複数館体制へ(1980-)
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「水戸市立図書館」の記事における「複数館体制へ(1980-)」の解説
大町へ移転した1980年(昭和55年)以降、図書館サービスの拡充が進んだ。具体的には水戸市図書館協議会の発足、視聴覚資料の貸出の開始、図書館行事の活発化、司書実習の受け入れ開始などである。また1980年(昭和55年)4月に運行を開始した移動図書館「こうぶん号」は実績好調で市民からの拡充要求が相次ぎ、国際障害者年の翌年である1982年(昭和57年)5月2日には身体障害者向けに郵送貸し出しを開始した。こうした中、「読書文化の復権」を掲げた佐川一信が1984年(昭和59年)7月に水戸市長に就任すると、実現こそしなかったものの2階建てバスを購入して日本初の2階建て移動図書館を導入するという大胆な案を提示したり、菅原峻が代表を務める図書館計画施設研究所に委託して「水戸市図書館整備計画」を作成したりするなど図書館の発展に尽力した。人事面では勤続22年のベテラン女性図書館職員を館長に任命して、水戸市役所における女性の課長への登用の端緒を切り開いた。1985年(昭和60年)11月に公表された水戸市図書館整備計画は、閲覧中心から貸出重視へ、学生・生徒の学習室からの脱皮、一部読書人の書斎から全住民のものへ、数多くのサービス・ポイントによる全域サービスの展開の4つの発展方向を示し、具体的には市内を3地区に分け地区中心館を置き、各地区の中でも人口の多い地域に副中心館を置き、移動図書館のサービスポイントや公民館図書室などの地区図書館を支えるとともに地区内のコミュニティセンターとして機能を持たせることを提案した。またサービス面ではコンピュータの導入を提案した。 整備計画を反映し、1986年(昭和61年)6月に「水戸市第3次総合計画」が策定され、地区中心館として2館の建設に着手することが掲げられた。ここで建設が決まったのは東部図書館と西部図書館の2館であり、東部は1989年(平成元年)4月26日に、西部は1992年(平成4年)4月23日にそれぞれ開館した。東部図書館の開館を前に、大町の水戸市立図書館は1989年(平成元年)4月1日に水戸市立中央図書館に改称した。これと並行してサービス面の整備も進み、1986年(昭和61年)5月に水戸ロータリークラブからの寄贈でビデオコーナーを設置し、7月には広報紙「くすのき」を創刊、1989年(平成元年)4月2日には本格的にコンピュータによる貸し出しを開始した。 図書館建設は東西2館の整備をもって一段落したが、将来的には見和・見川地区、千波・緑岡地区、常磐地区、常澄地区への地区図書館(整備計画での「副中心館」相当)の建設を目指していた。そして1994年(平成6年)6月の「水戸市第4次総合計画」に今後10年間に2つの地区図書館建設が明記された。他方で、図書館行政に力を入れていた佐川市長の退任に伴い、1994年(平成6年)度の図書館予算は前年から31.8%もカットされてしまった。 1999年(平成11年)2月1日には「水戸市立図書館基本計画」が策定された。この基本計画では「さまざまな人と人」、人と本との出会いを生み出す開かれた図書館」を将来像に据え、見和・常澄の2館新設を位置付けた。そして2006年(平成18年)4月24日に見和図書館が、2008年(平成20年)4月20日に常澄図書館がそれぞれ開館した。一方で移動図書館は2008年(平成20年)3月31日をもって運行を終えた。サービス面では2001年(平成13年)8月1日に図書館のウェブサイトを開設し、翌月1日より水戸市周辺14市町村を対象とした広域利用を開始した。2003年(平成15年)7月1日には図書のインターネット予約を開始した。続いて2009年(平成21年)2月10日に貴重図書のインターネット公開を開始した。第5次水戸市総合計画実施計画に位置づけられていた内原図書館は、2010年(平成22年)4月16日に開館した。これにより水戸市では「ハード面の整備が終了」としている。 2012年(平成24年)より水戸市立図書館に指定管理者制度を導入することについての検討が始まり、2016年(平成28年)4月1日より指定管理者制度が導入され、まず東部・西部・見和・常澄の4館が図書館流通センターの運営に移行した。同時に、中央図書館は耐震工事のために長期休館に入り、休館中は内原図書館が中央図書館の業務を代行した。中央図書館が耐震工事の為休館している間は直営であった内原図書館も中央の工事終了後の2018年(平成30年)4月1日より図書館流通センターが運営するようになった。
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複数館体制へ(1996-)
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「美濃加茂市立図書館」の記事における「複数館体制へ(1996-)」の解説
1996年(平成8年)7月27日、総工費9億円をかけて美濃加茂市東図書館が開館した。これにより従来の美濃加茂市立図書館は美濃加茂市中央図書館となる。東図書館は開館時よりジャン=フランソワ・ミレーの「晩鐘」やフィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」など絵画のレプリカの収集を始め、当初100点を保有していた。レプリカを借りた人は自宅の居間で飾るなどして鑑賞し、返却されてすぐに貸し出される作品もあったほど人気だった。2000年(平成12年)9月、移動図書館「そよかぜ号」の運用を終了、これに代えて翌10月より宅配サービスを運用開始し、2001年(平成13年)1月より図書館に来館するのが難しい高齢者や障碍者を対象に本格的に実施した。また中央図書館では大活字本の展覧会を2000年(平成12年)7月に開催した。 2001年(平成13年)6月に図書館システムを更新し、翌7月1日よりWeb OPACの運用を開始した。これは美濃加茂市の地域イントラネット事業の一環で、市役所や学校など40機関が光ファイバーで結ばれた。2002年(平成14年)1月5日に、瑞浪市民図書館に続いて岐阜県には2番目にインターネットからの予約を開始した。この頃の蔵書数は中央図書館が約12万冊、東図書館が約6万冊であった。同年3月には東図書館で受験勉強を続け志望校に合格した岐阜県立加茂高等学校の卒業生2人がお礼として図書のクリーニングボランティアを行い、4月に図書館ボランティア「e顔クラブ」(えがおクラブ)が発足した。2008年(平成20年)4月23日、子どもの読書活動優秀実践図書館として文部科学大臣表彰を受けた。 2009年(平成21年)8月6日、三和コミュニティセンターに北部分室を設置し、当日は市長の渡辺直由ら約80人が参加して開室式が行われた。美濃加茂市北部の伊深・三和地区では美濃加茂市立図書館の利用者が1.41%と低かったことから利用を促そうと設置したのであった。2011年(平成23年)4月1日には定住自立圏構想に基づき、坂祝町の坂祝町中央公民館図書室を美濃加茂市立図書館のシステムに統合、同時に図書館の公式サイトをリニューアルした。2011年(平成23年)7月には貸出冊数を5冊から10冊に変更、2013年(平成25年)4月にはWi-Fi設置、東図書館の平日夜間開館の開始、日曜日を開館日とするといったサービス向上を行った。2013年(平成25年)10月1日には図書館システムをクラウド化し、セキュリティゲートを導入した。 2017年(平成29年)3月31日時点の登録利用者数は41,538人でうち12,874人が美濃加茂市外の利用者であった。2016年(平成28年)度の美濃加茂市立図書館の貸出冊数は261,589冊で、最多貸出図書は、中央図書館では一般書が東野圭吾『人魚の眠る家』、児童書がわかやまけん『しろくまちゃんのほっとけーき』、東図書館では一般書が又吉直樹『火花』、児童書がエリック・カール『はらぺこあおむし』であった。
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