佐久鉄道
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佐久鉄道へは、1915年に開業用として元デ963形が6両譲渡されている。佐久鉄道では二等三等合造車、三等車として使用された。新旧番号対照は次のとおりである。 デ969 → ロハ1 → ハユフ4 デ972 → ロハ2 → ハユフ5 デ965 → ハ3 → ロハ3 → ハ8 デ970 → ハ4 → ハ1[II] デ973 → ハ5 → ハ2 デ976 → ハ6 → ハ3 佐久鉄道は、1934年(昭和9年)9月1日付けで国有化され、鉄道省小海北線の一部となったが、この時点でハユフ4, ハユフ5, ハ8の3両が残存しており、再び国有鉄道籍となった。これらは、国有化直後に休車となり、同年中に廃車された。 それ以前の1926年(大正15年)11月には、3両(ハ1, ハ2, ハ3)が、新宮鉄道(現在の紀勢本線の一部)に譲渡され、同社のハ14, ハ15, ハ16となった。これらは、時期不詳であるがハ24, ハ25, ハ26と改番され、1934年7月1日付けで国有化、再び国有鉄道籍となった。また、これらはホイールベースの延長改造が行われ、ハ14, ハ16は13ftに、ハ15は13ft6inとされている。 国有化後も新宮鉄道時代の記号番号のままであったが、ハ24とハ25は1940年の廃車後、1942年(昭和17年)庄内交通に譲渡され、同社のハ12, ハ13となった。両車とも入線直後に、国鉄土崎工場で鋼体化されたが、寸法や台車が全く異なり、名義上車籍は繋がっているものの、まったく別物に振り替えられてしまっている。両車は、1955年6月に廃車となっている。 一方のハ26は、1943年(昭和18年)7月に鹿島参宮鉄道に譲渡され、同社のハ20形(21)となった。同車は鉾田線で電車時代の原型を留めたまま使用され、1955年12月に廃車となった。
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佐久鉄道(現・小海線の一部)
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「買収気動車」の記事における「佐久鉄道(現・小海線の一部)」の解説
1934年の佐久鉄道買収に伴い、中型の半鋼製ボギー式ガソリンカー8両が承継された。 製造当時、私鉄向けボギー式気動車開発を進めていた日本車輌製造が、小型エンジン2基搭載をやめて大型エンジン1基搭載に切り替えたことで実用レベルに達した初期の車両で、良好な性能を発揮し、以後の私鉄気動車の範となった車両の一つである。佐久鉄道はこの成功によって当時計画していた電化を取りやめたという。 佐久鉄道線は建設中であった小海北線の一部として買収されたものであるが、1932年の小海線(小海北線と一時改称されたのは1933年)小海駅-佐久海ノ口駅間開通時点ではまだ佐久鉄道は買収されていなかった。このため、国鉄線としては離れ小島状態になっていた小海北線区間の列車運行は買収まで佐久鉄道に委託され、買収前から佐久鉄道のガソリンカーが海ノ口まで直通していたが、出力の低いガソリンカーにとって急峻な勾配路線での運行は困難を極めたようである。 キホハニ51-56 (1930年 日本車輌製造本店製)→鉄道省キハニ40600-40605→同 キハニ40701-40706 キホハ57・58 (1931年 日本車輌本店製)→鉄道省キハ40500・40501→同 キハ40305・40306すべて1937年の再改番対象となっている。
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佐久鉄道
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「国鉄1200形蒸気機関車」の記事における「佐久鉄道」の解説
佐久鉄道においても、1923年に2両(製造番号895, 896)を発注し、11形(11, 12)とした。その後、前述のように長野電鉄から1926年に1両、1929年に2両を譲り受け、11形に編入して13 - 15とした。 佐久鉄道は1934年に国有化され、11形5両は国有鉄道に編入され、1265形(1265 - 1269)とされた。これらのうち1265は1936年に除籍され、昭和電工に払下げられて同社の11となった。 その他は、静岡、松本、下関、敦賀で入換用に使用された後、1940年から1943年にかけて民間へ払い下げられた。最後に残った1266が1947年に廃車解体され、国有鉄道から消滅した。その状況は次のとおりである。 佐久鉄道 11 → 国有鉄道 1265 → 昭和電工 11(1936年譲受) 佐久鉄道 12 → 国有鉄道 1266(1947年廃車) 長野電鉄 4 → 佐久鉄道 13(1926年譲受) → 国有鉄道 1267 → 日立日石(1940年譲受) 長野電鉄 1 → 佐久鉄道 14 → 国有鉄道 1268 → 日本鋼管川崎 50(1942年譲受) 長野電鉄 2 → 佐久鉄道 15 → 国有鉄道 1269 → 長門鉄道 251(1943年譲受)
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佐久鉄道
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1913年(大正2年)1月4日:東信軽便鉄道に対し鉄道免許状下付(北佐久郡小諸町-佐久郡小海村間、北佐久郡岩村田町-同郡御代田村間、同郡岩村田町-同郡中津村間 軌間762mm)。 1914年(大正3年)2月6日:起業目論見変更許可(北佐久郡小諸町-南佐久郡中込村間 佐久軽便鉄道)。 1915年(大正4年)8月8日:佐久鉄道 小諸駅 - 中込駅間(8.3M≒13.36km)開業。乙女停留場・土橋停留場(現在の三岡駅付近)・市村停留場(現在の美里駅付近)・中佐都停留場(現在の中佐都駅)・岩村田駅・久保停留場(現在の北中込駅)・中込駅が開業。 9月3日:鉄道免許状下付(南佐久郡中込村-同郡青沼村間) 12月28日:中込駅 - 羽黒下駅間(4.8M≒7.72km)延伸開業。大奈良停留場・三反田駅(現在の臼田駅)・入沢停留場・羽黒下駅が開業。 1916年(大正5年)6月6日:滑津停留場が開業。 1918年(大正7年)2月22日:鉄道免許状下付(南佐久郡青沼村-同郡南牧村間)。 1919年(大正8年)3月11日:羽黒下駅 - 小海駅間(5.9M≒9.50km)が延伸開業。海瀬停留場・佐久穂積駅(現在の八千穂駅)・高岩停留場・馬流停留場・小海駅が開業。 5月8日:鉄道免許失効(1918年2月22日免許 南佐久郡小海村-同郡南牧村間 指定ノ期限内ニ工事施工認可申請を為ササルタメ)。 1920年(大正9年)5月3日:鉄道免許状下付(埴科郡埴生村-上高井郡須坂町間)。 9月6日:河東鉄道に鉄道敷設権譲渡(1920年5月3日免許 埴科郡埴生村-上高井郡須坂町間)。 1925年(大正14年)4月14日:三岡駅が開業。土橋停留場・市村停留場が廃止。 1930年(昭和5年)4月1日:営業距離がマイル表記からメートル表記に変更(19.0M→30.6km)。 11月12日:ガソリン動力併用認可を受ける。 12月20日:気動車運行開始。同年から翌年にかけ日本車輌製造本店でガソリン動車8両が新製されて旅客列車に投入し、経費節減の効果を上げる。これに先立ち電化による電車運行も検討されていたが、気動車の運行成績が良好であったため、電化計画は放棄された。 佐久鉄道輸送・収支実績年度輸送人員(人)貨物量(トン)営業収入(円)営業費(円)営業益金(円)その他益金(円)その他損金(円)支払利子(円)1915 62,928 4,528 13,916 6,378 7,538 5,140 1916 351,413 43,669 69,219 38,395 30,824 13,625 1917 491,023 66,483 93,751 50,750 43,001 寄付金その他15,390 建設費償却金15,350 6,568 1918 558,767 86,462 157,977 84,891 73,086 郡補助金2,900 建設費償却金11,000 325 1919 760,901 106,779 205,250 129,305 75,945 株式配当郡補助金26,898 建設費償却金26,898 2,101 1920 898,293 120,956 325,465 234,189 91,276 郡補助金13,075積立金繰入192,986公債利子1,083 建設費及貯蔵物品償却金240,082 27,062 1921 761,399 110,856 359,716 220,224 139,492 1922 861,496 131,915 387,810 215,723 172,087 1923 923,796 120,113 407,346 228,610 178,736 雑損8,959 32,710 1924 1,029,499 140,582 460,098 214,256 245,842 建設補助金5,900 償却金38,457雑損7,149 24,240 1925 1,109,839 144,151 494,860 220,772 274,088 建設寄付金8,420 償却金20,379雑損21,799 7,436 1926 1,111,599 147,130 515,181 250,434 264,747 寄付金2,000 雑損2,184 8,268 1927 1,049,431 135,676 479,228 267,071 212,157 雑損3,926 15,415 1928 1,055,057 130,824 469,582 269,311 200,271 積立金繰入7,119 雑損2,145償却金7,119 26,474 1929 1,004,631 129,149 454,026 241,607 212,419 自動車業187 株式減価償却金13,769雑損4,600 20,464 1930 857,488 95,612 373,245 220,061 153,184 自動車業1,101雑損2,545 16,737 1931 763,815 91,124 340,742 173,433 167,309 雑損7,170自動車業10,913 22,258 1932 631,993 82,358 301,147 166,519 134,628 雑損844自動車業262 26,221 1933 634,754 101,344 329,850 168,643 161,207 自動車3,116雑損26,186 8,659 1934 466,338 91,644 257,989 148,852 109,137 自動車業19,524雑損償却金86,472 5,608 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料各年度版
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