レドックス対
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/11 02:08 UTC 版)
サーモセルで生成できる最大の電位差は、レドックス対のゼーベック係数によって決定される。これは、酸化還元種が酸化または還元されるときに生じるエントロピー変化に由来する(式2)。エントロピーの変化は、レドックス種の構造変化、溶媒シェルと溶媒との相互作用などの要因に影響される12。水溶媒と非水溶媒の双方で、エントロピー変化の符号(正か負か)は、酸化体・還元体の電荷の絶対値の差と関連しており、これは、帯電した酸化還元種とその溶媒和シェルとの間の相互作用(主にクーロン力の相互作用)の強さを反映する。酸化還元剤の電荷の絶対値が還元剤より大きい場合、ゼーベック係数は正である(逆もまた同様である)12-14。幅広い酸化還元対のゼーベック係数は測定または計算されているが、安定性、酸化還元に対する可逆性や利用可能性のような実用的要件のために、サーモセルで使用することができるものは比較的限定されている。上に示したフェリシアン/フェロシアン化物(Fe(CN)63−/Fe(CN)64−)は、典型的な酸化還元対の1つであり、-1.4mV K-1のゼーベック係数を有しており、このゼーベック係数は濃度に依存する。他のレドックス対のゼーベック係数はフェリシアン/フェロシアン化物よりもかなり大きな濃度依存性を示すことがある。一例として、ある範囲の水系および非水系溶媒中で研究されているヨウ化物/三ヨウ化物(I- / I3-)レドックス対がある8,17,18。このレドックス対の硝酸エチルアンモニウム(EAN)イオン液体のゼーベック係数は、0.01 Mと2 Mの濃度の間で3倍変化し、0.01 M溶液で測定した最大値は0.97 mVK-1であった18。ヨウ化物/三ヨウ化物のゼーベック係数は正であり、還元時の分子数の増加による正のエントロピー変化に由来する(式(7))。 I 3 − + 2 e − ⟶ 3 I − {\displaystyle {\ce {I3- + 2e- -> 3I-}}} 今まで観察された最高のゼーベック係数は、Pringleらに寄って報告されたコバルト錯体の酸化還元対によるものである。(図2)のCo2+/3+(bpy)3(NTf2)2/3レドックス対(NTf2 =ビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミド、bpy = 2,2'-ビピリジル)を様々な溶媒中で試験し、最大 このゼーベック係数の最大値(2.19 mV K-1)は、酸化還元時にCo2+/3+のスピン状態の変化が起こるためと考えられる。他の金属イオン、例えばFe2+/3+では、酸化還元種がともに低スピン状態であるため、eqn(2)のエントロピー変化は、溶媒再配向エントロピーが主になる。 酸化還元対の研究の大部分は、単一のレドックス種にのみ焦点を当てているが、最近の研究では酸化還元対の混合物を使用する効果が検討されている20。1-エチル-3-メチルイミダゾリウム([C2mim][NTf2])にフェロセン/フェロセニウム(Fc/Fc+)、ヨウ化物/三ヨウ化物(I−/I3−)またはFcとヨウ素の混合物(I2)(フェロセン三ヨウ化物塩(FcI3)を形成する)のいずれか加えて検討したところ、ゼーベック係数は、Fc/Fc+(0.10mVK-1)およびI-/I3-(0.057mV K-1)と比較して、FcI3酸化還元対(0.81mV K-1)では高かった。しかしながらFcI3系の電気化学は複雑であり、非線形なΔV/ΔT関係を示す。この電解質のゼーベック係数は最大ΔT(30K)でのΔV値から推定されたので、この値は必ずしも他の温度差で生じ得る電位を表すものではない。これらの著者はまた、I2を置換フェロセンの範囲と組み合わせ、1,1'-ジブタノイルフェロセン(DiBoylFc)の最高ゼーベック係数は1.67 mVK-1であった。これは、他のフェロセン化合物と比較して、その電子密度が低く、従ってより強い相互作用に起因するものであった。 今日まで、主として無機レドックス対がサーモセルで試験されている。しかしながらこの中の、例えばI-/I3-は酸化還元対の電位に依存して腐食を引き起こす可能性がある。チオラート/ジスルフィド(McMT- / BMT、ゼーベック係数-0.6mV K-1.21)などの有機レドックス対を用いることで、この腐食が回避できる。これは有機レドックス対のある利点の1つであり、今後の精力的な研究が求められる。 サーモセルがエネルギーを連続的に発生させるためには、酸化還元対の両方を溶液中に、好ましくは高濃度(0.5 mol/L以上)で含有しなければならない。しかし、Cu2+/Cu(s) 系のように、水性イオンとその固体種との反応を介して電位を発生させるサーモセルもいくつか報告されている22,23。この場合、電極は固体銅であり、アノードで酸化されてCu2+を形成する。Cu2+イオンは、電解質として輸送され、カソードで還元される。この系のゼーベック係数は0.84mV K-1(0.7 M CuSO4の場合)である。このようなセルは、アノードが最終的に消費されるので、連続的に動作させることができない。これは、連続型の電池と比較して、それらの適用範囲を制限する。 最後に、酸化還元対を含まない電解質で、上記の値をはるかに上回るゼーベック係数の文献報告(7mV K-1まで)もある。24-26これらの値はゼーベック係数として報告されてるものの、温度依存の電位差は、酸化還元活性電解質中で起こるものとは異なる機構のために生じるものである。レドックス対が存在しない場合、全体のエントロピー変化を決定するレドックス種の部分モルエントロピー(eqn(2))は、これらの系では変化しない。代わりに、温度によるポテンシャルの変化は、異なる温度でのイオンの溶媒和環境の変化によるイーストマンエントロピーの相違と、Soret効果によって生じる電極表面での電荷密度の変化との組み合わせによるものである。Soret効果(一般的にマイナーであると考えられる)は、異なる温度でのイオンの移動度の変化により、温度勾配内の電解液中で生じる緩やかな濃度勾配を指す6。このメカニズムで生じた大きな開回路電圧は、外部回路を介して電極を接続すると消散する。したがって、このような非酸化還元電解質は連続的にエネルギーを生成することができない。むしろ、電荷が二重層に蓄えられる、熱的に充電可能なコンデンサのように振舞う。このように、これらのシステムは、熱エネルギーを利用して低レベルのエネルギー蓄積の興味深い領域を表しているが、酸化還元対を利用するこれらのデバイスとサーモセルの動作上の違いには注意が必要である。
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