イオン液体と分子性溶媒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/11 02:08 UTC 版)
「熱化学電池」の記事における「イオン液体と分子性溶媒」の解説
サーモセルの初期の研究は、水中の酸化還元対が中心であった。水系電解質ではイオン拡散が比較的早いため高い出力を示す。これまでで最も出力の高いサーモセルはフェリシアン/フェロシアン水溶液で得られている10,11。電解質水溶液の現在の研究の焦点は、電極および電池設計の改良によってフェリシアン/フェロシアン化物の性能を最適化することに焦点が集まっている。9,10,27これについて5章でさらに議論する5。水系電解質の課題は水の沸点で、デバイスの動作温度は100℃以下に制限される。その代替として高沸点有機溶媒やイオン液体が当グループなどで検討されており、動作温度範囲が拡大されている。非水性電解質の利点は、高い動作温度に加え、水に不溶であったり不安定であったりしたレドックス対を利用できることである。 イオン液体(IL)は、この点で特に有利な特性を有する。高沸点・低蒸気圧に加え、イオン液体は一般に高いイオン導電率と低い熱伝導率を示す。30,31さらにILによってもたらされる独特の溶媒和環境は、酸化還元の酸化/還元時に大きなエントロピー変化をもたらす。このゼーベック係数の組み合わせはサーモセルで達成可能な電力値を増加すると予測されている。図3は、サーモセルの用途について研究されたいくつかのILの構造および略語を示す。 図3熱電素子で用いられたイオン液体構造。 サーモセルの電解質としてILを用いた最も初期の研究の1つは、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミド([C4mpr][NTf2])中の鉄レドックス対のゼーベック係数を測定したものである13。[C4mpyr][NTf2]中でのFe(CN)63−/のゼーベック係数は-1.49mVK-1と、水中の-1.4mVK-1と比較して上回った。他のIL中で測定した後の研究32では、水溶液中で得られた最大値を上回るものばかりではなかったが、ゼーベック係数に及ぼすイオン液体の特性のいくつかが確認された。この結果は、酸化還元反応エントロピーが、酸化還元対と、酸化還元対とは反対の電荷を有する電解質イオンとの間のクーロン相互作用によって支配されることを示唆している。例えば、正に帯電したレドックス対Fe(bpy)33+/2+は、[NTf2]アニオン中では似たゼーベック係数を示した([C4mpyr][NTf2]:0.45mVK-1、[C2mim][NTf2] 0.5m VK-1、(PP13)[NTf2]:0.49mVK-1)のに比べ、[C4mpr]ビス(パーフルオロエチルスルホニル)アミド([NPf2])では有意に小さかった(0.33mV K-1)。また、レドックス対のゼーベック係数は、ILイオンの電荷密度に依存していることを見出しており、ILの電荷密度が増加する(イオンが小さくなるか電荷が大きくなる)と、ゼーベック係数の絶対値が増加することがわかった。以下でさらに議論するように、IL間の差異が、酸化還元対のゼーベック係数に有意に影響することが、他の多くの研究によっても実証されている。 実際のIL電解質に関する初期の研究では、ある範囲のILにおけるヨウ化物/三ヨウ化物レドックス対を調べたところ、ゼーベック係数と最大出力はILのカチオンとアニオンの両方の性質に影響を受けることがわかった。1エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート([C2mim][BF4])中の0.4 M I-/I3-溶液で測定されたゼーベック係数は0.23 mV K-1および最大出力29 mWを達成した(0.0029mWm-2K-2)。これらの値はそこまで高くはないが、セルの高温電極のは130℃で作動しており、高温排熱からのエネルギー回収のためにIL電解質が適することを実証した。 Sosnowskaら33は、様々なILにおいてI-/I3-のゼーベック係数を予測するモデルを最近実証している。2つのモデル化法、すなわちRead-acrossアプローチと定量的構造特性相関(QSPR)モデルを用いて、ILイオンの構造的特徴と酸化還元対濃度の、ゼーベック係数への影響を予測し、結果を実験データと比較して検証した。IL構造によるゼーベック係数の影響は正確に予測できており、最も重要な決定因子はILカチオンのサイズ、対称性および分枝、そしてアニオンの垂直電子結合エネルギーであることが正確に予測された。小さい、より分岐していない、相対的に対称なカチオンおよび、高い垂直電子結合エネルギーを有するアニオンを有するILにおいて高いゼーベック係数がみられた。レドックス対の濃度の増加に伴いゼーベック係数が減少する予想は、実験データとよく一致した。この研究は、広範な実験をせずに高いゼーベック係数を有するILを推測するモデリング技術の可能性を実証している。 IL電解質の最も重要な課題はその高い粘度である。水系電解液および有機電解液では、電荷移動および他の抵抗要素が電力制限要因である。しかし、IL電解質では、酸化還元イオンの拡散速度が遅いために物質輸送が制限要因になりる。ILと分子有機溶媒との混合溶媒を用いると34,35、ILの有利な特性の多くを保持しながら粘度を低下させることができる。 これまでに報告された高いゼーベック係数のうちいくつかは、混合溶媒を用いている。最近水と混合した一連の有機溶媒中のフェリシアン/フェロシアン化物のゼーベック係数が調べられ、水に20%のメタノールを混ぜた溶媒を用いることで、2.9mV K-1という最高値が得られている。この高いゼーベック係数は、純粋な水性溶媒と比較して、混合溶媒中の溶媒和シェルがより大きく変化していることに由来すると筆者らは考察している。ただし、この論文では電解液をポンプ輸送するフローセルを用いて測定されており、混合溶媒からレドックス種が沈殿することによる系の短寿命化の効果の評価が必要である。 ゼーベック係数に対する混合溶媒の比率の影響は、様々なシステムで研究されてきた。チオレート/ジスルフィド有機レドックス対(McMT-/BMT)のゼーベック係数を、アセトニトリルに様々な濃度で[C2mim][BF4]を混合した溶媒中で測定した21。ゼーベック係数はIL濃度が0から5.5Mに増加するのに伴い、ゼーベック係数は6倍増加した。これは、ILイオンの濃度上昇に伴って酸化還元対相互作用が強くなるためであった。しかしこの傾向は、特定のIL、分子溶媒および酸化還元対に依存して変化する。例えば、2つの混合溶媒系(MPN/[C2mim][B(CN)4]およびジメチルスルホキシド(DMSO)/[C2mim]中の0.1M Co2+/3+bpy3(NTf2)2/3のゼーベック係数は、ILの濃度の上昇に伴って減少した。またトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウム([P6,6,6,14])+0.1M Co2+/3+bpy3(NTf2)2/3のような系では、IL濃度はゼーベック係数にほとんど影響しない。 0.1M Co2+/3+bpy3(NTf2)2/3レドックス対は、一連のILおよび分子溶媒中の我々のグループによって試験されており、非水電解質について最も高いゼーベック係数が報告されている19,34,37。ゼーベック係数2.19 mV K -1はMPN中で得られた19が、これは純粋なIL、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムメタンスルホネート中の2.13 mV K -1より僅かに高い。ゼーベック係数は分子溶媒とIL電解質との間で大きく変化しないかもしれないが、最大出力の差は大きくなる可能性がある。ILと有機溶媒、例えばジメチルスルホキシドまたはプロピレンカーボネートとの組み合わせが所与の酸化還元対の出力を有意に改善し得ることを複数の研究が示している34,35。例えば、図4(a)および(b)は、MPNと[C2mim] [B(CN)4]の様々な混合比における0.1M Co2+/3+bpy3(NTf2)2/3の電流および出力を示し、3:1混合物が最適な特性の組み合わせを示す。 図4 [C2mim][B(CN)4]/MPN混合物における0.1M Co2+/3+bpy3(NTf2)2/3の(a)電流および(b)電力性能。(c)[C2mim][B(CN)4]/MPNおよび(d)[C2mim][eFAP]/DMSO混合物の体積比(v/v) に対する最大出力密度および電流。全てThot = 130 ℃、Tcold = 60 ℃である。ref35より王立化学協会の許可を得て。 サーモセルの動作は、セルに様々な負荷を印加し、セルの電流および電位を測定することで評価される。電位の関数としての電流出力(I-V曲線、図4(a))は、過電圧の制限についての情報を与える。理想的なサーモセル(過電圧なし)の場合、I-V曲線は矩形であり、すなわち、電流の量が増加してもセル電位はその平衡値にとどまるはずである。これは、両方の電極で完全に可逆的な酸化還元速度論を必要とする。最終的に、物質輸送に制限された電流密度に達し、電流を平らにする。しかし、電流を流すと、実際のセルでは、セルのさまざまな過電圧の影響が増すため、セルの電位が低下する6。低電流密度では、セル電位の低下は主に酸化還元反応の過電圧によるものである。より高い電流密度では、図4(a)に示すように、フィックの法則とネルンスト方程式に起因する物質輸送過電圧がより顕著になり、これにより、これら2つの領域の間で比較的線形の電位低下が生じる。これらのプロットから、オームの法則とジュールの法則をそれぞれ使用して電流と電力が計算されます。外部抵抗がセルの全体的な内部抵抗に等しいとき、電力出力は最大(Pmax)に達する。 図4に示す電解質の場合、純粋なILは、その高い粘度のため、最も低い出力(~200 mWm-2、0.04 mWm-2K-2)を示す。純粋なMPNは、純粋なIL(約450 mWm-2、0.09 mWm-2K-2)の約2倍の最大出力を示す。しかし、これらの電解質をMPN:ILひで3:1で混合することで、780 mW m-2の最大出力が達成された。純粋なILに有機溶媒(MPNまたはDMSOのいずれか)を添加すると、電解質の伝導率およびイオン拡散速度が増加し、パワーファクターが向上する。有機溶媒:IL=3: 1で得られた最大の出力は、イオン伝導度と粘度の最適なバランス(図4(c)および(d))によるものである34。 非水性サーモセル電解質の分野への最近の改良は、Aldousおよび共同研究者のグループによる溶媒和イオン液体の使用である38。溶媒和ILは、弱結合アニオンを有する金属塩と、リガンド分子塩酸アニオンまたはカチオンを強く溶媒和して錯イオンを形成することができる。溶媒和ILは、最初にリチウムイオン電池の電解質として開発されたが40,41、ILと同じ良好な特性を示すことができる。サーモセルについては、固体リチウム金属電極を用いて、テトラエチレングリコールジメチルエーテル(テトラグリム、G4)に溶解した一般的に使用される溶媒和IL、リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミド(Li [NTf2])を使用した。この系における電荷の流れは、同時に起こる金属リチウムの電気溶解、低温電極でのリチウムイオンの生成、および高温電極での金属リチウムの電着によって起こる。テトラグライムと溶媒和されたリチウムイオンとの間の強い相互作用は、リチウムカチオンの溶媒和および脱溶媒和に著しいエントロピー変化をもたらすと仮定される。このシステムの最大ゼーベック係数1.4mVK-1は、Li [NTf2]:G4のモル比が0.022未満(つまり0.9M以下)のとき得られる。また最大の出力は Li [NTf2]:G4比が25%ののときで、135 mWm-2(0.054 mWm-2K-2)であった。しかしながらこの値は、電極表面の種類によって著しく変動した。電荷の流は、低温極および高温極それぞれで溶媒和されたリチウムイオンの電気分解および電着を含む。従って電池を連続的に運転すると、低温側の電極が消費されることで電池の寿命が制限される。これに対処するために、いくつかの機械的手段によって温度勾配を周期的に逆転させる、すなわち、高温および低温電極を交換することで、セルのより長いサイクルを可能にする。
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