1967年8月西ドイツ(当時)のマールブルグ(Marburg )とフランクフルト、およびユーゴスラビアのベオグラードでポリオワクチン製造および実験用としてウガンダから輸入されたアフリカミドリザルの解剖を行ったり、腎や血液に接触した研究職員、および片づけを行った人など合わせて25 名に突如熱性疾患が発生し、7名が死亡した。患者に接触した医療関係者など6名に二次感染が見られたが、死者はなかった。この疾患は、最初の発生地にちなみマールブルグ病(Marburg disease)と称されるようになったが、ウイルス性出血熱のひとつであり、別名ミドリザル出血熱(Vervet monkey hemorrhagic fever)とも呼ばれる。その後、アフリカのケニア、ジンバブエ、ザイール(現コンゴ民主共和国)などで発生し、いずれも1~2名で死者も出ているが、エボラ出血熱のように一度に多数の感染者・死者を出した例はない。 疫 学 (1)1975 年ジンバブエ-南アフリカ:2月15日ジンバブエ(当時ローデシア)からヒッチハイクで南アフリカ入りした21歳の白人男性(オーストラリア人)は、12日以来の筋肉痛、嘔吐、発熱等の症状でヨハネスブルグ総合病院を訪れた。直ちに入院したが、18日に出血傾向で死亡した。DICと肝不全を伴っていた。翌日、同行者の女性と患者を介護した看護師が26 日に発症したが、2名は回復した。最初の死亡者の種々の材料から電顕によりウイルス粒子、免疫蛍光法により特異抗体が検出された。この折にヒッチハイクした道路沿いでヒト、動物、虫等の血液等を集めて検査がなされたが、陽性例(ウイルス分離、抗体)はなかった。また、旅行者は途中サルとの接触はまったくなかった。しかし、一定の距離はあったが、コウモリ、サル、野鳥等からのエアロゾル感染は否定できない状況であったとのことである。 (2)1980 年ケニア:1 月8 日ケニア西部の砂糖工場で働いていた56歳のフランス人技師が突如熱性疾患に陥った。頭痛、筋肉痛、倦怠感を主症状とし、3 日目から下痢、嘔吐が始まった。15日にナイロビの病院に移送されたが、吐血を繰り返していた。黄疸が強く大量下血で虚脱状態にあり、到着後6 時間で死亡した。治療に当たった医師は9日後の24日に発症し、高熱、頭痛、背部痛、咽頭痛、下痢がみられた。このときの血清で米国CDC により抗体上昇が確認され、Vero細胞でウイルスが分離できた。また、電顕上粒子も確認された。最初の患者は発症2週間前に、近くにある大量のコウモリが生息するElgon 洞窟に入っていることと、近くの森で動物や鳥に餌をやっていることなどが感染機会としてあげられたが、確固とした証拠はない。 (3 )1987 年ケニア:ケニアの西方の公園(フランス人が感染したと思われる周辺)を訪れた少年が発症し、死亡した。二次感染はみられなかった。 (4 )1999 年コンゴ民主共和国:4月にコンゴ民主共和国のWarsa 地区(ウガンダ国境近く)でウイルス性出血熱様症状の患者が発生し、23日に死亡した。検体(血液)は直ちに南アフリカ・ヨハネスブルグのウイルス研に送付され、マールブルグウイルスが確認された。同様な症状を示した他の4 名の疑似症例では陰性であった。同じころ、近くのDurbaでもウイルス性出血熱様の集団発生があったといわれるが、ウイルス学的確認はなされてはいない。 病原体 マールブルグウイルスはエボラウイルスと同様にフィロウイルス科(Filoviridae)のメンバーである。抗原性は異なり交差しないが、電顕上の形態は酷似している。エンベロープを持ち桿菌状で、平均長径が790nm 、短径は80~90nmである。長径は時に1,500 ~2,300nm にも達する。粒子は非対称でひも状、ゼンマイ状等多形性を示す。遺伝子は核酸として1本鎖RNA を有し、分子量は4.6×10 6Da である。ウイルスはVero 細胞、BHK 細胞などで細胞変性効果を示す。実験的にはアカゲザル、ミドリザル、モルモット、ハムスター、マウス等で100%感染を起こし、致命的となる。自然界におけるこのウイルスの宿主は現在も不明であり、どのようにしてヒトにウイルスが伝播されるかも全く分かっていない。ヒトからヒトへの感染は、感染者や患者の血液、体液、分泌物、排泄物などの汚染物との濃厚接触による。手袋等の防護策で感染は防げるとされ、医療の場での空気感染による拡大はないとされる。 臨床症状 感染者に対する発症者の比率はよく分かっていない。潜伏期間は3~10日である。一次感染の潜伏期間は3~7日(二次感染では~10日と長くなることもある)で、症状はエボラ出血熱に似ており、発症は突発的である。発熱、頭痛、筋肉痛、背部痛、皮膚粘膜発疹、咽頭痛が初期症状としてみられる。激しい嘔吐が繰り返され、1~2日して水様性下痢がみられる。診断上皮疹は重要で、発症後5~7日で躯幹、臀部、上肢外側等に境界明瞭な留針大の暗赤色丘疹が毛根周辺に現れる。重症化すると、散在性に暗赤色紅斑が顔面、躯幹、四肢にみられる。 病原診断 血液等からウイルス分離を行うが、最高度安全実験施設P4 が必要である。迅速診断にはELISAや免疫蛍光法で抗体を検出する。あるいは、PCR 法等でウイルス遺伝子を検出する。検体は血液、咽頭ぬぐい液、胸水、体液、その他の組織等である。発症後2 カ月程して症状は軽快しても、精液、前眼房水等からウイルスが分離された例がある。 治療・予防 対症療法以外の特異的治療法はない。また、感染予防ワクチンはない。患者や検体に接触した医療関係者や家族については表1 のような考え方で、一定期間監視が必要な場合は実施する。 感染症法における取り扱い マールブルグ病は1類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断がなされたもの (材料)血液、血清、尿、咽頭スワブ等 ・病原体の検出 例、ウイルスの分離など ・抗原の検出 例、ELISA法による特異抗原の検出など ・病原体の遺伝子の検出 例、PCR 法など ・血清抗体の検出 例、免疫蛍光法、ELISA法など ○疑似症の診断 臨床的特徴に合致し、以下の疾患の鑑別診断がなされたもの (鑑別診断)他のウイルス性出血熱、チフス、赤痢、マラリア、デング熱、黄熱等 《備考》 当該疾患を疑う症状や所見はないが、病原体や抗原は検出されず、遺伝子や抗体のみが検出されたものについては、法による報告は要しないが、確認のため保健所に相談することが必要である。 学校保健法における取扱い マールブルグ病は学校において予防すべき伝染病第1種に定められており、治癒するまで出席停止となる。 (国立感染症研究所副所長 倉田 毅) |