死刑存置論の系譜とは? わかりやすく解説

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死刑存置論の系譜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 04:04 UTC 版)

死刑存廃問題」の記事における「死刑存置論の系譜」の解説

死刑肯定する思想は、古くイタリア中世カトリック教会最大神学者で、スコラ学者でもあったトマス・アクィナスによっても主張されたことで知られる。彼は、アリストテレス思想体系カトリック神学に結びつけて発展させ、刑罰科することで犯罪によって失われた利益回復されるとし、その意味刑罰応報性格みとめたとされるまた、社会秩序防衛するためには為政者の行う死刑有益かつ正当であると主張したとされるカトリック教会その伝統において、おおむね死刑好意的であった神学者フランシスコ・スアレスは、国民には他の国民の命を奪う権利はないのだから、そうした権利を含む国家権力とは神が授けたのであるとし、死刑存在が、国家権力が神に由来することの証明考えた宗教改革の時代において指導的神学者であったマルティン・ルターも、死刑神事として肯定したと言われる。また初期啓蒙思想家フーゴー・グロティウス、その系統をひく自然法学プーフェンドルフ死刑合理的なものとして肯定した啓蒙主義の時代においては自然権社会契約説唱えたトマス・ホッブズジョン・ロックイマヌエル・カントなどが、世俗的理論のもとに、社会秩序維持自然権生命権)の侵害対す報復などをもって死刑必要性を再定義したそのほかモンテスキュールソーヘーゲルらの近代思想家死刑存置論を主張したロックは『市民政府論』の冒頭で、政治権力とは所有権規制維持のために、死刑をふくむ法を作る権利だと定義している。ロックによれば自然状態では、他人生命財産侵害するに対して誰もが処罰権利をもっている。自然法のもとでは誰もが自由で平等であり、肥沃な自然を共有財産とし、そこから労働によって私有財産を得る。ロック生命・自由・資産まとめて所有呼び、これを侵害する者は全人類へ敵対者となって自然権喪失するため、万人自然法執行者として処罰をふるい、必要ならば殺す権利があると述べる。こうした自然状態から、人々所有権保障を得るために社会契約結んで協同体市民社会国家)に加わることに同意するが、それにともない個々人がもつ処罰移譲される。ただし、処罰はあくまで一般的なものなので、国家にとって、死刑にかんする権利義務がそこから「明示的に発生する訳ではない。しかし殺人者侵略者にかぎれば、自らの行為によって権利喪失しているので、自然状態では万人に彼らを殺す権利があったのと同じく国家は彼らに恣意的専制的な権力をふるうことが正当化される。すなわちこの権力は、殺人者侵略者の「生命奪い欲するならばこれを有害な動物として破滅させる権利」 をも含んでいるのであるロック考えでは、殺人者侵略者死に値し死に値するという事実は死刑十分に正当化するものであった三権分立の提唱者として知られるモンテスキューは、死刑についてこう主張する。「これは一種同害報復である。これによって社会の安全を奪った、あるいは、他の公民の安全を奪おうとした公民対し社会が安全を拒否するのである。この刑罰事物の本性から引きだされ、理性から、また善悪源泉から取り出される公民生命奪い、あるいは生命奪おう企てるほど安全を侵害した場合は、彼は死に値する。」 ルソー死刑についてロック発想踏襲し発展させたと言われる。彼はグロティウスプーフェンドルフらによる統治契約説服従契約)を否定し社会契約自由な個人による同意考えた国家によって守られる契約当事者生命は、その国家のための犠牲求められることもあるとし、「犯罪人課せられる死刑もほとんど同じ観点の下に考察されうる。刺客犠牲ならないためにこそ、われわれは刺客になった場合には死刑になることを承諾しているのだ。」と述べる。また彼の言うところでは、「社会的権利侵害する悪人は、…祖国一員であることをやめ、さらに祖国にたいして戦争をすることにさえなる。…そして罪人を殺すのは、市民としてよりも、むしろ敵としてだ。彼を裁判すること、および判決をくだすことは、彼が社会契約破ったということ、従って、彼がもはや国家一員ではないことの証明および宣告」であり、すなわち法律違反者は公民たる資格を失うことになり、国家自己防衛の必要があれば、これを殺してもよいとされる。その他方ルソーは「なにかのことに役立つようにできないというほどの悪人は、決していない生かしておくだけでも危険だという人を別とすればみせしめのためにしても殺したりする権利を、誰ももたない。」と述べている。 プロイセン出身ドイツ観念論の祖であるイマヌエル・カントは、死刑について、「もし彼が人を殺害したであれば、彼は死なねばならないこの際には正義満足させるに足るどんな代替物もない」と語ったことで知られるカントホッブズロックルソーから社会契約説発想継承しつつ、そこから歴史性を完全に捨象し、これを市民社会国家)がもとづくべき理念として考えたそうした国家において刑法とは定言命法であり、すなわち裁判所のくだす刑罰は、犯罪者社会復帰犯罪の予防といった他の目的の手であってはならず無条件犯罪者罰するものでなければならないルソー犯罪者国家の敵とするのに対しカント犯罪者人格として扱わねばならない故に刑罰も彼を目的として扱わなければならない(が故に定言命法対象となる)と考える。そして刑罰の種類程度定めにあたって司法的正義規準とするのは、均等原理すなわち同害報復タリオの法)のみだとカントは言う。したがって殺人のばあい、犯罪者の死だけが司法的正義適うとされ、「刑罰のこの均等は、裁判官厳格な同害報復法理にしたがって死刑宣告下すことによってだけ可能になるとされるこのように主張したことで、カント絶対的応報刑論見地から死刑正当化したと言われるちなみに、ここでの被害者公民社会国家)であり、個人個人での補償配慮考えられていないと言われる。またカントは、ベッカリーア死刑廃止主張のさいに論拠とした、社会契約において当事者が予め死刑同意することはありえないという議論対し、人が刑罰を受けるのは刑罰望んだからではなくせられるべき行為望んだからだと反論したヘーゲル刑罰考え方めぐってカント応報刑論批判したが、殺人罪については、生命いかなるものによっても置き換えられないという理由から、死刑しかありえない考える。またベッカリーア死刑廃止論を、社会契約にもとづく国家創設という発想そのもの否定することで斥けている。たしかに国家は、王権神授説の言うような与えられるものではなく人々によって造られるものではある。しかしヘーゲル考えでは、いかなるタイプ社会契約しょせん恣意的偶発的なものにすぎず、そうしたレベル合意国家のような統一体に発展することはない。もともと人々は、共同体制度慣習文化複雑な網の目のなかで生きており、契約義務という観念もそれらを前提生じ共同体のなかではじめ現実性をもつものである。ところが社会契約論はこうした関係を転倒させ、これら諸々前提契約所産のように勘違いしているのである。すなわち「国家そもそも契約などではなく、なお、また個々のものとしての個人生命および所有保護保全も、けっして無条件国家実体的な本質ではない」とヘーゲルは言う。このようにベッカリーア批判する他方で、彼の著作によってヨーロッパ諸国死刑慎重な姿勢をとるようになった事をヘーゲル評価している。 19世紀には、社会進化論観点から死刑肯定する思想あらわれたイタリア医学者ロンブローゾは、犯罪者頭蓋骨解剖体格調査研究により、隔世遺伝による生来犯罪者という考え方発表し人為淘汰思想にもとづく死刑正当性主張した彼によれば、「社会なかにはたくさんの悪い人間散在しており、犯罪によってその性が現れてくるというのである。すなわち、そういう悪人の子孫が繁殖するというと遺伝によって将来犯罪人をもって充されるようになるから、社会廓清立派な人間ばかりにするために、人口淘汰によってこれ等悪人を除くことが必要である。これを実行するためには、死刑はよい刑罰であって廃止すべきものではない」。また、ロンブローゾ弟子であったエンリコ・フェリも、人為淘汰として死刑社会権利であり、生物進化自然法則合致する主張する彼によれば、「進化宇宙的法則がわれわれにしめすところに従えば各種生物進歩生存競争不適当なものの死という不断淘汰によるのである。…ゆえに社会その内に於て人為的淘汰行いその生存有害な要素、即ち反社会的個人同化不可能者、有害者を除くということは、ただにその権利であるばかりでなく、自然の法則一致しているのである」。刑法学における「イタリア学派」へと発展した彼らの主張多く批判受けたが、従来刑法学実証主義的な手法導入した点では高く評価されている。 20世紀初頭、ドイツ・ベルリン大学のヴィルヘルム・カール教授法曹会議のなかで『死刑刑罰体系重要な要素であり』として人を殺したる者はその生命奪われるというのは『多数国民法的核心である』と主張した。またアメリカ合衆国ケンダルは、ルソー社会契約説もとづき政治犯などと凶悪犯罪者とを区別することで死刑制度肯定できると主張した

※この「死刑存置論の系譜」の解説は、「死刑存廃問題」の解説の一部です。
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