恒星
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/19 04:39 UTC 版)
惑星が地球を含む太陽系内の小天体であるのに対し、恒星はそれぞれが太陽に匹敵する大きさや光度をもっているが、非常に遠方にあるために小さく暗く見えている[2]。
語源
「恒星(羅: asteres aplanis)」という言葉は、英語「fixed star」の漢訳であり、地球から肉眼で見た際に太陽や月または太陽系の惑星に見られるような動きを見せず、天球に恒常的に固定された星々という意味で名づけられた[4]。これに対し、天球上を移動していく星のことを「さまよう星」という意味で「惑星」と名づけられたといわれる[5]。漢字圏(中・越・朝・日)で「恒星」という漢語術語は共通するが、「惑星」という術語は現在では日本のみが使用する。中・越・朝は「行星」といい、「さまよう星」という意味ももつが、同時に五行思想に基づく五惑星(水星・金星・火星・木星・土星)を暗示する。恒星・惑星・行星という漢語は、いずれも、明末清初に西欧天文書がマテオ・リッチとその協力者たちによって漢訳される際に、参照された古代中国の宇宙論から採用されたと考えられるが、初出は不明である。上海博物館蔵戦国楚竹書に「恒先」と仮称される文献があり、その宇宙論が「恒」と「惑」(或)および「恒」と「行」によって構成されていることが浅野裕一『古代中国の宇宙論』(2006, 94-96頁)に紹介されている。しかし、明清時期にはこの書は失われた状態であって、マテオ・リッチとその協力者たちにより参照されたのは似た内容を持つ別の文献だったと考えられる。
固有運動
語源にもあるように、太陽以外の恒星は地球から数光年以上の離れた場所にある[4]ため、恒星の見かけ上の相対的な位置はほとんど変化しない[6]。
ただし、恒星は天球上で完全に静止しているわけではなく、わずかに固有運動を持つ[4]。明るい恒星では年間0.1秒角以下の固有運動を持つが、太陽に近い星はより速く動き、これらは高速度星と呼ばれる。その中でもバーナード星(HIP87937)は10.36秒角/年の速度で移動し、100年間で満月の半径にほぼ相当する17.2分角を移動する[6]。そのため、特に注意を払っていなければ数十年から数百年程度の時間では肉眼で変化を確認することは難しい。
命名と分類
相対的に動かない(前述のように現在ではこの表現は厳密には正しくなく、ごくわずかな固有運動が発見されている)という恒星の性質から、古代の人々は恒星の配置に星座を見出してきた[4]。
古代ギリシアのヒッパルコスが作成し、これを元にプトレマイオスが『アルマゲスト』に記載した星表には、1022個の星が存在した。この星表はイスラム世界にも伝えられ普及したため、恒星の固有名に関してはギリシャ神話に由来する名称のほか、アラビア語由来のものも多くなっている[7]。
現代では、それほど明るくない恒星に関しては、おもにヨハン・バイエルの「バイエル星表」に記載された記号で呼ばれる。これは「バイエル記号」と呼ばれる。星座ごとに明るい順にα星、β星とギリシャ語の記号を付けるもので、足りなくなるとローマ字(ラテン文字)のアルファベットの小文字が、それでも足りないとローマ字の大文字が使われた。バイエルの死後、星座の境界が変更されたため、たとえば「α星が無い星座」なども存在する。また、必ずしも明るい順に付けられているわけでもない。具体的には、ギリシャ語のアルファベットと星座名を合わせ、「こと座 α星」などと呼ぶ。国際的にはラテン語を使い、α Lyraeと書く。このとき星座名は属格に活用変化させる。IAUによる3文字の略符を使い、α Lyr と書いてもよい。NASAによる4文字の略符もあるが一般的ではない。バイエルは混乱を防ぐため、たとえば(ギリシャ文字のαとの混同を避けるため)ローマ文字のa星を作らなかった。また、最も星の多い星座でもQ星までしか付けなかったため、R以降の文字は変光星などの特殊な天体に付けられる。
これより更に暗い星は、ジョン・フラムスティードの星表に記されたフラムスティード番号で呼ばれる。恒星を西から順に1番星、2番星と数字の符号を付けるものである。ただし、フラムスティード番号は、南天の星座には付けられていないなどの弱点がある。フラムスティード番号で、上記のこと座α星を表すと、こと座3番星(3 Lyrae、または 3 Lyr)となる。この番号は、フラムスティードの望遠鏡で見たところ、こと座で西端から3番目にあった星ということになる。
よく、バイエルが命名しなかった暗い星に順番に番号が振られたといわれることがあるが、誤りである。たとえば、オリオン座α星(ベテルギウス)は、フラムスティード番号ではオリオン座58番星となる。多くの恒星が両者によって命名がされている。ただし、現在はバイエル符号がおもに使われ、フラムスティード番号は主にバイエル名の付いていない星に使われる。これよりも更に暗い星は、更にそののちに決定された星表(HDなど)で付けられた番号や記号で呼ばれる。
Wikipediaでは、英語版にはバイエル記号を用いた「Table of stars with Bayer designations」という大きな一覧表があり、日本語版には「恒星の一覧」という簡素な記事がある。
見かけの明るさによる分類
見かけの 等級 |
星の 個数[8] |
---|---|
-1 | 2 |
0 | 7 |
1 | 12 |
2 | 67 |
3 | 190 |
4 | 710 |
5 | 2,000 |
6 | 5,600 |
7 | 16,000 |
恒星の見かけの明るさはさまざまである。太陽を除き、もっとも明るく見える恒星はシリウス(おおいぬ座α星)、次いでカノープス(りゅうこつ座α星)である。しかしこのような視認できる明るさは、恒星本来の明るさとは異なり、単位面積の光量は距離の2乗に逆比例して少なくなる[9]。
この見かけの明るさは視等級や写真等級で表される。視等級mは、こと座α星が0(ゼロ)等級になる様に定数Cを定め、地球上の単位面積あたりに届く光の強度Iから、
- m = -2.5 log I + C
で表される[10]。2つの恒星の等級差は、
- m1 - m2 = -2.5 log ( I1/I2)
で表され、これをボグソンの式という[10]。
見かけの等級は肉眼で見える明るさのものを6つに分割しており、数字が小さくなるほど明るくなる。この6分割法は紀元前150年頃に古代ギリシアのヒッパルコスによって始められたと伝えられており、その後観測機器や技術の向上により肉眼で見えない星が発見されるようになると7等星以上の区分が追加されるようになり、また1等星の中でも特に明るいものには0等級や、さらにはマイナスの等級もつけられるようになった[11]。
観測
距離と明るさ
恒星までの距離測定には、一般的に年周視差が用いられる。これは地球が公転運動する中で、近距離の恒星が遠距離の恒星に対して見かけ上の位置に生じる差を観測するもので、1秒角の視差がある時、公転軌道の中心にある太陽からその対象までの距離をパーセク(pc)で表す。1pcは3.26光年、2.06×105AUそして3.08×1013kmである。現在判明している年周視差が最大、すなわち太陽の次に近い恒星はケンタウルス座α星であり、視差0.76秒角、距離1.32pcつまり2.72×105AUとなる[9]。この年周視差を用いる計算法は地動説確立後に間もなく意識され、18 - 19世紀ごろから観測が始まり、1837 - 38年ごろに手段として正しさが確認された[9]。この測定に最初に成功したのはフリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルであり、はくちょう座61番星までの距離を約10.3光年と算出した[12]。その後さまざまな星の視差が測定され、1989年に欧州宇宙機関が打ち上げたヒッパルコス衛星は約11万8000個の恒星の位置および年周視差を測定し、その結果はヒッパルコス星表およびティコ星表として公表された[13]。
ただし、非常に遠方にある星には視差が使用できないため、周期的脈動変光星である古典的セファイド変光星を利用した距離測定がなされる[14]。1908年にハーバード大学天文台のヘンリエッタ・スワン・リービットがケフェイド変光星の変光周期と絶対等級が比例する、いわゆる周期-光度関係を発見したことにより開発された方法で、ケフェイド変光星の周期を求めることで絶対等級を算出し、それを見かけの等級と比較することで距離を割り出す[15]。
恒星までの距離が判明すれば、本来の明るさである絶対等級が計算できる。ある恒星までの距離を10パーセクとした場合に見える視等級を表す[10]。視等級と絶対等級は必ずしも一致せず、例えば太陽は地球からの視等級は-26.78等星であるのに対し、絶対等級では4.83等星にすぎない[16]。
恒星の分光
型 | 温度(ケルビン)[17] | 代表的な恒星[18] |
---|---|---|
O | 33,000 K or 以上 | とも座ζ星 |
B | 10,500–30,000 K | オリオン座γ星 |
A | 7,500–10,000 K | シリウス |
F | 6,000–7,200 K | プロキオン |
G | 5,500–6,000 K | 太陽、カペラ |
K | 4,000–5,250 K | アークトゥルス |
M | 2,600–3,850 K | ベテルギウス、ミラ |
恒星の光を分光器にかけ、そのスペクトルを観察すると、暗い筋であるフラウンホーファー線が見られる。この線が現れる位置は恒星の表面温度を反映しており、19世紀末から20世紀にかけてハーバード大学天文台が高温のO型から低温のM型までの7種類の分類を施した[19]。スペクトルによる分類に最初に着手したのはハーバード大学天文台のエドワード・ピッカリングと助手のウィリアミーナ・フレミングであり、水素の多いものをAから順に分類していく方式を取ったがこれは不十分なもので、のちに同天文台のアニー・ジャンプ・キャノンがOからMまでの7タイプに分類するハーバード法を確立した[20]。
ハーバード法による分類は、以下のようになる。
- O型:電離したヘリウム、高階電離状態の炭素・窒素・酸素などの線が現れる。
- B型:強い中性ヘリウムや水素の吸収線が現れる。
- A型:強い水素の吸収線と、金属吸収線が現れる。
- F型:弱い水素の吸収線と、強い電離カルシウムのH・K線が現れる。
- G型:F型よりも水素の吸収線が弱く、H・K線はより強い
- K型:多くの金属吸収線が現れる。
- M型:K型に、酸化チタン(TiO)の吸収帯が際立つ。
現在は、この7種それぞれをさらに9段階のサブクラスに分け、合計63段階で表示される[19]。
1940年代に、同じスペクトルに現れる線の太さや強さが着目され、これが恒星の絶対等級と関係することが明らかになった。たとえばBやA型の恒星では、絶対等級の明るい星ほど水素のパルマー線の幅が狭く、絶対等級効果と呼ばれる。これを元に光度階級という指標が導入され、ローマ数字のIからVまでの5段階で表す[19]。
- I型:もっとも直径が大きい恒星(超巨星)[19]
- II型:次に直径が大きい恒星[19](輝巨星)[21]
- III型:直径が大きい恒星(巨星)[19]
- IV型:巨星と矮星の間に当たる恒星[19](準巨星)[21]
- V型:矮星(主系列星)[19]
上記2種類の分類を組み合わせる表示法はMK2次元分類と呼ばれる。たとえば太陽はG2V、ベガはA0V、はくちょう座のデネブはA2Iである[19]。MK分類の名は、開発者のウィリアム・ウィルソン・モーガンとフィリップ・チャイルズ・キーナンの名前に由来し、モルガン・キーナン分類とも呼ばれる[22]。「スペクトル分類」も合わせて参照のこと。
スペクトルを分析すると、特定の元素が示すフラウンホーファー線は実験室で観察する線とずれが見られる場合がある。これは、恒星の固有運動によって距離が変化するために生じるドップラー効果が影響する。ここから逆に、恒星がどのような運動をしているかを分析することができる[23]。また、恒星が含む元素構成比を測定することも可能であり、恒星の進化状況を判断する材料も与える[23]。
色
恒星は黒体放射にほぼ等しい光を連続して放っている。これを利用して表面温度を測定する方法では、B(Blue 青)と V(Visual 可視) の2種類のフィルターを通して等級を測定し、その差(B-V)から温度を推計する方法が用いられる。このB-V透過率は色指数と呼ばれ、A0型の恒星をゼロと置き、青が強いと等級数は小さくなるため、色指数が大きいと温度が低く、小さいと温度が高いと考えられる[24]。
ヘルツシュプルング・ラッセル図
20世紀初めに、アメリカのヘンリー・ノリス・ラッセルが恒星のスペクトルと絶対等級の相関関係を図に並べたところ、多くの星が左上と右下を結ぶ帯を成すことが示された。また、デンマークのアイナー・ヘルツシュプルングも独立に恒星の色と明るさの関係に偏りがあることを示した。この相関はヘルツシュプルング・ラッセル図(HR図)として纏められ、恒星の進化を示したものを認識されるようになった[25]。HR図の横軸はスペクトルの型で表す場合と色指数で表す場合があるが、どちらも基本的に恒星の表面温度の指標である。なお後者は色-等級図と呼ばれる場合もある[25]。
HR図にある恒星の位置は、その星の大きさを知る手がかりを与える。恒星が放射するエネルギー総量は、単位面積当たり放射量と星の表面積の積で表される。面積当たり放射量は半径の2乗に比例し、シュテファン=ボルツマンの法則から温度の4乗に比例する。スペクトル、つまり表面温度が同じで絶対等級が0等と10等のふたつの星は、総放射量の差は1万倍になる。これを半径に置き換えると100倍の差があることになる[25]。同じ絶対等級の場合、A型(表面温度1万K)とM型(同3,000K)では、A型はM型の3.3倍であり、この4乗が単位面積当たり放射量になるため差は120倍となる。しかし総放射量は同じであるため、表面積ではA型の表面積M型の120分の1となり、半径では11分の1となる[25]。
X線
X線は恒星の死後の姿である中性子星や、恒星の放射物が連星を成す高密度星に引きずり込まれる際に発生することが知られるが[26]、単独の恒星からも観察される。
太陽をX線観測すると、磁力線のねじれと再結合の際にエネルギーが解放され、コロナやフレアを発する際に放射が起こることが知られている。形成中で若く、まだ中心で水素の核融合を起こす前段階にある前主系列星という恒星は、太陽よりも強い短波長の硬X線を放つ現象が知られる。形成途上の恒星は周囲から収縮途上のガスの流入が続き、その角運動量が持ち込まれて自転が早くなる。すると星の内部で対流が大規模に起こり、発生するフレアも太陽の数万倍規模になって強いX線が生じると考えられている。前主系列星は星間ガスに取り囲まれて可視光線では観測しづらい。しかし硬X線を使えばその位置を知る手段のひとつになる[27]。
太陽質量の5倍以上の恒星は表面対流を起こしておらずコロナやフレアが生じないためX線は放射しないと考えられていたが、X線天文衛星HEAO-2はこのような星からX線を観測した。大質量星は多くの質量を星風の形で放出しており、これが周囲のガスと衝突すると高温のプラズマが発生し、X線を放射している。これらの観測は星間ガスの分布を知るうえで有用である[28]。なお、大・中質量星でもフレアのような磁力線由来のX線と思われるX線が観測された例もあるが、そのメカニズムはわかっていない[28]。
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