スポットマチック系シリーズ
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「PENTAXの銀塩一眼レフカメラ製品一覧:35mm判 (ねじ込み式マウント)」の記事における「スポットマチック系シリーズ」の解説
ここでいうスポットマチック系シリーズとは、1960年の"フォトキナ60"にて出品され、世界初の35mm判一眼レフカメラにTTL露出計による測光機能を搭載し、話題を呼んだ試作機『スポットマチック』(Spot Matic )の製品版である『アサヒペンタックスSP』をベースとする"後期型"アサヒペンタックスシリーズ機とする。 まず、高級一眼レフカメラを開発する、といった意図のもとに開発が始まった。筐体を新設計し各部の機械構造の耐久性を全面的に強化しつつ、従来までの機種とのサイズは変えない、というのがおおまかな構想だったという。そのため、従来のボディのマウントエプロン部を板金プレス加工から一体成形のアルミダイカストに変更、ボディの剛性仕上げ加工の精度が大幅に向上された。各部デザインも非常に気を遣われ、使い勝手と高級感を両立させるべくデザインされた。また低温に弱いフォーカルプレンシャッターの耐久性の強化にも重点が置かれ、開発段階ではチタン幕などの金属幕の採用も検討された。最終的にはゴム幕で実用レベルに達したものの、この時の研究成果が後の『アサヒペンタックス6×7』、『ペンタックスLX』で活かされることとなる。 また並行開発されていた内光式露出計(TTL露出計)の構想と統合され、1959年にTTL露出計内蔵式カメラとしての仕様が固まった。当初は製品版とは異なり、ボタン操作によってスポット測光用のCdS露出計が取り付けられているアームが繰り出す仕組みであったが、ファインダー視野に"異物"が見える方式が試用にあたった写真家の不評を買ったため断念することになり、現在の多くの一眼レフカメラで採用されているファインダー周囲に露出計を配置する方針に転換する。そして、当時のCdSの性能の問題もあって精度を重視した結果、スポット測光式から平均測光式に仕様が変更された。絞り込み測光の採用も、当時の技術では精度的に信頼性が高かったためである。 すでにアサヒペンタックスS3にて完全自動絞りを実現していたことから、実際に1966年のフォトキナにて内径44.5ミリのバヨネットマウントを実装して開放測光絞り優先AE一眼レフカメラペンタックスメタリカ(Pentax Metalica )が試作・発表されているなど、現場からは将来的な機能拡張を考慮してバヨネット式マウントへの変更案が出されていた。同時に発表されたペンタックス6X7のプロトタイプにあたるペンタックス220は当初よりバヨネットマウントを採用しており、いずれペンタックスがバヨネットマウントに移行するであろうことは1960年代中ごろにはすでにカメラ雑誌上で取り沙汰されているが、この時点ではシステムの総入れ替えのリスクを回避するため保留された。ところがアサヒペンタックスSPがTTL測光などの数々の新機構を取り込みながらもボディサイズは従来と変わらない小型軽量を実現して予想外のロングセラーとなり、そのバリエーション機は累計350万台生産され、マウント変更の機を逸してしまう。しかし研究開発は続けられ『6×7』、後のKマウントにて結実することとなる。 この後各社の一眼レフカメラにも続々とTTL測光が採用され、徐々にAE化とレンズとボディの高度な連動性への要求が高まってきたものの、旭光学工業は互換性を重視しついにPSマウントのままで『アサヒペンタックスES』によって電子シャッターの採用によるAE化を実現した。このPSマウントシリーズ機種はESの後継機であるアサヒペンタックスES IIをもって完成を見るが、残されたいくつかの課題は次世代のバヨネット式Kマウント機種に託されることとなった。 開放測光が主流になった後も、絞り込み測光式のアサヒペンタックスSP IIが、アサヒペンタックスSPの復刻として製品化された。 アサヒペンタックスSP(Asahi Pentax SP、1964年7月発売) - 世界で2番目に発売されたTTL露出計内蔵型機種である。"フォトキナ60"における衝撃的な発表から更に4年の研究開発を経てようやく発売され、当時の一眼レフカメラにおける世界的ベストセラー機となった。当初は「高級一眼レフカメラ」というコンセプトの下で開発が始まり「適切な内蔵露出計」、「スポット測光機能」、「ボディの剛性」、「バヨネット化構想」など様々な面を検討し従来のシリーズ機とは異なる新設計のカメラとして着々と研究開発が進められ、最終的にはコスト面などから高級一眼レフカメラとはならなかったものの、それを補う数多の工夫によって従来シリーズのサイズのままでワンランク高い信頼性と耐久性を持ったカメラとして製品に至った。TTL露出計内蔵市販カメラとしては東京光学(現トプコン)のトプコンREスーパーに1番手を譲ったものの、大衆機としては初であったことや実用性の高いコンパクトなボディが受け大ヒット商品となった。従来機と分かりやすい面を比較するとCdSセルによるTTL露出計を内蔵し絞込み測光によるボディ単体での測光機能を実現したことと、ファインダースクリーンのマット面の面積もSVと比較してより広くなりピント合わせがよりやりやすく使いやすい機種となった面が挙げられる。 アサヒペンタックスSPモータードライブ(Asahi Pentax SP Motordrive、SP MD1967年発売) - システムカメラとしての延長上の製品としてモータードライブ対応機種として少数生産された機種である。カメラ本体としてはアサヒペンタックスSPの発売より3年経過していることや、新たにモータードライブ対応することになったためにそれによる自動巻上げ機構の影響を受ける部分のパーツがより耐久力の高いものに換装されているほか、ファインダーの視認性の向上、各レバー部の操作性の向上などが改良されている。マイナーチェンジされた部分はアサヒペンタックスSPの後期モデルとアサヒペンタックスSLにて採用されている。 アサヒペンタックスSL(Asahi Pentax SL、1968年9月発売) - アサヒペンタックスSPから内蔵TTL露出計を省いた機種で、機能面ではアサヒペンタックスSVの後継機といった位置付けとなる。この時代にはまだ新機能であり実績のないカメラ内蔵露出計を信頼できない層と、多機能化による故障要因の増加を嫌う層がいたことから、上級者向けの製品として発売されたようである。この機種のベース機はアサヒペンタックスSP MDであり、初代アサヒペンタックスSPと比較して耐久性が高められていることが特徴である。省かれたTTL露出計の代わりに専用外光式露出計ペンタックスメーターSLが発売された。 アサヒペンタックスES(Asahi Pentax ES 、1971年10月発売) - 世界初の絞り優先オート(以降はAEと記述)撮影機能、開放測光、電子シャッター搭載の一眼レフカメラである。AE撮影時は全速無段階(1~1/1000秒)の電子シャッターを使用。マニュアル撮影時はバルブ、X同調速度(1/60秒)と高速側(1/125秒以上)のみ機械式シャッターを使用する、いわゆるハイブリッドシャッター仕様機である。アサヒペンタックスSPのシリーズ機として開発されたため外見は酷似するものの、パーツの高級化による各部の堅牢性の向上などが図られており、巻上げ機構などの共通できる機械部を除けばほぼ新設計機種といってもよい。PSマウントで開放測光を実現するために、本体のマウント内径部のねじの奥端1mm部に対応レンズ用の回転式絞り値伝達レバーを設け、また対応レンズ側に"定点"を設け、ボディ側に設けられた定点受けの可動によって位相を検出し、絞り値の正確な伝達を可能とした。その新機能対応レンズ群がSMCタクマーレンズである。この機構はマウント外径に細工をした他社マウントに比べて互換性面では大幅に有利なものであったが、PSマウントの規格から踏み出してしまうこととなってしまった。レリーズした際にミラーアップ直前TTL測光回路から専用記憶回路に通電させ、事前に摺動抵抗によってセットされた情報(ASA感度、絞り値)を加味した電圧を記憶させ、ミラーアップ中に適正シャッター速度が電子的演算によって決定される。その電子制御された演算値に基づき後幕シャッターを起動させシャッター幕を閉じる仕組みである。この画期的な記憶システムは旭光学の特許となり、多くのメーカーが許諾を受けて採用したほどのものであった。しかし激しい開発競争のためESは後継機であるアサヒペンタックスES IIの登場とともに約1年半で生産完了となった。なお、この時期になるとPSマウント採用各社が開放測光対応においては各社の独自方式を採用してきたため、ユニバーサルマウントとしての互換性は徐々に損なわれはじめていた。 アサヒペンタックスES II(Asahi Pentax ES II、1973年6月発売) - アサヒペンタックスESの後継機種でありPSマウントのアサヒペンタックスシリーズ最高級機である。外観は酷似するものの回路設計の大幅な見直しが図られまったくの新設計の機種といってもよい。アサヒペンタックスESは輸出版の改良型アサヒペンタックスESが存在し、その輸出版アサヒペンタックスESがベースとなっている。露出計の記憶回路をIC化することによって処理速度の向上と回路の大幅な小型化を実現するとともに絞り優先オート時のスローシャッターが8秒まで向上されたこと、-20度まで耐えうる温度保障回路が内蔵されたこと、アサヒペンタックスESでは省かれたセルフタイマー機能が復活したこと、アイピース・シャッター機構を実装したこと、ファインダー部の接眼レンズにも旭光学独自の多層幕コーティングであるSMC(スーパー・マルチ・コーティング)が施されたことなどが挙げられる。しかし信頼性を理由に採用されて続けていたCdSセルでは高速化には限界があり、また同様の理由でペンタプリズムもアルミ蒸着のままであり接眼レンズのSMCコーティング処理によっても従来より指摘されていたファインダー像の暗さを解消されるまでには至らなかった。 アサヒペンタックスSP F(Asahi Pentax SP F、1973年7月発売) - アサヒペンタックスSPの改良機である。フォトスイッチという、当時"レンズキャップを外すと測光体勢"と謳われ、感光すると自動的に露出計のスイッチが入るTTL式自動スイッチによる測光機構を装備し便利であったものの無駄な電力消費を心配する声もあったという。その無理のない造りから、スタイリング、実用面においてバランスの良い機種であったため、マウント変更後のアサヒペンタックスKMのベース機となっている。 アサヒペンタックスSP II(Asahi Pentax SP II、1974年発売) - 海外のファンの要望によって発売されたアサヒペンタックスSPの復刻機である。ホットシューが標準実装されているのが、SPとの唯一の相違点。およそ20年に渡って世界で愛用され続けた"アサペンシリーズ"の最終機となった。
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