議院内閣制
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議院内閣制の本質
学説
議院内閣制の本質については、解散権の有無と関連して責任本質説と均衡本質説の対立がある。
- 責任本質説
- 内閣の議会解散権は、必ずしも議院内閣制の必要条件ではないと定義する。通常の憲法学または政治学上の多数説とされる。
- 均衡本質説
- 内閣の議会解散権も議院内閣制の要素であると定義する。
議院内閣制と議会統治制(スイス型)との違いについて、均衡本質説によれば内閣の解散権の有無により、責任本質説によれば辞職の自由の有無により区別すべきだとされる[21]。
議会解散権の位置づけ
議院内閣制の下で内閣に議会解散権が広く認められる政治制度がとられるとき、議会には内閣に対する不信任決議、一方の内閣には議会解散権が認められているため、両者に意思の対立があれば(解散を経て)議会選挙を通じて国民がその問題に決着をつけることになる[19]。このことは議会の解散によって選挙となることで国民の審判にさらされるという緊張関係を常に生じていることを意味し、そのため議院内閣制の下ではいつ選挙が行われても国民からの支持を得られるように民意への接近という動因が絶えず働くことになるとされる[19][27]。実際の政党政治の下では議会において多数を占める政党が政権を担う(内閣を組織する)ことから、この要素は内閣と議会との間にではなく、与野党間・連立与党の各党間・与党の主流派と反主流派などにおいて働くとされている[28]。
また、国民の支持の厚い首相=党首を擁する場合は、不信任決議とは関わりなく解散を行い、選挙に勝利することによって議会の多数を確保することで、さらに自党による政権期間を将来にわたって延ばすことができる。不人気な首相が自ら辞任して後継自党党首[注 1]に託すのも、それだけで国民の支持が回復することが現実にあり得るからである。
このような考え方に対して、議会解散権が不意打ちによって行使されることは防ぐべきとして制限的に位置づける考え方もある。イギリスでは2011年に議会任期固定法が成立し、内閣不信任決議に対する解散権行使か、下院の3分の2以上の賛成による自主解散のみが認められることとなった[29]。ただ、2016年6月23日にイギリスで行われたEU離脱の是非を問う国民投票では離脱が多数を占めたが、下院ではEU残留派が多数を占めていたため、議会制民主主義と国民投票による民主主義の矛盾(EU残留派とEU離脱派の対立)を解消するために下院の解散もその選択肢として取り上げられた。しかし、議会任期固定法により下院の任期途中での解散のハードルが高くなってしまったため、意思決定プロセスのあり方が注目されることとなった[30]。
議院内閣制と政党
議院内閣制は議会多数派(一般的には政党)が内閣を組織することから政党内閣制とも呼ばれる[31]。一党で内閣が組織される場合には単独内閣、複数党で内閣が組織される場合には連立内閣と呼ばれ、また内閣には加わらないものの内閣の方針を基本的に支持する形をとることを閣外協力と呼ぶ[31]。
議院内閣制の下での内閣総理大臣の選出方法について、イギリスでは二大政党制の下で下院の第一党の党首が、国王により首相に任命されるのが慣行となっている[3]。日本やドイツでは議会で首相指名選挙が行われ、連立政権となる場合には必ずしも第一党の党首が就任するわけでもない[32]。例えば日本の細川護煕首相や羽田孜首相、村山富市首相は第一党の党首ではなかった。また、ドイツのヘルムート・シュミットはヴィリー・ブラントの後を受けて首相となったが第二党の所属であり、しかも党首職にも就いていなかった(ブラントが党首職に留まった)[32]。
注釈
- ^ ドイツでは、アデナウアーやブラントの様に首相職を辞任した後も与党の党首の座には留まったという例が見られる。
- ^ ドイツの場合は、憲法に相当するドイツ連邦共和国基本法で、連邦議会が新首相候補を選出した後にしか内閣不信任案を提出できない「建設的不信任(Konstruktives Misstrauensvotum)」制度を採用しており、逆に首相の信任決議が否決された時以外、内閣は連邦議会を解散できない。これはヴァイマル共和政時代に倒閣だけを目的とした内閣不信任が何度も可決された結果政治が安定せず、その混乱を衝く形でナチスが台頭してしまったことへの反省によるものである。つまりドイツの内閣は、一見すると議会解散権を持たないように見えるが、実際には与党に信任決議案を出させわざとそれを否決させて解散を実現する手法がとられる。しかし、この手法を基本法違反と批判する法学者もいる。
- ^ 日本が立憲君主国であるか否かついては学説上の争いがある。本項では立憲君主制の国家に分類している。
出典
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議院内閣制と同じ種類の言葉
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