憑依
★1.生者・死者の霊魂が他者にとりついて、様々な行動をする。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第23話 老苦行者がヨーガの力を用いて、16歳で病死したバラモンの身体に乗り移ろうと考える。老苦行者は、「長年のあいだ自分とともに歳をとり、自分に神通力を成就させてくれたこの身体を、今や捨てるのだ」と思い悩んで泣き、一方で、「自分は青年の身体を得て、これまで以上のことを成就するのだ」と歓喜して踊った。青年となった苦行者は、自分のもとの身体を深淵に投げこんで、立ち去った。
『椿説弓張月』続篇巻之4第40回 琉球国王の娘・寧王女(ねいわんにょ)が悪少年たちに追われ、殺されそうになった時、鬼火が飛んで来て彼女の口に入った。たちまち寧王女は荒武者に変身し、剣をふるって、「私は鎮西八郎為朝の妻・白縫(*→〔船〕8)の亡魂だ」と名乗る。「しばらくこの身体を借りて、琉球国の乱れを鎮めようと思う」と言って、寧王女(=白縫)は悪少年たちを切り伏せ、追い払った〔*同・拾遺巻之1第46回で、彼女は為朝と再会してふたたび夫婦になり、「白縫王女(しらぬいわんにょ)」と呼ばれた〕。
*霊魂が、他者の身体から魂を追い出してしまい、完全に乗っ取る→〔乗っ取り〕2a・2b。
★2.生者・死者の霊魂が、重要な情報を告げるために、人に憑依する。
『死霊』(小泉八雲『骨董』) 越前国の代官野本弥治右衛門が死去した時、下役たちが、遺族から金品をだましとろうとして、弥治右衛門が生前横領をしたかのような報告書を作った。すると野本家の女中に弥治右衛門の死霊が憑依し、下役たちの悪事を告発した。女中の声も態度も筆跡も、弥治右衛門そのままであった。
『日本霊異記』下-36 病気の藤原家依に、亡父永手の霊が乗り移った。霊は、「西大寺の塔を縮小するなどの罪で、閻羅王宮で火の柱を抱かされたり釘を手に打たれたりの苦を受けたが、僧の咒願の煙が冥府に到ったため、許された」と語った。
『日本霊異記』下-39 善珠禅師の臨終時、彼の霊魂が卜者に乗り移り、「私は必ず、桓武天皇の夫人丹治比嬢女(たぢひのをみな)の胎に王子として生まれるだろう」と言った。その言葉どおり、翌年、王子(=大徳親王)が誕生した(*→〔ほくろ〕1b)。しかし大徳親王は3年程在世して死去した。その折、大徳親王の霊魂が卜者に乗り移り、「私は善珠である。しばらくの間、国王の子として生まれたのだ」と言った。
★3.AがBを殺す。殺されたBの霊魂が、Aにとりついて復讐する。
『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」22「餅売りの魂」 盗みの嫌疑で常明(じょうめい)という男を訊問中、突然彼は少年の声になって、「この男は盗みはしません。しかし殺人者です。私は二格(にかく)という14歳の餅売りで、この男に殺されました」と言い出す。取調官が「常明」と呼べば、夢から覚めたように常明の声で話し、「二格」と呼べば、昏睡状態になって二格の声で話す。常明と二格が何度も入れ替わって証言した後、常明は殺人を自供した。
『三国志演義』第77回 呉の孫権に仕える名将・呂蒙が計略を用いて関羽を捕らえ、関羽は斬られる。孫権は勝利の祝宴を開き、呂蒙を讃えて酒をつぐ。突然呂蒙は杯を捨て、孫権の胸ぐらをつかんで罵倒し、「わしは関羽だ」と名乗る。孫権はひれ伏し、呂蒙は七穴から血を流して倒れ死ぬ。
★4.婚約者を残して死んだ女が、婚約者の妻となるべき娘に憑依する。
『剪燈新話』巻1「金鳳釵記」 興哥と興娘は、子供の頃からの許婚(いいなづけ)だったが、興哥は遠方へ赴任する父とともに旅立ち、15年間も音信不通だった。興娘は興哥を待ち焦がれて死に、それから2ヵ月ほどして、ようやく興哥が訪ねて来た。興娘の霊は妹慶娘に憑依して、「私の身代わりに、妹慶娘を興哥さまに嫁がせて下さい」と父母に訴える。身体は慶娘だが、言葉と動作は興娘に間違いないので、父母はこれを許し、興哥と慶娘は結婚した〔*『伽婢子』巻2-2「真紅撃帯」は、この物語の翻案〕。
『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回 甲斐国を旅する犬塚信乃は、村長四六城木工作(よろぎむくさく)宅に滞在する。ある夜、信乃の婚約者だった亡き浜路の霊が、木工作の養女浜路に乗り移り、信乃の寝所を訪れて「この娘を我と思って縁を結べ」と告げる〔*養女浜路は里見義成の娘で、後に信乃の妻となる〕。
『エクソシスト』(ブラッティ) 20世紀のアメリカ。ワシントンに住む12歳の少女リーガンに、悪霊がとりつく。部屋のベッドが揺れ、リーガンの顔は醜く変わり、太い声で卑猥な言葉を喚く。「リーガンが死ぬまで出て行かない」と、悪霊は宣言する。悪魔払いをするメリン老神父は、悪霊との闘いに力尽きて死んだ。カラス神父が、悪霊を挑発して自分の身体に移し入れ、2階の窓から街路に身を投げる。彼の犠牲死によって、悪霊はリーガンから離れた。
『尼僧ヨアンナ』(イヴァシュキェヴィッチ) 17世紀のポーランド。尼僧ヨアンナに9匹の悪魔が憑依する。スーリン神父が5匹を追い出すが、あと4匹がヨアンナの身体に残る。スーリン神父はヨアンナを救うため、自らの身体に4匹の悪魔を呼び入れる。悪魔が再びヨアンナの身体に戻らないように、スーリン神父は自分自身を永遠に悪魔に捧げることを誓う。悪魔の命ずるまま、スーリン神父は斧を取って、旅の供をする2人の少年を殺す。
*人に憑依した悪霊が、追われて豚の中に入る→〔豚〕4の『マタイによる福音書』第8章。
★6a.「だり仏」・「ひだる神」が人にとりついて、食物を要求する。
倦怠仏(だりぼとけ)の伝説 設楽町から東栄町へ越える峠の道ばたに、昔餓死した岩茸取りを祀ったという祠がある。これを「だり仏」とか「だり神」「ひだる神」などと呼ぶ。人がこの峠にさしかかると、にわかに空腹を感じて動けなくなる。それは「だり仏」にとりつかれたためだから、祠に何か食物を供えれば、また歩けるようになる(愛知県北設楽郡設楽町)。
ひだる神(水木しげる『図説日本妖怪大全』) 山中で急に腹がへり、歩けなくなるのは、ひだる神に憑かれたのである。そういう時には、弁当の残りを一口食べればよい。弁当がない場合は、掌に「米」という字を書いて、それを3回なめると元気になる。
『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻596話 背丈1尺7~8寸ほどで一本足の餓鬼が、五の宮の御室(=覚性法親王)の前に現れる。餓鬼は「私は水に飢えているが、自分では飲めないので、人にとりつく。とりつかれた人が水を飲むことによって、私は渇きを癒やすことができる」と、自分の境涯を説明する〔*御室は餓鬼を憐れみ、「自分で飲めるようにしてやろう」と言って、盥(たらい)に水を入れて与えると、餓鬼は全部がぶがぶと飲んでしまった〕→〔指〕1b。
★6c.鬼が僧にとりついて、肉を食う。
『正法眼蔵随聞記』第1-3 宋の仏照禅師の門下の僧が病気になり、肉食をした。夜、仏照が見ると、1つの鬼が病僧の頭の上に乗って、その肉を食っていた。僧は自分の口に肉が入ると思っているが、実際は鬼が食っているのだ。このことがあって以後、仏照は「病僧が肉食を好むのは、鬼に支配されているからだ」と知って、病僧の肉食を許可した。
*聖(ひじり)の後ろにいる餓鬼・畜生などが、多量の食物をむさぼり食う→〔無尽蔵〕2cの『宇治拾遺物語』巻2-1。
『梟(ふくろ)山伏』(狂言) 弟が山へ柴刈りに行って、梟の巣を落とした。それ以来、弟は梟にとりつかれ、「ほほん、ほほん」と、鳥の鳴くような声を出す。心配した兄が、山伏に頼んで加持をしてもらうと、梟は弟から離れて兄にとりつき、兄が「ほほん」と言う。山伏がなおも懸命に祈ると、梟は今度は山伏にとりついて、山伏が「ほほん、ほほん」と言い出す。
★7.身体を持たない存在が、若い肉体にとりついて、味覚や性感を奪う。
『ぬすまれた味』(小松左京) 老齢のため身体を失い、脳だけで生きている老富豪がいた。老人は、若く健康な肉体を利用しようと、貧乏青年の「ぼく」に特殊な発信装置を埋め込む。毎日、とびきりの美食と美女が、「ぼく」に与えられる。しかし極上の味覚と性感は、すべて「ぼく」の身体を通り抜けて老人の脳が味わい、「ぼく」は何も感じないのだ。腹を立てた「ぼく」は、ステーキに山盛りの砂糖をかけて食べる・コーヒーに塩や酢を入れて飲む・美女に頼んで全身をくすぐってもらう、などのことをして老人を苦しめる。
*金持ち老人が、貧しい少年の若い身体を得る→〔若返り〕6の『未来ドロボウ』(藤子・F・不二雄)。
『狐憑』(中島敦) ホメロス以前の大昔。ネウリ部落のシャクという男に、鷹や狼や獺などの動物霊、さらには人間の死霊がとりついて、さまざまな物語を語った。人々は喜んで物語を聞き、シャクは聴衆の期待に応えて、男女の恋物語なども語った。それらは憑依でなく、シャクの空想による作り話かも知れなかった。しかしまもなくシャクは物語る能力を失い、人々は「シャクの憑きものが落ちた」と言った。シャクは殺され、皆に肉を食われた。
*小説の主人公が作者に憑依する→〔作中人物〕3aの『博覧会』(三島由紀夫)。
★8b.死んだ恋人の声なのか、生者が意図的にあるいは無意識に死者の声色をつかったのか、区別がつかない。
『黒いオルフェ』(カミュ) 20世紀のリオ・デ・ジャネイロ。オルフェは、死んだ恋人ユリディスを求めて降霊会へ行く。背後にユリディスの声が聞こえ、「あなたの近くにいる。でも振り向いてはだめ。見たら終わりよ」と言う。オルフェは「お前を見たい。抱きしめたい」と叫んで振り返る。そこには、ユリディスとは似ても似つかぬ老婆がいた。老婆はユリディスの声で「永遠のお別れよ」と言う。オルフェは「俺をだましたな」と怒って走り去る。
★8c.次の例は、蛇が人間に憑依し、人間の声帯を借りて、怒りの声を発したのであろう。
『永日小品』(夏目漱石)「蛇」 叔父さんと2人、雨で渦巻く河へ魚を獲(と)りに行った。叔父さんは手に持った網で、鰻のようなものをすくったが、蛇だったので土手へ投げる。蛇は鎌首を上げてこちらを見た。「覚えていろ」との声と同時に、蛇は草の中へ消えた。声はたしかに叔父さんの声だった。「叔父さん、今『覚えていろ』と言ったのは貴方ですか?」と問うと、叔父さんは「誰だかよくわからない」と答えた。
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