糸
『続玄怪録』3「定婚店」 「夫婦となるべき男女は赤い糸で結ばれている」と言われる。ただし古くは糸でなく、縄であった→〔老翁〕2。
『紅楼夢』第57回 薛未亡人は、「千里の姻縁(えにし)も1すじの糸で結ばれる」の喩えを、宝釵と黛玉に語り聞かせた。「月下老人が、縁を結ぶべき2人の足と足を、赤い糸でゆわえておかれるのです。すると、あなたと先方の家とが海を隔て国を隔てていようと、家代々の仇(かたき)の間柄であろうと、いつかは夫婦になるのです。逆に、両親も当人も願い、決まったも同然の縁組だと思っていても、月下老人が赤い糸でゆわえて下さらぬことには、添い遂げることはできません。あなたたち2人の縁談も、目と鼻の先にあるものやら、海山の彼方の遠くにあるものやら、見当もつかないのですよ」。
*→〔くじ〕1の『南総里見八犬伝』第9輯巻之51第180回下。
*赤い糸でつながれている貝と蟹→〔貝〕3の『聊斎志異』巻9-384「蛤(こう)」。
『デカメロン』(ボッカチオ)第7日第8話 ベッドの中の人妻が、足の親指に長い細紐の一端を結び、他端を寝室の窓の外に垂らして、地面に届くようにしておく。愛人がやって来てその細紐を引くのが密会の合図で、人妻は、夫が眠ったか否かを、細紐の動きで愛人に伝える。ところがある夜、夫は細紐を見つけ、愛人の存在を知ってしまう→〔髪〕4。
★2a.謎の夫の着物に長い糸をつけ、それをたどって正体を知る。
『古事記』中巻 美しい男がイクタマヨリビメのもとを訪れ、彼女は身ごもる。父母の教えにしたがって、彼女は麻糸を通した針を、男の衣の裾に刺す。翌朝見ると、糸は戸の鍵穴を抜けて外へ出ていた。糸は三輪山の神の社までのびており、男が大物主神(*蛇体の神である→〔箱〕2の『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月)の化身であることがわかった。
*糸をたどり、男の正体が蛇であることを知る→〔蛇婿〕1aの『肥前国風土記』松浦の郡褶振の峰・『平家物語』巻8「緒環」。
『三国遺事』巻2「紀異」 第2・後百済甄萱(キョンフォン) 娘のもとに、紫色の衣を着た男が夜ごとに来て共寝する。娘は長い糸を通した針を男の衣に刺す。翌朝糸をたどると、塀の下の大蚯蚓(みみず)の横腹に針が刺さっていた。娘は男の子を産む。その子は15歳になると自分を「甄萱」と呼び、後に国王になった。
『袋草紙』「雑談」 赤染衛門の姉妹である女のもとへ、恋人藤原道隆をよそおった怪しい男が訪れる。女が、男の直衣に糸を通した針をつけておくと、翌朝、糸は南庭の木の上にかかっていた。これは庭木の精のしわざであった(*『今物語』第26話には、同話が、藤原教通に化けた桜木の精と小式部内侍とのこととして載る)。
*糸をたどり、男の正体が河童であることを知る→〔河童〕1の『現代民話考』(松谷みよ子)1「河童・天狗・神かくし」第1章の2。
★2b.無関係な像に糸を結びつけ、「像に犯された」といつわる。
『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」26「神罰」 娘が妊娠し、「毎夜、黒い顔の巨人が来て身体の上に乗る」と、母親に嘘を言う。母親は「今度巨人が来たら、色つきの糸を足に結びつけよ」と教える。娘の恋人が、その糸を関帝廟の周将軍(=関羽の部下周倉)の像の足に結ぶ。母親は糸を捜し歩いてこれを見つけ、像の足を叩いて罰する。後、娘と恋人は密会中に周将軍に腰を叩かれ、足腰立たぬ身体になった。
★2c.糸をたどって、目指す人のあとを追う。その居所をつきとめる。
『妹背山婦女庭訓』4段目 烏帽子折の求女(=実は藤原淡海)は、春日明神の巫女(=実は蘇我入鹿の妹橘姫)の袖に赤糸をつけてあとを追う。その求女の裾に白糸をつけて、杉酒屋の娘お三輪がさらにあとを追う。
『海道記』 山寺の僧のもとへ毎夜女が訪れて法華経を聴聞し、朝になると姿を消す。僧が女の衣の裾に糸をつけ跡をたどると、糸は海上を渡り、ある山の岩穴に入って龍の尾についていた。この神龍を祭ったのが江の島神社(江尻の大明神)である。
『蛙の王女』(ロシアの昔話) イワン王子が、地の果ての国へ去った妻ワシリーサを捜して、旅に出る。途中で出会った老人が糸玉を与え、「これがころがる方へついて行け」と言う。イワン王子は、糸玉を追って歩く。彼は熊・鴨・兎・かますに助けられ、ヤガー婆さんに教えられて、不死身のコシチェイを退治する。イワン王子はコシチェイの家からワシリーサを救い出し、2人はいつまでも幸せに暮らした。
『塵袋』第8所引『常陸国ノ記』 田を植える妹が雷に蹴殺される。怒った兄が、雷神の居所を知ろうとして雉の尾に麻糸をつける。雉は伊福部の丘に飛んで行き、兄は糸をたどって雷神のいる岩屋をたずねる。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章 テセウスがクレタ島の迷宮に踏みこむ時、彼に恋心を抱くアリアドネが糸玉を手渡す。テセウスは糸を扉に結びつけて迷路に入り、奥にいる牛頭人身の怪物ミノタウロスを退治して、ふたたび糸をたどりつつ出てくる〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻8に類話〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章 ミノス王が、「巻貝に糸を通した者に多くの褒美を与えよう」と諸方にふれまわる。シシリアのカミコスの領主が巻貝と糸を受け取って名工ダイダロスに渡す。ダイダロスは、蟻に糸を結びつけて貝の下穴から入れ、上に開けた穴から出させて糸を通す。
『神道集』巻7-38「蟻通し明神の事」 印度へ渡る玄奘三蔵が、流沙の河岸で出会った美女から、八坂の玉の七曲りの穴に緒を通すよう言われる。三蔵が考えこんでいると、木の枝の機織り虫が「蟻腰着糸向玉孔」と鳴き、彼は糸の通し方を悟る。
『枕草子』「蟻通し明神」の段 七曲りにくねった小さな玉の中に穴が通っており、両端に口が開いている。「これに緒を通せ」と、唐土の帝が日本に要求する。隠れ住む老人(*→〔親捨て〕3)の教えにより、一方の穴の口に蜜を塗って、糸をつけた蟻を他方の穴から入れる。蟻は蜜の香をかぎ、穴を通り抜けて出てくる。
『赤い繭』(安部公房) 帰る家のない「おれ」の、靴の破れ目に糸があり、引っ張るといくらでも出てくる。「おれ」の身体は糸になってほぐれていき、糸は「おれ」を包みこみ、やがて「おれ」は消滅して糸は中空の繭になる。家はできたが、そこへ帰る「おれ」はいない。
『今昔物語集』巻26-11 白犬が1匹の蚕を食べ、くしゃみをすると鼻の穴から2筋の白い糸が出る。糸は、引っ張ればいくらでも出てくる。百数十キログラム以上も巻き取った後、糸が尽き、犬は倒れて死ぬ。
『日本書紀』巻1・第5段一書第11 ウケモチノカミ(保食神)は口の中に蚕の繭を含んで、糸を抽(ひ)くことができた。これからはじめて養蚕ができるようになった。
ピアスの白い糸(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』) 耳たぶにピアスの穴を開けるのに、医者へ行かず、自分で開けた子がいた。そのあと、細い糸くずのようなものが穴から出ていたので、何だろうと思って引っ張ったら、プツン、という感じがして、目の前が暗くなった。糸みたいなものは視神経で、それが切れたから、その子は失明してしまった。
『栄花物語』巻30「つるのはやし」 病重く死を覚悟した藤原道長は、法成寺の阿弥陀堂内にこもり、ひたすら極楽往生を願った。道長は、阿弥陀如来像の手に通した糸(=青・黄・赤・白・黒の5色)を握り、北枕で西向きに臥して臨終を迎えた。後、道長の娘威子は、「道長が極楽の下品下生(げぼんげしょう)に生まれた」との夢を見た。
『今昔物語集』巻15-12 比叡山横川の僧・境妙は、自らの死期を予知していた。病臥した境妙は、阿弥陀如来像の手に5色の糸をつけ、その他端を握って、西に向かい念仏を唱えて息絶えた。その後ある僧が、「境妙が極楽往生した」との夢を見た。
『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第1章の1 昭和44年(1969)頃のこと。「私」は危篤状態になり、病院のベッドに寝かされていた。「私」は空中にふわりと浮かび、「私」の肉体を見下ろした。肉体の額の真ん中あたりから細い糸が出ており、「私」はその糸とつながっていた。もし誰かが糸を切ったら、「私」はおしまいになっていただろう(神奈川県)。
『小桜姫物語』(浅野和三郎)13 臨終時には肉体から、それと同じ形態の霊魂(たましい。=幽体)が抜け出て、肉体の真上の空中に横臥する。白っぽい、幾分ふわふわしたもので、普通は裸である。肉体と幽体の間には紐がついており、一ばん太いのは、腹と腹をつなぐ白い紐で、小指くらいの太さだ。それより細い紐が、頭の方にもう1本見える。紐で繋がれているのは、まだ絶息し切らない時で、最後の紐が切れた時が、本当にその人の死んだ時である。
*身体と魂を結ぶ銀の紐→〔体外離脱〕4の『アウト・オン・ア・リム』(マクレーン)24。
『ブッダ』(手塚治虫)第3部第9章「スジャータ」 少女スジャータがコブラに噛まれ、死に瀕していた。シッダルタは、「どうやったら、このあわれな少女の命をつなぎとめることができるのだ。命をつかみとって、肉体につなぐ紐はないのか」と自問する。彼は自らの心をスジャータの肉体に入れ、肉体から去ろうとする彼女の魂を追いかける→〔生命〕1a。
『土蜘(つちぐも)』(能) 病床にある源頼光のもとを、深夜、怪しい僧が訪れる。僧の正体は土蜘で、千筋の糸を投げかけて、頼光の身体を締めつけ苦しめる。頼光は名刀・膝丸で切りつけ、土蜘は傷を負って逃げ去る。頼光を警固する独武者(ひとりむしゃ)が、郎党を引き連れて土蜘退治に向かう。土蜘の繰り出す千筋の糸に、武者たちは縛られて倒れ臥す。しかし武者たちはひるまず、土蜘を取り囲んで斬りかかり、首を討ち落とす。
『モスラ対ゴジラ』(本多猪四郎) 倉田浜干拓地からゴジラが現れ、四日市・名古屋などを破壊する。日本からの要請に応じて、インファント島のモスラが飛来し、ゴジラと闘う。老齢のモスラは、闘いの途中で力尽きて死ぬ。巨大な卵からモスラの双子の幼虫が孵(かえ)り、口から多量の糸をゴジラに吐きかける。糸はゴジラの体を包み、ゴジラは行動の自由を失って、海へ転げ落ちる。
『糸くり三人おんな』(グリム)KHM14 王子が、怠け者の娘を花嫁にする。婚礼の宴に、娘のおばと称する3人の女がやって来る。1人は親指がむやみに平べったく、1人は唇がだらんと垂れ下がり、1人は足が異常に幅広い。3人は糸くり女で、亜麻を縒(よ)るので親指は平らに、なめるので唇は下がり、糸車を踏むので足は幅広くなるのだった。3人のありさまを見た王子は、花嫁に糸くりを禁じた〔*花嫁は糸くりが大きらいだったので喜んだ〕。
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