吉井川とは? わかりやすく解説

よしい‐がわ〔よしゐがは〕【吉井川】


吉井川

高瀬舟舞台として地域繁栄支えてきた伝統の川 吉井川
吉井川は岡山県東部位置し備前の「東の大川」と呼ばれていました
その源は中国山地三国山(標高1,252m)に発し,津山市貫流しながら途中加茂川吉野川金剛川等を合流して岡山市西大寺児島湾東端に注ぐ流域面積2,110km2幹川流路延長133km、流域平均降水量約1,280mm(平成5年平成14年)の河川です。

吉井川河口部
吉井川河口部

河川概要
水系吉井川水系
河川名吉井川
幹川流路延長133km
流域面積2,110km2
流域内人294,000
流域関係都県岡山県

吉井川流域図
○拡大図
1.吉井川の歴史
"吉井川は、岡山県東部貫流し備前国の「東の大川」と呼ばれていました
流域開発古く出雲地方近畿地方を結ぶ交通要路となって栄えていきました
江戸時代初期豪商角倉了以により広められ高瀬舟が有名です。"

吉井川の歴史

1.-1. 吉井川の概要(よしいがわ)
「吉井川(河口から上流を望む)」
「吉井川(河口から上流を望む)」
岡山県東部貫流している吉井川は、旭川(あさひがわ)と共に備前(びぜん)国の二大河川で、古来旭川を「西の大川(おおかわ)」と称するに対して、吉井川は「東の大川」と呼ばれていました
また、「吉井川」とは、明治以降統一した名称で、以前は他の河川同様に通過地地名呼ばれ上流で「奥津川(おくつがわ)」、津山城下へ出て津山川(つやまがわ)」となり南下して周匝川(すさいがわ)」、「和気川(わけがわ)」、「吉井川」、「雄神川(おがみがわ)」などと名を改めました
吉井川の流域(りゅういき)開発岡山県三大河川の中では最も早く、約1,700年前に開かれたといわれています。また、出雲(いずも)地方近畿(きんき)地方を結ぶ交通要路ともなり高瀬舟(たかせぶね)の利用相まって流域栄えていきました

1.-2. 吉井川の高瀬舟
高瀬舟は、すでに室町(むろまち)時代には岡山県下の川運行し鉄道通じるまでは重要な交通路役割果たしいました。吉井川では津山西大寺(さいだいじ)がメインルートでしたが、本川では鏡野町湯指(かがみのちょうゆざす)まで登っていましたまた、県下で最も大型で、江戸初期豪商角倉了以(すみのくらりょうい)が17世紀初め、この高瀬舟見本にして、京都大堰川(おおいがわ)をはじめとする河川開発行って舟運開いた話で有名です。

2.-3. 倉安川(くらやすがわ)
延宝(えんぽう)7年(1679)、岡山藩主池田光政(いけだみつまさ)の家臣津田永忠(つだながただ)により、沖新田(おきしんでん)開発倉田新田(くらたしんでん)の用水確保舟運連絡ルート確保のため倉安川掘削され
「倉安川吉井水門」
倉安川吉井水門
吉井川からの取水口には石垣開閉部は木造)の水門(すいもん)が設置されました。この水門は、吉井川の堤防築かれた「一の水門」と倉安川側の「二の水門」の二重構造となっており、当時では最先端技術であった閘門式(こうもんしき)」の構造となってます。
現在は、流域開発河川整備進んできたことにより、その役割終え当時の人々暮らし物語施設として残されています。なお、昭和34年には岡山県史跡指定されています。

2.-4. 石の懸樋(かけひ)
農業用水恵まれない吉井川右岸水田にするため、岡山藩主池田忠雄(いけだただかつ)が命じ田原用水(たはらようすい)が造られました。寛永(かんえい)元年1624年)に釣井(つりい)の末分岐まで水路造り
「石の懸樋」(移設されている状況)
「石の懸樋
移設されている状況
その後寛文(かんぶん)9年1669年)に第2次延長工事着手し津田永忠指揮して元禄(げんろく)10年1697年)に完成しました当時土木技術水準では難し課題ありましたが、見事に克服しており、その一つが石の懸樋です。この石のは、田原用水徳富(とくとみ)を流れ小野田川(おのだがわ)をわたるためにかけられ水樋で、川と用水立体交差している独創的な施設です。現在は移設されていますが、岡山県重要文化財指定されています。
2.地域の中の吉井川
"吉井川と人とのかかわりあいは古く古来舟運などに利用されいました
また、近年では高水敷グランド公園など整備され周辺住民憩いの場として利用されています。
また、イベントなどにも利用され地域ふれあいの場としても親しまれています。"

2.-1. 吉井川と暮らし
吉井川(よしいがわ)と人とのかかわりあいは古く流域(りゅういき)は古来より出雲(いずも)地方近畿(きんき)を結ぶ交通要路となり、吉井川を利用した舟運によって沿川には、西大寺(さいだいじ)・福岡(ふくおか)・和気(わけ)・周匝(すさい)・津山(つやま)を始め多く湊町(みなとまち)が栄えました。吉井川では、陸上交通発達により舟運としての役割終えた現在も、湊町から発展した多くの町が地域社会中心的役割果たしています。
「水辺の楽校でのイベントの様子」
水辺の楽校でのイベントの様子
近年では高水敷(こうすいじき)にグランド親水公園(しんすいこうえん)が整備されスポーツキャンプなど周辺住民憩いの場として利用されています。また、金剛川(こんごうがわ)には子ども達が自然とふれあい体験できる水辺(みずべ)の楽校(がっこう)が整備されており、身近な遊び場教育の場として利用されています。その他、吉井川フェスタ邑久(おく)バルーンミーティングなどのイベント開催されており、地域ふれあいの場として親しまれています。金剛川水辺の楽校 でも毎年、子ども向けのイベント開催され多く親子連れ参加あります
また、吉井川は自然も多く魚釣りシジミ採りなど多くの人に利用されています。

「邑久バルーンミーティング(昼)」「邑久バルーンミーティング(夜)」
邑久バルーンミーティング(昼)」邑久バルーンミーティング(夜)」
3.吉井川の自然環境
"吉井川は、全般に豊かな山なみと田園風景背景に、ゆったりとした流れ自然的な川の風景広がってます。
近年国勢調査では魚介類58種、底生動物117種、植物674種、鳥類92種、両生類6種、爬虫類9種、哺乳類9種、陸上昆虫類1,051種が確認されています。"

3.-1. 吉井川(よしいがわ)の環境
吉井川は、全般に豊かな山なみと田園風景背景にゆったりとした流れ自然的な川の風景広がっており、高瀬舟(たかせぶね)の歴史性合わせて、沿川の人々心のふるさととして親しまれています。
河川景観は、津山市(つやまし)より上流域では山地渓流景観呈し津山市より越堰(かもごしぜき)までは緩やかな河床勾配(かしょうこうばい)で、瀬(せ)や淵(ふち)が存在し中州見受けられるなど、中流域様相呈してます。高水敷(こうすいじき)の植生は、ツルヨシオギなどの高草本群落(こうけいそうほん)のほか、ヤナギが主ですが、下流域では河川改修進みグランドゴルフ場利用されているところも多くなっています。

3.-2. 吉井川にいる生き物
直轄管理区間(ちょっかつかんりくかん)における動植物などの特徴としては、感潮区間(かんちょうくかん)には小規模ながら干潟(ひがた)が見られシギ類やチドリ類の渡り中継地および餌場(えさば)となってます。また、海産貝類ゴカイ類甲殻類などの底生動物地表性のコウチュウ類(エリザハンミョウやバンガミズギワゴミムシなど)などの陸上昆虫類生息場所となってます。また、ヨシ原中心とした塩生植物海浜植生分布しており、ヨシ原にはカヤネズミなどの哺乳類やオオヨシキリ・ツリスガラなどの鳥類生息場所となってます。また、汽水域(きすいいいき)ということもあって汽水海水棲む魚類多く確認されています。
下流にある越堰の淡水区域(たんすいくいき)では、水面にはカモ類の越冬地となっており、止水域(しすいいき)を好むタナゴ類などの魚類確認されています。
中流域ではワンドやたまりが多く分布しており、水生植物(すいせいしょくぶつ)群落河畔林発達してます。河畔林(かはんりん)にはオオタカサギ類・カワウなどの鳥類がみられ、アカネズミテンなどの樹林性の哺乳類生息場所にもなっています。また、ワンドやたまりにはゲンゴロウ類などの水生昆虫カエル類・カメ類など両生類爬虫類生息場所となってます。また、浅瀬アユ産卵となってます。このように様々な生物生育生息環境の場になってます。
上流域では流路蛇行(だこう)を繰り返し、瀬・淵が連続し砂礫地(されきち)、水際草地河畔林発達してます。水域から陸域まで様々な環境有しているため生物相が大変豊富です。砂礫地には、イカルチドリイソシギなどの鳥類生息してます。
金剛川(こんごうがわ)については、流水域と静水域が混在し複雑な流路形成しているため、多様な水生植物群落水際草地発達してます。流路が複雑で、様々な河川環境有しているため、魚類水生昆虫類などの底生動物トンボ類などの昆虫類が大変豊富です。また、山林隣接しているため樹林性の鳥類オオタカ見られます。

近年の吉井川の河川水辺(かせんみずべ)の国勢調査(こくせいちょうさ)によると、魚介類58種、底生動物は9綱2993177種、植物118科674種、鳥類133092種、両生類は1目3科6種、爬虫類は2目5科9種、哺乳類は4目7科9種、陸上昆虫類17202科1,051種が確認されています。
4.吉井川の主な災害


発生発生原因被災市町村被害状況
昭和 9年 9月室戸台風吉井川上流部津山市吉井町死者15
浸水家屋8,092
昭和20年 9月枕崎台風津山市柵原町瀬戸町和気町上道町長船死者92
浸水家屋14,798
昭和38年 7月梅雨前線和木町佐伯町柵原町美作町津山市勝央町、他浸水家屋9,571
昭和47年 7月梅雨前線柵原町大原町勝田町久米町鏡野町、他死者3名
浸水家屋3,049棟
昭和51年 9月台風17号牛窓町邑久町長船町備前市日生町和気町、他死者6名
浸水家屋13,759棟
平成 2年 9月台風19号牛窓町邑久町長船町備前市和気町、他浸水家屋6,124
平成10年10月台風10号津山市吉井町柵原町佐伯町、他浸水家屋5,890棟

(注:この情報2008年2月現在のものです)

吉井川

読み方:ヨシイガワ(yoshiigawa)

所在 北海道

水系 十勝川水系

等級 1級


吉井川

読み方:ヨシイガワ(yoshiigawa)

所在 北海道

水系 石狩川水系


吉井川

読み方:ヨシイガワ(yoshiigawa)

所在 新潟県

水系 鯖石川水系

等級 2級


吉井川

読み方:ヨシイガワ(yoshiigawa)

所在 岡山県

水系 吉井川水系

等級 1級


吉井川

読み方:ヨシイガワ(yoshiigawa)

所在 愛媛県

水系 加茂川水系

等級 2級


吉井川

読み方:ヨシイカワ(yoshiikawa)

所在 群馬県多野郡吉井町

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

吉井川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/02 07:23 UTC 版)

吉井川
和気町矢田付近
水系 一級水系 吉井川
種別 一級河川
延長 133 km
平均流量 63.08 m³/s
流域面積 2,110 km²
水源 三国山(岡山県)
水源の標高 1,252 m
河口・合流先 児島湾(岡山県)
流域 日本 岡山県

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吉井川(よしいがわ)は、岡山県の東部を流れる吉井川水系の本流で一級河川である。旭川高梁川と並び、岡山三大河川の一つとされている。

概要

苫田郡鏡野町上齋原三国山に源を発し南流。津山市市街地を東へ流れた後再び南流。和気郡和気町で南西流へと転じ、岡山市東部で児島湾に注ぐ。

かつては備前国美作国において吉井川にての境界が設けられていた。

名称

現在の河川名は、現在の岡山市北東部に位置する吉井地区に由来する。なお、現在は赤磐市となっている赤磐郡吉井町は戦後の町村合併により1954年昭和29年)に誕生したもので、町名は吉井川に由来する。

かつて吉井川は、沿岸の地名に由来して「周匝川(すさいがわ)」「福岡川(ふくおかがわ)」「和気川(わけがわ)」「津山川(つやまがわ)」「奥津川(おくつがわ)」「雄神川(おかみがわ)」などとも呼ばれていた[1][2]

流域の自治体

岡山県
苫田郡鏡野町津山市久米郡美咲町赤磐市和気郡和気町備前市瀬戸内市岡山市東区

主な支流

市名は流域の自治体。

水害

  • 1590年 水害により著名な刀工一派である備前長船派が壊滅
  • 1621年 水害により津山周辺の川筋が南へ変わる。
  • 1673年5月 水害により堤防の決壊、端の流失が相次ぐ
  • 1680年5月 水害により氾濫
  • 1712年7月 増水。吉井にて増水位3.3m
  • 1745年6月 水害により旭川とともに氾濫。死者2名、家屋流出200戸。
  • 1785年7月 増水による氾濫。
  • 1789年 増水による氾濫。邑久郡福井村長船町の堤防が決壊。
  • 1871年5月 増水により各地で氾濫。津山市では、河原町、伏見町、材木町が浸水。長船町では堤防が決壊して邑久郡一帯が浸水。
  • 1892年7月 台風により氾濫。
  • 1912年7月10日 岡山県東北部で集中豪雨。雄川橋、永安橋が流失。
  • 1934年9月20日 室戸台風による氾濫
  • 1943年7月 集中豪雨により上流域で氾濫[3]
  • 1945年9月17日 枕崎台風による氾濫
  • 1963年7月10日 英田郡、勝田郡一帯で集中豪雨による氾濫
  • 1979年10月19日 台風20号により氾濫。死者・行方不明者4名。

生態系

主にアユモドキ(固有種)、スイゲンゼニタナゴなどの淡水魚が生息している。

主な利水施設(支流域を含む)

  • 恩原ダム(岡山県苫田郡鏡野町)
  • 苫田ダム(岡山県苫田郡鏡野町久田下原)
  • 香々美ダム(岡山県苫田郡鏡野町鏡野町越畑)
  • 黒木ダム(岡山県津山市加茂町黒木)
  • 津川ダム(岡山県津山市奥津川/津山市加茂町下津川)

流域の観光地

並行する交通

鉄道

吉井川河川敷に残る同和鉱業片上鉄道のレールと陸閘

1991年6月30日まで、和気町~美咲町(当時は柵原町)間を同和鉱業片上鉄道が並行していた。廃線跡は現在、サイクリングロード(通称「片鉄ロマン街道」)として整備されている。

道路

倉安川

倉安川は吉井川と旭川を結ぶ延長約20km、幅約7mの水路(一級河川)である。1679年(延宝7年)岡山藩藩主の池田光政津田永忠に命じて開削させた。水運と灌漑の機能を併せ持つ。吉井川側起点の岡山市東区吉井にある倉安川吉井水門は岡山県指定の史跡となっており、閘門が設置されている

関連項目

外部リンク

参考文献

  1. ^ 『岡山県大百科事典』山陽新聞社、1979年
  2. ^ 日本の川 - 中国 - 吉井川 - 国土交通省水管理・国土保全局”. www.mlit.go.jp. 2019年9月7日閲覧。
  3. ^ 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、62頁。ISBN 9784816922749 



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