仮説 仮説の概要

仮説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/26 03:30 UTC 版)

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概説

仮説とは、どのような実験事実が現れたらその仮説は正しいと言えるのか、また、間違っていると言えるのかが、あらかじめ明確になっていなければならない[5]。その仮説が提唱された当時は技術上の理由から検証手段が整わなくてもかまわないが、原理的にはそのような検証手段が明確でなければならない[5]。いかなる実験事実が現れても、その仮説と矛盾しないなどと、のらりくらりとした仮説は、何も具体的なことを主張するものではないから、全く空疎な命題であり、ドグマである[5][注 3]

仮説と称するものが真に仮説であり得るかどうかは、その仮説の正否が一回限りの現象によって証明されるものではなく、原理的には何回でも問い正しうるものでなければならず、追試できないものは仮説と呼ぶことはできない[7]

仮説の検証は一般的な形で直接的に検証されることはない。一つ一つの個性的な実験によって初めて検証される。つまり、仮説の検証は必然的に、具体的な事象に対する予想の形を取って行われる。一般に一つの実験だけで仮説の正しさを確定することはできない[8]。仮説の検証は「予想ー実験」の繰り返しで進められる[9]。仮説はその理論的予言が一連の実験事実と一致することが確かめられ、その真実性が確かめられたと考えられるようになると、それは理論あるいは法則と呼ばれるようになる[9]

その仮説によって別の新たな現象の予測にも成功するにつれて、しだいにより「正しい法則」(=パラダイム)などと人々から認知されるようになってゆく[10]

ただし、自然科学の領域においては、多くの検証を経て「真」として支持する人が多数派になった説が、後に反転して「偽」とされるようになってしまった事例(=パラダイムシフト)も多々あるため、近年では「全ては仮説である」「科学の領域においては、あらゆる説明や法則を、あくまで仮説として扱うべきである」といった表現がされることがある。[要出典]

疑似科学追及を主題とした書籍などでは、カール・ポパー線引き問題の解決のために提案した反証可能性の概念をそのまま採用し、「反証可能な説明が"科学的仮説"であり、反証可能でないものは"疑似科学的仮説"あるいは"疑似科学的言説"である」といった主旨のことを述べているものもある。ただし、ポパーの提案の後には、実際には常に両者が簡単に区別できるというわけではない、といった指摘がしばしばなされている[注 4][要出典]

自然科学においては、「法則」や「理論」と呼ばれているものも含めて、究極的にはすべて仮説であるとする考えもある。たとえば物理学では電子存在証明できるかどうかは難しい問題である。物理学者はさまざまな実験を通じて電気現象の原因粒子として電子の存在を認め、さらにその利用技術をも発展させた。しかし、実は電子が存在せず、ただ今の物理学者が電子を使って説明している現象をまったく異なる様相で引き起こす別の何かが存在すると考えても、現象的には何も変わらない。したがって、明日にも誰かがその「別の何か」を発見し、それを支える理論を発表すれば、これまでの物理の教科書は過去の遺物になるであろう。実際、ニュートン力学は19世紀末までは揺るぎない存在であった。しかし相対性理論の登場によってその位置づけは変化し、相対性理論の枠組みの中での特殊な場合のひとつとなって納まっている。[要出典]

仮説概念の歴史

ヨーロッパ諸語において 'hypothesis' という用語が現代のように「仮に立てる説」という意味で使われるようになったのは、近世以降である。それ以前は、現在の呼び方で「幾何学公理」と呼ばれている絶対的前提命題が 'hypothesis' と呼ばれていたこともある。[要出典]

近世においては、イギリス系の科学者たちとヨーロッパ大陸系の科学者たちとの間で仮説の位置づけについて大きな見解の相違が生じた。[要出典]

イギリスのアイザック・ニュートンは「科学的知識は観察事例の蓄積によって帰納的に構築されるべきだ」と判断し、「事例に先行して立てられる命題、すなわち仮説は、科学的探究の中では扱われるべきではない」と考えた。例えば「万有引力法則」は、帰納法によって導かれるのである[注 5]から、科学的知識である。だが、「万有引力の法則を支える原因は何か?」という疑問について、何ら具体的事例がないにもかかわらずあれこれと仮説を立てるのは科学的ではない(つまりある意味で非科学である)と考えた。ニュートンのこのような考え方は、『自然哲学の数学的諸原理』(第2版、1713年)の「われ、仮説を作らず (Hypotheses non fingo)」の表現に典型的に現れている[注 6]

一方、ドイツのゴットフリート・ライプニッツは、確実だと証明できる法則は実際上ないと考え、証明できないという性質を持つ命題・仮説の利用は理論の構築に不可欠である、と見なした。[要出典]

その後、自然哲学者・科学者たちの間に広まっていったのは、仮説を肯定するライプニッツ流の考え方である。現在では、仮説は科学理論の構築のための一般的な方法として広く利用されている。[要出典]


  1. ^ 『岩波 哲学・思想事典』p.239 「それ自体の真偽は確かめられていないが、色々な現象を説明したり、法則を導き出したりするために役立つものとして、仮に推論の前提に置かれる命題。」
  2. ^ たとえばデカルトの渦動説やプリーストリーの熱素説などがそのようなドグマと言える[3]
  3. ^ たとえばプリーストリーの熱素説(フロギストン説)では、当初、フロギストンは物質であるから重さがなければならないとされたが、燃焼の際、質量減少が起こることが発見されると、マイナスの重さを持つものと変更された。それはもはや以前に考えられていたフロギストンではないから、本来は仮説を新しく出し直さなければならない[6]
  4. ^ 例えば「予測というのは複数・無数の仮説・前提が組み合わさってできているため、予測結果が実験などによって反証されても、理論が含む多数の仮説・前提のうちのどれかに問題があったとしても、一体そのうちのどれが棄却されるべきなのか判別できず、またさらに実験自体にミスがあったのかそうでないのかも、実際上は判別ができないため」といった主旨の指摘など。
  5. ^ これに対する反論として、板倉聖宣はニュートンの万有引力は「大胆な仮説」であり、すべての科学的認識は仮説演繹ではなく仮説実験的に成立するとしている[11]
  6. ^ ニュートンは、デカルトの「渦動説」のような宇宙に満ちた微粒子の運動を仮定して天体運動を説明しようとするような試みがすべてうまくいっていないのを見て、私はそのような仮説(ドグマ)は作らないと言ったのであって、ニュートン自身は『光学』で「光の粒子説」を仮説として提出している。これは原理的に実験で検証可能なものであるから仮説である。後世の科学史家は「ニュートンが仮説を否定した」と誤解している[11]
  7. ^ 時枝誠記は「言語過程観」と呼んでいた。
  8. ^ ヴィルヘルム・オストヴァルトエルンスト・マッハなどが支持。マッハ主義とか経験主義と呼ばれ20世紀初頭に特に欧州大陸で勢力があった。マッハらは感覚で認識できないものを考えるのは非科学的だとして、ボルツマンやマクスウェルの熱現象を分子運動論で考える原子論に反対した。
  9. ^ 「Descent with modification」(『種の起源』)
  1. ^ 板倉聖宣 1966a, p. 264.
  2. ^ 板倉聖宣 1966a, p. 269.
  3. ^ 板倉聖宣 1966a, pp. 268–269.
  4. ^ 井藤伸比古 2021.
  5. ^ a b c 板倉聖宣 1966a, p. 271.
  6. ^ 板倉聖宣 1966a, p. 270.
  7. ^ 板倉聖宣 1966a, p. 272.
  8. ^ 板倉聖宣 1966a, p. 273.
  9. ^ a b 板倉聖宣 1966b, p. 208.
  10. ^ 『岩波 哲学・思想事典』p.239
  11. ^ a b 板倉聖宣 1966b.
  12. ^ PC Watch 2016.
  13. ^ WIRED 2009.






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