マルティニーク‐とう〔‐タウ〕【マルティニーク島】
マルティニーク
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マルティニーク(Martinique、アンティル・クレオール語: Matinik、または Matnik)は、フランスの海外県の1つであり、カリブ海に浮かぶ西インド諸島南部の小アンティル諸島の中のウィンドワード諸島に属する島である。
- ^ a b “Martinique Biosphere Reserve” (英語). UNESCO (2022年6月10日). 2023年3月22日閲覧。
- ^ a b “Etang des Salines | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2023年7月13日). 2023年7月20日閲覧。
- ^ “UNESCO - The Martinique yole, from construction to sailing practices, a model for heritage safeguarding” (英語). ich.unesco.org. 2023年3月22日閲覧。
- ^ ジョン・バクスター『二度目のパリ 歴史歩き』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2013年、36頁。ISBN 978-4-7993-1314-5。
マルティニーク島
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「ポール・ゴーギャン」の記事における「マルティニーク島」の解説
1887年、ゴーギャンは、パナマを訪れた後、6月から11月までの約半年、友人のシャルル・ラヴァルとともに、マルティニークのサン・ピエールに滞在した。ゴーギャンは、パナマ滞在中に破産し、当時のフランス法に従い、ラヴァルとともに、国の費用で本国に戻ることになった。しかし、2人は、マルティニークのサン・ピエール港で船を降りた。この下船が計画的なものだったのか、突発的なものだったのかについては、研究者の間で意見が分かれている。初め、2人は原住民の小屋に住んで人間観察を楽しんでいたが、夏になると暑く、雨漏りがした。ゴーギャンは、赤痢とマラリアにも苦しんだ。マルティニークにいる間、彼は12点前後の作品を制作した。戸外の情景を明るい色彩で描いたものである。島内を旅行して回り、インド系移民の村も訪れたと思われるが、彼の後の作品にはインド的モチーフが取り入れられている。 『マルティニークの風景』1887年。スコットランド国立美術館。 『林の中の小屋』1887年。個人コレクション。 『海辺II』1887年。個人コレクション。 『池』1887年。ゴッホ美術館。 『熱帯の立ち話』1887年。個人コレクション。 『マンゴー摘み』1887年。ゴッホ美術館。
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