本作品に登場する著名なゴルファー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 10:44 UTC 版)
「プロゴルファー猿」の記事における「本作品に登場する著名なゴルファー」の解説
※版によっては名前が変えられたか削除されたり、別の人物の名前に置き換えられたものもある。 世界のゴルファー ジャック・ニクラウス - ゴルフ界の帝王。ベン・ニコルス(ベン・クレンショー)が竜と対戦して敗れた時、ミスターXに1万ドルの小切手を手渡した。アマチュアゴルフ選手権で優勝(カップと名誉が得られるだけで賞金はなし)した猿が、ワールドシリーズで優勝して10万ドル(連載当時のレートで約3,000万円)を獲得した彼の記事を読んで羨ましがり、アマチュアから賞金稼ぎのプロに転向する決意をした。 トム・ワトソン - 1977年のマスターズ・トーナメントでニクラウスを下し優勝。この試合をテレビで見た猿は、将来マスターズに出場する事を宣言した。ゴルフ特訓道場での最終テストにおいて、猿の最高のショットを決めながら勝負をしたいという言葉に刺激された鷹巣は、以前テレビで観た全英オープンの試合にてトムに敗れたニクラウスの「自分は最高のプレーをしながら敗れたのだから悔いはない!」とトムを賞賛した事を思い出し、共に悔いを残さない勝負に勤しむ決心をした。 セベ・バレステロス - 1980年のマスターズ・トーナメントでジャック・ニクラスの23歳2ヶ月を更新する史上最年少の23歳4日 で優勝(現在はタイガー・ウッズの21歳3ヶ月が最年少記録)。猿がボールに彼の写真を貼り付けてショットを打った事がある。猿がマスターズ・トーナメント開催期間中の練習日の16番ホールで賞金をかけて勝負を挑み、パターを使った驚くべきショットで勝利を収めた。 ハル・サットン(英語版) - ニクラウス2世と呼ばれた人物。オール・アメリカン・カントリークラブで猿と同じカートに同乗していたのはそっくりの人物。 マーク・オメーラ ポール・ハン・ジュニア - 曲打ちクラブの名手。 ゲーリー・プレーヤー - 南アの黒豹と呼ばれた。黄金仮面との再試合の勝利の際、「私は、やたらに冒険はしない。しかし、この一打で優勝が決まるというときには、全力をふりしぼってその一打に勝負をかける!!」を猿たちに金言を話した。 デビッド・ウェーバー - 510ヤードを飛ばした記録を持つ。 グラハム・マーシュ(英語版) - 元数学教師の渡り鳥ゴルファー。1974年に日本の3つ(連載時。同年ブリヂストンオープンゴルフトーナメントでも優勝)のトーナメント(フジサンケイクラシック、ダンロップゴルフトーナメント、ペプシトーナメント)で優勝。※この箇所は後の版ではページごとカットされている。その後も名前が登場する。 呂良煥(英語版) - 1974年春の総武国際オープン・トーナメントで、激しい風雨に見舞われながらも優勝を飾った。※後の版ではページごとカットされている。 ボビー・ジョーンズ - 球聖と呼ばれている。黄金仮面との初の敗北「勝った試合からは何も得るものはないが、負けた試合からは多くのことを学ぶ!!(アニメ版では若葉に黄金仮面からの受け売りの言葉として説明した)」と、竜との対戦で負けが込んだとき「私は機械ではないから、一ラウンドに、ミスを二つか、三つは必ずすることを覚悟している!!だからミスをしても、くさったり勝負をあきらめたりしない!!むしろ、そのミスが私の闘志を燃やし、ベストのゴルフをするようにかりたててくれるのだ!!」、そしてプロテストの合格「ゴルフで最大の味方は自分であるが、最大の敵もまた自分である!」の計三回、格言が登場する。 アーノルド・パーマー - かつてマスターズ・トーナメントで前述するキャプテン・イーグルと肉薄する腕前を持ったプロゴルファー。竜との対戦で中丸が託した「ポケットゴルフ金言集」により、9番ホールの2打目をミスした時の「いかなる時も、けっしてゲームを捨てるな!! 最後のパットをカップ・インするまで攻撃(チャージ)せよ!!」を忘れずに最後のパットをカップインして竜との死闘に勝利した。 ローラ・ボー - 「グリーンの妖精」と呼ばれた美少女プロゴルファー。猿丸がポスターにキスしようとして大丸たちにクラブで殴られる。 ジョニー・ミラー - 富士城カントリーの4番ホールの対戦相手の二宅のフォームがジョニー・ミラーそっくりに見えた。その他にも間違ったトレーニングが原因で不調に陥った選手の例としても語られた。 トム・ワイスコフ(英語版) ミラー・バーバー(英語版) ベン・クレンショー(英語版) - ライバル達(前述)の項目を参照。 リー・トレビノ - トップ・プロになる前は、5番アイアン一本で賭けゴルフをしたハスラーだった。 デイブ・ストックトン(英語版) ウォルター・ヘーゲン - 竜との対戦で猿が4番ホールの一打目でOBになりかけ、崖っぷちで一つ間違えれば転落死は免れない危険な位置にあるボールを打つ際に、一度は紅蜂やミスターXに止められたが、「ゴルフには勇気が必要だ!!特に勝つためには、時には不可能とも思われるショットに挑戦しなければならない!!」の中丸が託した金言集の台詞をミスターXたちに提示した。 サム・スニード - 独自のパットスタイルを編み出し、中丸もこれに倣った。竜も猿の試合で、7番ホールで猿の不振に伴い、勝てると意気込んでいたものの、下りのパットが転がり次第でカップからさらに遠ざかる事で、いかに危険だということを格言「私がゴルフで最も恐れるのは、下りのパットである!!」により思い知らされ、3パットをして猿とスコアが並んだ。富士城カントリーの1番ホールでアシスタント軍団の四蛾と対戦したときには、四蛾が2連続OBを出した場面でも「練習場で、いくらナイス・ショットを打っても、それをコースで生かさなければ意味がない!!」の格言が登場する。 ダグ・サンダース(英語版) - 電話ボックス内でもできる位のコンパクトなスイングにより、正確なショットを狙える電話(テレホン)ボックス・スイングを編み出した。 ジョー・ドブソン - 1958年に6歳3ヶ月1日で最年少のホールインワンを獲得(現在の最年少記録は1997年6月17日に達成したマット・ドレイパーの5歳212日)。 クロード・ハーモン(英語版) - 1931年に8連続バーディ・9番ホールはイーグルと9ホール連続アンダー・パーで世界記録を樹立。 ビリー・キャスパー - アーノルド・パーマーに大差を付けられつつも、最終的には逆転優勝を遂げた人物。 トニー・ジャクリン(英語版) - カナダの38階建ての超高層ビルから356メートルを飛ばした。 ヒューバート・グリーン トニー・レマ(英語版) - 「俺が勝ったらシャンペンを奢るよ」と豪語した事で「シャンペン・トニー」のあだ名が付いた。無名の時代にとあるスポンサーと契約したが、試合に勝つごとに莫大な配当金を要求され、後にスポンサーとの契約を打ち切るために天文学的な違約金を支払う事になった。猿が真のプロになるためのミスターXによる好条件の援助を受けようとした時に、紅蜂の忠告に加え、鹿島会長がトニーの例を引き合いに出し、猿に安易に契約を結ぶ事の危険性を告げた。なお、トニーは自家用機の墜落により、32歳の若さで亡くなった。アニメ版では竜との対戦で中丸が提示したトニーの金言「トラブルに向かって打て」により、崖を越えるための鉄則を猿丸は誓った。これに対して竜は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と自国の諺を例えた。 ボブ・チャールズ - 左利きで初めて全英オープンに優勝した。 エバン・ウィリアムス - 世界一の飛ばし屋プロだが、飛ばしすぎでコースへ出てもスコアがまとまらないのが悩みの種。 トム・カイト(英語版) ヘイル・アーウィン リック・マッセンゲール(英語版) レイ・フロイド(英語版) ジーン・サラゼン - 猿がジャック・ニクラウスとの対戦を夢み、マスターズ・トーナメントの15番ホールでダブルイーグルを記録した彼のシーンと重ね合わせた。 グレッグ・ノーマン ベン・アルダ アンディ・フランクス - アメリカで開催されたドライバーショットのNo.1を決めるコンテストで317メートルを記録した。 カルビン・ピート(英語版) - 練習日にセベ・バレステロスたちと1ラウンドを回った。黒人でUSAツアープロのNo.1。 クレイグ・スタドラー - 顔・体躯から「セイウチ」のニックネームを持つ。1982年に賞金王に輝く。 クレイグ・ウッド(英語版) - 1935年のマスターズ・トーナメントでジーン・サラゼンに3打差をつけたが、ジーンのダブルイーグルによってプレーオフに持ち越され、ジーンが勝利した。 ジョー・カークウッド(英語版) - オーストラリア出身のプロゴルファー。1923~1933年にかけて13度もPGAツアー大会で優勝。日本には1938年に来訪している。アニメ版の竜との対戦で、3番ホールの「竜の爪」で爪の間を通そうとする猿丸に対し、中丸は「一番難しいのは真っすぐ飛ぶボールである」とジョーの金言を説明し、危険を避けるべきだと諭したが、猿丸は相手と同じことをしたら負けだと自分のやり方を貫いた。 日本人ゴルファー コンコルド青木 - 剣崎健と同様、フェードボールのショットを得意としたゴルファー。 ジャンボ尾崎 リトル河野 島田幸作 前田新作 尾崎直道 尾崎健夫 新井規矩雄 中村通 中島常幸 - 猿丸のアマチュアゴルフ選手権出場が決まると、すっかり優勝を取った気になっている猿丸に、中丸は中島が猛練習を積んで念願のプロを勝ち取るまでの軌跡を長々と説明し、影響を受けた猿丸は予選の日までに猿谷にこもって猛練習に励んだ。※中島プロについての説明は後の版で全てカットされている。1978年のマスターズ・トーナメントの13番ホールで中島プロが13打を叩いたことを想起させるように、猿もプロテストの2日目の13番ホールにて数々のミスを重ね、11打でホールアウトした。 安田春雄 - パット病に悩まされて優勝争いに加われなかった時期があった(本人の説明は後の版では他の文章に置き換えられている)。 倉本昌弘 村上隆 - 寄せの魔術師と呼ばれている。 杉原輝雄 - フェアウェイの運び屋と呼ばれる。 内田繁 - 1973年の総武国際オープン・トーナメントで尾崎将司と同スコアでプレー・オフになった後にサドン・デス(ホールのスコアが少ない選手が勝利)の18番ホールでイーグルを決めて優勝。 小針春芳 - 10センチ以上の背の高いティーでショットを打った。 中山徹 - プロボウラー中山りつ子の弟。 中村寅吉 - パター一本でティーショットからパットに至るまで1ラウンドを回り、アンダー・パーを獲得した実績を持つ。 藤木三郎 - 中丸が一回目のプロテストで不合格になった藤木の例を引き合いに出したうえで、猿丸にプロになってもらうように檄を飛ばした。 白井吉治 - 6回目の受験にしてプロの資格を得る。 樋口久子 - ゴルフ特訓道場へ向かう途中の電車の中で、猿が目を付けたスポーツ新聞に載っていた女子ゴルファー。 金井清一
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