は核戦争に」 ロシア外相が威嚇(写真=AP)” (日本語). 日本経済新聞 (2022年3月2日). 2022年3月17日閲覧。
  10. ^ ソ連発表の地図に異変 西部の町、鉄道位置が大移動 核攻撃を想定し偽装?『朝日新聞』1970年(昭和45年)2月4日朝刊 12版 14面
  11. ^ a b Fear of nuclear war increases the risk of common mental disorders among young adults: a five-year follow-up study”. 2022年5月24日閲覧。
  12. ^ MPH, Stephanie Collier, MD (2022年5月23日). “War anxiety: How to cope” (英語). Harvard Health. 2022年5月24日閲覧。


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