出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/14 05:45 UTC 版)
 |
鮎は、この項目へ転送されています。この項目では魚のアユ(鮎)について記述しています。その他の「あゆ」「アユ」「鮎」については「あゆ」をご覧ください。 |
アユ(鮎、香魚、年魚、Plecoglossus altivelis altivelis )は、サケ目・アユ科に分類される魚。川と海を回遊する魚で、日本では代表的な川釣りの対象魚であり、重要な食用魚でもある。地方公共団体を象徴する魚として指定する自治体も多い。稚魚期を降海し過ごすアユ( Plecoglossus altivelis altivelis )は、琵琶湖産コアユと区別するため、海産アユとも呼ばれる。
かつてはキュウリウオ科として分類されていたが、Nelson(1994)は一種のみでアユ科・アユ属とする分類を提唱しており、統一見解は見出されていない。[要出典]
特徴
成魚の全長は30cmに達するが、地域差や個体差があり、10cmほどで性成熟するものもいる。若魚は全身が灰緑色で背鰭が黒、胸びれの後方に大きな黄色の楕円形斑が一つある。秋に性成熟すると橙色と黒の婚姻色が発現する。口は大きく目の下まで裂けるが、唇は柔らかい。歯は丸く、櫛(くし)のような構造である。
北海道・朝鮮半島からベトナム北部まで東アジア一帯に分布し、天塩川が日本の分布北限。遺伝的に日本産海産アユは南北2つの群に分けられる[1]。中国では、河川環境の悪化でその数は減少しているが、2004年に長江下流域でも稚魚が発見された報告があるなど、現在も鴨緑江はじめ、東部の各地に生息している。また、中国では浙江省などで放流や養殖実験が行われている。台湾でも中部の濁水渓以北で生息していたが、現在は絶滅が危惧されている。
亜種
- リュウキュウアユ P. altivelis ryukyuensis Nishida, 1988年
- 絶滅危惧種[2]。
- アイソザイム(アロザイム)分析の結果、日本本土産のアユからの別離は100 万年前と推定されている[3]。アユ Plecoglossus altivelis altivelis よりも小型で成体の体長は10~15cm 。産卵期は11月下旬~3 月初旬、遡上は1月下旬から5月下旬、体長12cmの推定産卵数は17000粒程度。産卵をすると満1歳で多くは死亡するが、越年アユとして生残する個体もある。沖縄本島北部の地方名で「アーユー」と呼ばれていた。
- 奄美大島と沖縄本島の名護以北の西海岸沿いの河川に分布していたが、沖縄本島産は1980年代に絶滅した[4]、沖縄本島産の個体は現在ではホルマリン固定された標本が国立科学博物館に残り、奄美大島では住用湾に注ぐ河川を中心に生息する。体型がずんぐりしていること、背鰭が長いこと、鱗が大きいことなどで区別される。沖縄本島産と奄美大島産では、側線横列鱗数、脊椎骨数、上顎上の櫛状歯数など幾つかの違いを見出す事が出来る[1]。
- 1992年より沖縄本島では福地ダムと安波ダムなど3箇所に、奄美大島産の稚魚約2万尾を放流し[5]保護をしている。福地ダムと安波ダムでは陸封化された個体が定着した[6]、また周辺の河川にも稚魚の遡上が確認されている。
奄美大島では産卵期と遡上期の河川工事の停止、産卵期と遡上期の禁漁、漁期や漁法の制限により保護が行われている。
- コアユ(琵琶湖のアユ) Plecoglossus altivelis altivelis
- 琵琶湖に生息するアユは、他地域のアユと遺伝的に異なる[7]。但し、正式な亜種としては分類されていない。アイソザイム(アロザイム)分析の結果、日本本土産の海産アユからの別離は10 万年前と推定されている[1]。
- 生態的にも特殊で、仔稚魚期に海には下らず、琵琶湖を海の代わりとして利用している。琵琶湖の流入河川へ遡上し、他地域のアユのように大きく成長するもの(オオアユ)と、湖内にとどまり大きく成長しないもの(コアユ)が存在する。従来、オオアユとコアユの「両者間での遺伝的な差は無い」とされていたが、「亜種として隔離の兆候が出ている」とする研究結果もある[1]。河川に遡上しないコアユは、餌としてミジンコ類を主に捕食する。同じ琵琶湖に生息するビワマスでは海水耐性が発達せず降海後に死滅することが報告されている[8]が、コアユにおいても海水耐性が失われている可能性が示唆されている[9]。また、海産アユとの交雑個体も降海後に死滅していることが示唆されている[9]。
- 産卵数は 海産アユより多く、他地域のアユと比べ縄張り意識が強いとされている。そのため友釣りには好都合で、全国各地の河川に放流されてきたが、琵琶湖産種苗の仔アユ或いは交配稚魚は海に下っても翌年遡上しない事[10]が強く示唆されており、天然海産アユとの交配により子の海水耐性が失われ死滅することによる資源減少が懸念されている[11]。
- 朝鮮半島産
- 予備的な研究により日本産と遺伝的に有意の差があるとの報告がされている[1]。
- 中国大陸沿岸 Plecoglossus altivelis chinensis
- Xiujuan et al., 2005 により、新たな亜種として記載するとの報告もある[1]。
生活史
アユの成魚は川で生活し、川で産卵するが、生活史の三分の一程度を占める仔稚魚期には海で生活する。このような回遊は「両側回遊」(りょうそくかいゆう)と呼ばれる。ただし、河口域の環境によっては、河口域にも仔稚魚の成育場が形成される場合もある。
9月-2月頃、親のアユは川の下流に降り、砂や小石の多い浅瀬で集団で産卵する。水温15℃から20℃で2週間ほどすると孵化する。孵化した仔魚はシロウオのように透明で、心臓やうきぶくろなどが透けて見える。
孵化後の仔魚は全長約6mmで卵黄嚢を持つ。海水耐性を備えているため仔魚は数日のうちに海あるいは河口域に流下し、そこでカイアシ類などのプランクトンを捕食して成長する。全長約10 mm程度から砂浜海岸や河口域の浅所に集まるが、この頃から既にスイカやキュウリに似た香りがある。この独特の香りは、アユの体内の不飽和脂肪酸が酵素によって分解された時の匂いであり、アユ体内の脂肪酸は餌飼料の影響を受けることから、育ち方によって香りが異なることになる。水質の綺麗な中流域では、夏季には鮎の密度が高いと、川原が鮎の芳香で満たされる事がある。[要出典]一般的に水質が良い河川のアユはスイカの香りで、やや水質が落ちてくるとキュウリの香りとなってくることは友釣りをする釣り師の常識であるが、友釣りをしない人にはほとんど知られていない。[要出典]
稚魚期には、プランクトンや小型水生昆虫、落下昆虫を捕食する。体長59~63mmになると鱗が全身に形成され稚魚は翌年4月-5月頃に5-10cm程度になり、川を遡上するが、この頃から体に色がつき、さらに歯の形が岩の上のケイソウ類を食べるのに適した櫛(くし)のような形に変化する。川の上流から中流域にたどり着いた幼魚は水生昆虫なども食べるが、石に付着するケイソウ類(バイオフィルム)を主食とするようになる。アユが岩石表面の藻類をこそげ取ると岩の上に紡錘形の独特の食べ痕が残り、これを特に「はみあと(食み跡)」という。アユを川辺から観察すると、藻類を食べるためにしばしば岩石に頭をこすりつけるような動作を行うので他の魚と区別できる。
多くの若魚は群れをつくるが、特に体が大きくなった何割かの若魚はえさの藻類が多い場所を独占して縄張りを作るようになる。縄張りは1尾のアユにつき約1m四方ほどで、この縄張り内に入った他の個体には体当たりなどの激しい攻撃を加える。この性質を利用してアユを掛けるのが「友釣り」で、釣り人たちが10m近い釣竿を静かに構えてアユを釣る姿は日本の夏の風物詩である。[要出典]
夏の頃、若魚では灰緑色だった体色が、秋に性成熟すると「さびあゆ」と呼ばれる橙と黒の独特の婚姻色へ変化する。成魚は産卵のため下流域への降河を開始するが、この行動を示すものを指して「落ちあゆ」という呼称もある。産卵を終えたアユは1年間の短い一生を終えるが、柿田川などの一部の河川やダムの上流部では生き延びて越冬する個体もいる。[要出典]
日本では、1987年にアユの冷水病が確認されている。