RNAワールド
RNA ワールドとは原始地球上に存在したと仮定される、RNA からなる自己複製系のこと。また、これがかつて存在し、現生生物へと進化したという仮説を RNA ワールド仮説と呼ぶ。RNAワールドという学名は1986年、ウォルター・ギルバートによって提唱された[1]。
逆に、核酸より先にアミノ酸が重合してポリペプチド・タンパク質が生まれ、これが触媒として働いて核酸を生み出し生命の起源になったとする仮説をプロテインワールド仮説という[2]。
概要
現在の生物は、酵素を触媒としてDNAやRNAといった核酸を合成し、核酸の配列を基に酵素を合成している。このどちらが起源なのかは長らくの疑問であった。
しかし、酵素ではなくRNAでありながら自己スプライシング機能を持つリボザイムやRNAを基にDNAを合成する逆転写酵素が発見されたことで、RNAが酵素(ポリペプチド)と遺伝情報(DNA)両方の起源となりうることが証明され、RNAワールド仮説が提唱されるようになった[3]。
RNAワールドからDNAワールドへの発展は、RNAからタンパク質に生化学反応の触媒が移行し、RNAはタンパク質の配列を示す遺伝暗号としての機能を持つようになり、RNAが不安定な分子なので、RNAからDNAがその機能を担うようになり、おこったとされている[4]。
RNA ワールド仮説を生命の起源説として主張するにあたってはいくつかの問題点が指摘されている[5]。主要な物として、
- 様々な核酸類似体の存在下で、これらがRNA特有の結合様式をとった根拠が無い。
- RNA は DNA 等と比べ不安定な分子であり分解されやすい。
- 自己複製能力をもつ RNA 分子が見つかっていない。
第一の点は最も主要な難点と考えられる。RNA の材料が原始的環境に豊富に存在し、それらが核酸特有の 5'-3' のリン酸結合を行ったのかどうか、現在では支持する証拠は少ない。しかし、隕石からはRNAに含まれるリボースと核酸塩基が見つかっている[6][7]。これに対してはいくつかの説明が考えられている。一つは RNA の材料や RNA がより合成されやすい何らかの条件を仮定するもので、もう一つの説明では、別のポリマーの世界が RNA ワールド以前に存在したとする。後者の候補として、より合成されやすく重合する際にとり得るパターンがより単純なトレオース核酸などが挙げられている。このとき RNA ワールドが最初の生命(進化しうる自己複製系)であったかどうかについては他に説を譲る可能性もあるが、DNA-プロテインワールドが RNA ワールド以降に発生したとする点では一致している。
また、安定性に関しては温度を下げることが安定化に役立つ可能性がある。この考えを元に氷点下の環境で機能するリボザイムが合成されており、凍結融解に伴う濃縮などの効果とあわせて、氷海の RNA ワールドが提案されている[8]。
自己複製能力についても困難な問題の一つと言える[9]。しかし、他の RNA を鋳型に、ある程度の長さの RNA を合成する RNA は既に合成されており、根本的には不可能ではないと考えられる。また自己複製を行う RNA が発見された時、この説はより強固になるとも言える。
参考文献
- Cech, T. R.; Atkins, J. F.; Gesteland, R. F., eds (2005). The RNA World. Cold Spring Harbor Monograph Series (3rd ed.). New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press. ISBN 978-0879697396
- Alberts, Bruce; Johnson, Alexander; Lewis, Julian; Raff, Martin; Roberts, Keith; Walter, Peter (2002). Molecular biology of the cell. New York: Garland Science. ISBN 978-0815332183. OCLC 48122761
- Gilbert, Walter (Feb 1986). “Origin of life: The RNA world”. Nature 319: 618–618. doi:10.1038/319618a0.
- Vlassov, Alexander V.; Johnston, Brian H.; Landweber, Laura F.; Kazakov, Sergei A. (May 2004). “Ligation activity of fragmented ribozymes in frozen solution: implications for the RNA world”. Nucleic Acids Res. (Oxford University Press) 32: 2966–2974. doi:10.1093/nar/gkh601. ISSN 0305-1048. PMC 419604. PMID 15161960 .
- Harish, Ajith; Caetano-anollés, Gustavo (Mar 2012). “Ribosomal History Reveals Origins of Modern Protein Synthesis”. PLoS ONE (Public Library of Science) 7: e32776. doi:10.1371/journal.pone.0032776 .
- Robertson, Michael P; Joyce, Gerald F (May 2012). “The origins of the RNA world”. Cold Spring Harbor Perspect. Biol. 4 (5): a003608. doi:10.1101/cshperspect.a003608. ISSN 1943-0264. PMC 3331698. PMID 20739415 .
- Cech, Thomas R (Jul 2012). “The RNA worlds in context”. Cold Spring Harbor Perspect. Biol. 4 (7): a006742. doi:10.1101/cshperspect.a006742. ISSN 1943-0264. PMC 3385955. PMID 21441585 .
出典
- ^ Gilbert 1986.
- ^ Harish & Caetano-anollés 2012.
- ^ Cech, Atkins & Gesteland 2005.
- ^ Alberts et al. 2002.
- ^ Robertson & Joyce 2012.
- ^ Callahan, Michael P.; Smith, Karen E.; Cleaves, H. James; Ruzicka, Josef; Stern, Jennifer C.; Glavin, Daniel P.; House, Christopher H.; Dworkin, Jason P. (2011-08-23). “Carbonaceous meteorites contain a wide range of extraterrestrial nucleobases” (英語). Proceedings of the National Academy of Sciences 108 (34): 13995–13998. doi:10.1073/pnas.1106493108. ISSN 0027-8424. PMC 3161613. PMID 21836052 .
- ^ Furukawa, Yoshihiro; Chikaraishi, Yoshito; Ohkouchi, Naohiko; Ogawa, Nanako O.; Glavin, Daniel P.; Dworkin, Jason P.; Abe, Chiaki; Nakamura, Tomoki (2019-12-03). “Extraterrestrial ribose and other sugars in primitive meteorites” (英語). Proceedings of the National Academy of Sciences 116 (49): 24440–24445. doi:10.1073/pnas.1907169116. ISSN 0027-8424. PMC 6900709. PMID 31740594 .
- ^ Vlassov et al. 2004.
- ^ Cech 2012.
RNAワールド仮説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 07:05 UTC 版)
詳細は「RNAワールド」を参照 RNAワールド仮説は、「初期の生命はRNAを基礎としており、後にDNAにとって替わられた」とするものである。1981年、トーマス・チェックらによって発見された触媒作用を有するRNAである「リボザイム」がその根底にある。また、レトロウイルスによる逆転写酵素の発見もその拍車となった。RNAワールド仮説の趣旨は以下の通りである。 RNAは自己スプライシングやrRNAの例もあり、自ら触媒作用を有している。 RNAはRNAウイルスにおいては遺伝情報の保存に役割を果たしている。 RNAはDNAに比べて変異導入率が高く、進化速度は速い。 RNA自体が触媒作用と遺伝情報の保存の両者をになう点は、生物学者に大きなインパクトを与え、RNAワールド仮説は、いまだ生命の起源の論争の中でも主たる考察であると言える。しかしながら、RNAワールドを否定する意見としては、以下の点があげられる。 リボザイムの持つ自己複製能力は、それ自体では存在しない。 リボザイムの触媒能力はタンパク質のそれに比べてきわめて低く、特異性も存在しない。 RNAは分子構造が不安定であり、初期の地球に多量に存在したであろう、紫外線や宇宙線によって容易に分解を受ける。 しかし、特異性に関しては近年ではハンマーヘッド型リボザイムを筆頭に顕著な改善が認められる。
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