富山市時代とは? わかりやすく解説

富山市時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/24 02:24 UTC 版)

浜黒崎村」の記事における「富山市時代」の解説

1940年昭和15年)- 11月逓信省告示第3216号により浜黒崎郵便局富山浜黒崎郵便局改称同月皇紀2600年奉祝し、昭和天皇の「天地の神にそいのる朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」の御製歌詞とする「浦安の舞」を常磐神社奉納以後これを毎年習いとする。 1941年昭和16年)- 3月富山県臨時飯米配給実施要綱に基き、飯米配給通帳制を実施し、旧浜黒崎村においては浜黒崎産業組合配給所として指定された。12月大東亜戦争勃発本年12月8日より終戦に至るまでの本村出身戦死者30名、富山大空襲による戦災死者は2名であった1942年昭和17年)- 4月神明社社殿及び鳥居改築1945年昭和20年)- 12月富山電気鉄道1940年昭和15年鉄道省提出していた海岸線敷設免許申請書が返戻される。 1948年昭和23年)- 8月運輸省告示240号により浜黒崎仮停車場廃止される9月富山県学園富山県立富山学園改称1949年昭和24年)- 5月新川自動車株会社及び富山地方鉄道による富山駅滑川駅間のバス路線開業、当村域内もこの路線のうちにあった1953年昭和28年)- 3月富山地方鉄道再度海岸線免許申請書を提出する1954年昭和29年)- 4月富山地方鉄道1948年昭和28年)に再申請行った海岸線免許申請取下げられる。4月昭和29年4月28日農林省告示261号により、古志の松原が飛砂防備を理由として保安林指定される11月浜黒崎東京開催され全国社会福祉事業大会で表彰される1956年昭和31年)- 5月、旧浜黒崎村内が市内電話となる旨決定され10月よりこれを実施する11月昭和31年11月7日郵政省告示1234号により、富山浜黒崎郵便局に於ける電話交換業務廃し、その業務富山電話局引継ぐ1957年昭和32年)- 5月富山滑川水橋市町長や商工会議所等によって富山地方鉄道海岸線敷設促進期成同盟会が結成される9月海岸線敷設係る調査運輸省係官によって行われる1958年昭和33年)- 9月富山地方鉄道海岸線敷設のための免許取得する1960年昭和35年)- 3月古志の松原新森法によって保安林指定される7月富山地方鉄道海岸線期成同盟会が、水橋町役場において当該路線敷設のため会合行い中滑川駅より水橋町浜黒崎経て岩瀬通ず計画案出1961年昭和36年)- 9月富山地方鉄道海岸線の西水橋中滑川区間工事施工認可申請を行う。 1963年昭和38年)- 泉福寺全焼5月工費2千万を以て浜黒崎富山ユースホステル開業1964年昭和39年)- 2月今川橋建替工事完了するPC桁長42.7米、全長342米、幅7.7米の永久橋であった6月富山市指定キャンプ場として浜黒崎キャンプ場開業同月富山地方鉄道同年4月申請していた海岸線路線変更富山稲荷町広田浜黒崎・西水橋)が許可される1965年昭和40年)- 1月浜黒崎松並木富山県天然記念物指定される6月富山地方鉄道1961年昭和36年)に行っていた海岸線の西水橋中滑川区間工事施工認可申請許可される8月昭和40年8月6日郵政省告示563号により、富山浜黒崎郵便局における和文電報配達業務廃し、その業務富山電報電話局岩瀬分室引継ぐ9月浜黒崎公民館落成1966年昭和41年)- 2月浜黒崎信用購買販売利用組合富山市中央農業協同組合浜黒崎支店改称2月昭和41年2月24日建設省告示261号により北陸本線複線化のため土地収用法適用が行われる。6月富山地方鉄道海岸線の西水橋中滑川区間工事施工認可申請許可される1967年昭和42年)- 6月針日浜黒崎野村病院開院1968年昭和43年)- 2月田畑針日間村川上の「古歌」の完了5月横越西蓮寺再建1971年昭和46年)- 10月野田所謂」が、禁猟区域指定される1972年昭和47年)- 1月野田所謂」が鳥獣保護区指定される5月浜黒崎海岸マリーナ完成8月古志町分譲開始1973年昭和48年)- 6月富山地方鉄道海岸線敷設免許廃止申請する7月海岸線敷設敷設免許廃止申請許可され富山地方鉄道海岸線未成線となる。 1974年昭和49年)- 泉福寺再建4月児童福祉施設認可を受け、市立浜黒崎保育所設置される1976年昭和51年)- 了照寺改築10月富山浜黒崎郵便局浜黒崎より古志町移転する1979年昭和54年)- 4月1972年昭和45年用地取得し1973年昭和46年)より総計89億円の事業費を以て着工した浜黒崎浄化センター運転開始1981年昭和56年)- 4月富山市役所浜黒崎出張所浜黒崎地区センター改組1989年平成元年)- 4月特別養護老人ホームすみれ苑が横越開設1993年平成5年)- 5月富山市中央農業協同組合浜黒崎支店なのはな農業協同組合浜黒崎支店改称1995年平成7年)- 10月株式会社前田模範堂が社名をジャパンメディック株式会社改め本社横越移転2008年平成20年)- 12月なのはな農協浜黒崎支店廃止し、その機能なのはな農協北部支店統合する2009年平成21年)- 2月日方江日方江有料老人ホーム開設12月日方江温泉開湯。 2012年平成24年)- 8月富山県中央植物園職員が当村内水田に於いて富山県に於いては105年ぶりに「ミズキカシグサ」を確認し、また「オオアゼテンツキ」を発見した報じられる2013年平成25年)- 11月浜黒崎野村病院閉院2014年平成26年)- 4月富山県立富山学園内に富山市立浜黒崎小学校分校である富山市立浜黒崎小学校松風分校開校

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