表現スタイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 01:05 UTC 版)
山中は時代劇映画に欠かせないチャンバラシーンや人を殺す描写を、別の画面や小道具を使用して間接的に描写することで、省略したり極度に抑制したりしている。例えば、『磯の源太 抱寝の長脇差』で主人公が浪人と争うシーンでは、刀で破れた障子の穴から覗くようにして隣室の壁に貼られた錦絵を写し、そこに描かれているさまざまな立ち回りの絵を素早いショット転換でつなぐことで、チャンバラシーンを間接的に描写している。『口笛を吹く武士』で主人公が人を斬るシーンでは、人が斬られて倒れるショットの代わりに、月光の中を木の葉が落ちていく映像を挿入している。千葉伸夫は、山中の殺人シーンの間接描写による省略には、殺人を忌避する思想があったと指摘している。滋野も、柔和な性格の山中にとって人を殺す描写を生々しく見せるのは好ましいことではなかったと指摘している。 山中は小道具を時間経過や画面転換などの映画話術の方法や、登場人物の性格や生活環境を表現するための手段として使用した。例えば、『風流活人剣』では盃の蒐集癖がある浪人が集めた盃を、ある時は部屋に並べられる盃の数が増えることで時間経過を表現したり、またある時は盃の揺れ動くショットで隣室での立ち回りの激しさを伝えたり、さらには浪人の明るい性格や気分を伝えるために使用している。また、『国定忠次』では宿屋の女中の運ぶ食膳が、泊り客たちの人物紹介と物語展開へのスムーズな導入の役割を果たし、『森の石松』では石松が常に弄んでいる一文銭が、石松の博打好きの性格を端的に表していることが指摘されている。山本は、このような小道具の使い方が「時代劇の小市民映画」の日常性や自然さを表現するために重要な役割を果たしており、それは小津作品の影響によるものであると指摘している。 山中作品の構図は、人物や小道具を画面の前景と後景に配置することで、遠近感と奥行きをもたせる「縦の構図」を多用しているのが特徴的である。とくに前景に小道具、後景に人物を配置し、主題が後景にくるような構図にしている。例えば、『小判しぐれ』で主人公に想いを寄せるヒロインが追想にふけるシーンでは、画面の後景にヒロインを配置し、前景には時間経過を表現するろうそくを配置している。『口笛を吹く武士』で主人公が人を斬ったあとのショットでは、前景に徳利を大きく写し、主人公と死体は後景の遠い位置に配置することで、前述した殺人描写の抑制を利かせている。山中作品のセットは縦の構図を活かすため、画面の左右に縦位置で長屋などの建物が並び、中央の路地の奥に大通りがT字型に通じているものが多く、そのセットの中で登場人物を奥から手前へ、または手前から奥へと前後に動かしている。
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表現スタイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 14:14 UTC 版)
エモーショナルな歌唱が特徴。所属グループを初期から担当するスタッフは、上手い下手では言い表せない“味”を評価しており、メロディーライン通りに歌えるという意味の歌唱力ではなく、まるで自ら“作曲”しているかのように相手に伝える表現力が高い、としている。ソロパートとして聴かせどころである落ちサビを割り当てられることも多い。 日頃は漢字が読めなかったり、行動や発想が子供っぽかったりするなど、「おバカ」「天然」と言われるキャラクターである反面、ライブなどの大事な局面では印象的な言動で観客の心をつかむことが多く、ファンや関係者からは「天才」と称されることもある。 ももいろクローバーZが悲願であった国立競技場でのライブを成し遂げた際には、その後の目標について次のように語った。 国立でライブをするのも、国立でライブがしたいっていうだけじゃなくて、たくさんの人に私たちのライブを観て笑顔になってほしいっていう思いで、大きな会場でやりたいなあって思ってます。私たちは大きな会場でやりたいから、やってるわけじゃないんです。会場をゴールにしてたら、大きな会場でやったらそれで終わりみたいになっちゃうけど、私たちは、みんなの笑顔が見たくて、それにくっついてきて、大きな会場でやりたいっていう感じで…… みんなに笑顔を届けることにゴールはないと思うんです。だから、みんなに笑顔を届けるためにこれからも私たちはずっとずっといろんなことをしていきたいなって思います。 私たちは、天下を取りに来ました。でもそれは、アイドル界の天下でもなく、芸能界の天下でもありません。みんなに笑顔を届けるという部分で、天下を取りたい。そう思います。これからもずっとずっと、みんなに嫌なことがあっても、私たちを観て、ずっと笑っててほしいです。
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表現スタイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 12:19 UTC 版)
黒澤はカメラの動きを観客に意識させないようにした。カメラを勝手に動かすことはなく、俳優が動くときのみカメラを移動させ、俳優が止まればカメラも停止させた。カメラが対象物に寄るのも不自然だと考え、ズームレンズは基本的に使わず、その代わりに望遠レンズを多用した。黒澤は『野良犬』のワンシーンで初めて望遠レンズを使い、『七人の侍』から複数カメラの1つに採用した。望遠レンズだと画角が狭くなり、被写体の遠近感が失われて縦に迫るように見えるため、迫力ある画面を生んだ。また、望遠レンズを使うとカメラ位置が遠ざかり、その分俳優がカメラを意識しなくなり、自然な表情が撮れるため、黒澤はクローズアップも望遠レンズで撮影した。 黒澤は画面に写るものはすべて重要だと考え、1つの画面に人や物がたくさん詰まっているような画面構図を好んだ。そのためパンフォーカスを使用して、被写体を画面の手前から奥に立体的に配置し、奥行きのある「縦の構図」にすることが多い。パンフォーカスはレンズの焦点深度を深く絞り、画面内の被写体全部に焦点を合わせる技法である。黒澤は『わが青春に悔なし』でパンフォーカスを試みようとしたが、敗戦直後の電力不足で諦めており、『生きる』から存分に活用した。パンフォーカスでレンズを深く絞ると光量が減るため、大量の強いライトを使わなければならず、黒澤が撮影するとスタジオが電力不足になり、他の仕事が出来なくなったという逸話がある。 場面転換には「ワイプ」を使用した。ワイプは画面を片側から拭き取るように消して、次の画面を表示する技法である。サイレント映画でよく使われたが、1950年代頃には映画ではほとんど使われなくなり、アメリカではテレビシリーズで採用された。黒澤はワイプをフェードやディゾルブなどの代わりに使用したが、これらの技法を全く使用しなかった訳ではなく、フェードは柔らかな印象を与えるときだけ使い、ディゾルブはかなりの時間経過を示すために用いた。ワイプの主な使用例は、『生きる』で市役所に陳情に来た主婦がたらい回しにされるシーンで、責任回避する各部署の職員を被写体にしたPOVショット(英語版)がワイプで重ねられている。 1940年代から1950年代の作品では「アキシャルカット(英語版)」という技法を使用した。アキシャルカットはディゾルブやトラッキングショットを使用せずに、角度を変えないジャンプカットで焦点距離を変化させる技法で、突然被写体が近づいたり離れたりする印象を与えた。映画批評家のデヴィッド・ボードウェル(英語版)は、黒澤はアキシャルカットを頻繁に使用して、瞬間的な動作を強調したり、静止した瞬間の時間を延ばしたりしていると指摘している。『姿三四郎』では村井半助が柔道の試合で投げ飛ばされたシーンや、三四郎と小夜が階段を下りながら会話するシーンなどで、アキシャルカットが使用されている。 映画批評家のドナルド・リチーは、黒澤の色彩表現はイメージの役割に合わせて色を決め、色彩そのものに意味を持たせるというものであるとしている。『どですかでん』では内容に即してセットや地面を赤や黄の原色で染めて、奔放に色を使用している。『影武者』以降は鮮やかな色彩で細部まで描き込んだ絵コンテを用意するようになり、その絵コンテ自体が芸術作品として成立することから、作品発表のたびに画集が出版された。
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表現スタイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/14 14:13 UTC 版)
『楽園のこちら側』には異なるスタイルの表現方法が用いられている。時に虚構の説話的に、時に自由詩のように、時に文学劇のように、エイモリーによる文字や詩がちりばめられている。実は本作のこの異なるスタイルの混ぜ合わせは、フィッツジェラルドが以前の作品である『ロマンチック・エゴイスト』に、未発表であったさまざまな短編や詩を継ぎ足そうと試みた結果である。三人称が二人称に切り替わることもあり、本作が彼の半自伝的作品であることをほのめかしている。
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