本覚
本覚思想
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 06:20 UTC 版)
12世紀、宝地房証真は、衆生が「すでに」悟りを開いていると解釈してはならないとし、因果関係を否定する「自然主義」の異端であると本覚思想に批判的であった。 松本史朗は日本の仏教、仏性は釈迦の批判の対象であり、仏教の正しい因果の教え(縁起)は仏性を否定するものであると批判した。 伊藤隆寿は、中国における初期仏教の同化について、いくつかの著作を発表している。その中で、僧肇(英語版)の業績と、三論宗の体系化を行った吉蔵への影響に焦点をあて、この二人の人物が中国に仏教を根付かせるために大きな影響を与えたと理解されていることを指摘する。しかし伊藤は、この二人が中国固有の土着思想である「道」や「理」に基づいて仏教の教えを同化させたというのが実情だと主張する。
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