佐久長聖高等学校とは? わかりやすく解説

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佐久長聖中学校・高等学校

(佐久長聖高等学校 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/08 12:14 UTC 版)

佐久長聖中学校・高等学校
北緯36度17分2秒 東経138度29分5秒 / 北緯36.28389度 東経138.48472度 / 36.28389; 138.48472座標: 北緯36度17分2秒 東経138度29分5秒 / 北緯36.28389度 東経138.48472度 / 36.28389; 138.48472
過去の名称 佐久高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人長聖
設立年月日 1964年
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース I類・II類・中高一貫(Ⅲ類)
学校コード C120321700011 (中学校)
D120321700019 (高等学校)
高校コード 20516J
所在地 385-8588
長野県佐久市岩村田3638番地(中学校)
長野県佐久市岩村田951番地(高等学校)
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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佐久長聖中学校・高等学校(さくちょうせいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、長野県佐久市岩村田にある私立中学校高等学校。旧名「佐久高等学校」。略称は「佐久長聖」もしくは「長聖」「佐久長」

全国私立寮制学校協議加盟・参加校。

概要

1991年から『東大・京大・甲子園』をスローガンに掲げ、1995年に長野県内で初めて中高一貫教育を始めた。駅伝部やスケート部の全国優勝や野球部の甲子園春夏10回出場の実績がある。

教育課程はI類(進学)、II類(主にスポーツ)、中高一貫課程(以前はIII類と呼ばれていた)の3種類があり、類型別に授業を行う。また、中高一貫の生徒は、習熟度別にTM・α・βのクラスに分かれ授業を受ける(ただし、保健体育や音楽、美術などの授業は習熟度別に分かれない)。習熟度別のクラス分けは、考査の成績によって決まるため年に4回クラスが変わる。ホームルームのクラスと習熟度別のクラスは全く別物の扱いである。

2023年4月に現役アイドルなどから指導を受け、ライブや楽曲制作などの芸能活動を行うパフォーミングアーツコース[1]と、在学中にゲームの開発から販売までを経験し、クリエイターを目指すゲームプログラミングコースが新設された。両コースの生徒は、一般の生徒と同じクラスに所属し、通常通りの授業を受けて放課後や土日の課外活動など授業以外の時間を使って専門的な学びを深める。それに関連して、パフォーミングアーツコースに在籍している一部の女子生徒でメンバーを構成する、学校公認のアイドルグループ「7限目のフルール」が結成された[注 1][1][2]。学校側の課外授業活動の一環としてのアイドルグループ結成は、私立・国公立を問わず、日本で初となった[1]。この7限目のフルールは、学校の授業活動のみに留まらず、提携先の芸能事務所であるallfuzに所属する形態を採用[注 2]し、また同グループおよび同校公認で、同グループのSNSを各種開設したり[注 3]、一般のご当地アイドルなどと同様に、グッズを販売したり[3]、ライブイベントで外部のファンを獲得するなど、本格的なものとなっている。

同校では英語学習にも力を入れており、通常の授業の他に、日本国外(主にフィリピン)の現地講師とのオンライン授業を実施、さらにコロナ蔓延前の2019年までは日本国外の大学生をインターンシップとして迎えていた。これらの再開の時期は未定。なお、これとは別に2017年度には、カリフォルニア州立マーセッドカレッジとパートナーシップ協定を結んだ。

長野県では初めて、タブレット型コンピュータを使った情報の授業や、高校では珍しく、校内ネットワークを使った教育が行われている。それに伴い、学校及び寮でWi-Fiが利用できる。

文化祭は「聖祭(ひじりさい)」と称し、毎年6月頃に行われる。

校舎にはエレベーターも設置されバリアフリー化がなされている他、全館冷房と床暖房を備える。

2022年度から教育理念を「礼節・忍耐・誠実」から「自由と愛」に変更した。

2023年4月1日、佐久長聖中学校・高等学校を運営する学校法人聖啓学園は、学校法人長野家政学園と合併して学校法人長聖となった[4]

教育目標

  • 「教育は自由と愛」という教育方針のもと、一人ひとりが文武両道の中で最高の夢の実現をめざす。(以前までは礼節忍耐誠実が教育方針であった)
  • 「知育」「美育」「気育」「体育」「徳育」が一体となった全人教育を目標とする。
  • 豊かな人間性を育み、高い志をもった人材の育成を指針とする。

校風

基本的に生徒は制服を着用して登校するが、月に数回(中学は1回、高校は2回が基本)私服登校日(カジュアルデー)が設定されており、その日は私服や自己表現の強い服装での登校が許されている。

中学入学時には春季課題として清水真砂子の『大人になるっておもしろい?』を必読する。

中学と高校で海外研修プログラムが用意されており、金昇俊による主導でアメリカ合衆国カナダへホームステイが実施される。

近年の高校としては珍しく学食があり(寮があるため)、生徒は寮生でなくても学食で昼食をとることができる。また、高校校内には多くの自動販売機を設置しており、ソフトドリンク、パンなどが購入できる。なお、パンについては近隣のパン屋が昼休みに販売に来る。

約半数の生徒が入寮する。寮は学校生活の延長線上にあると位置付けられており、「館」と呼ばれる。男子学習寮の聖徳館、男子運動部寮の聖修館、女子寮の聖心館、駅伝部用の聖徳館南館の4つの寮がある。館では夜に学習会が設けられていて、毎晩学習に取り組むことになっている。中学校には聖朋館があり、希望者が入寮可能となっている。生活サイクルは高校と同様。

沿革

  • 1964年昭和39年) - 学校法人佐久学園により佐久高等学校として開校。
  • 1971年(昭和46年) - 木造校舎から鉄筋コンクリート校舎へ。
  • 1995年平成7年) - 佐久長聖中学校を設置し、中高一貫教育を開始。佐久長聖高等学校へ改称。中高一貫校となる。
  • 2004年(平成16年) - 学校法人佐久学園から学校法人聖啓学園に移管。
  • 2017年(平成29年) - 新校舎完成。

部活動

野球部は夏の甲子園へ9回、センバツへ1回出場している。1994年夏(第76回)のベスト4が最高成績。2018年第100回)では甲子園史上初の延長タイブレークを制した[5][6][7]。野球部監督[8][9]とコーチがPL学園出身であり、休部となったPL学園野球部のオリジナル応援曲[10]「ウイニング」「ヴィクトリー」の楽譜一式を正式にPL学園から同校の吹奏楽部が引き継ぎ、伝統を継承している[11][12][13]

駅伝部は師走の都大路(京都市)を舞台に開催される全国高校駅伝へ長野県代表として1998年の第49回大会から27大会連続出場中。2008年第59回大会、2017年第68回大会、2023年第74回大会、2024年第75回大会で4回全国優勝している[14][15][16]準優勝は5回。入賞は24回。

2022年には、2時間1分57秒の日本高校最高記録(留学生を含まない日本選手だけの記録)を樹立し、翌年の2023年には、5000m13分台の6選手を擁して2時間1分00秒の大会新記録で優勝した。駅伝部OBの多くが箱根駅伝ニューイヤー駅伝天皇盃全国都道府県駅伝世界陸上選手権五輪などで活躍している。マラソン日本記録前保持者で2020年東京オリンピック日本代表の大迫傑も駅伝部OBのひとり[17][18]

スケート部はインターハイ総合優勝を5回達成しており、ISUスピードスケートW杯世界距離別選手権五輪の日本代表選手を多数輩出している。OGの菊池彩花2018年平昌オリンピックで金メダルを獲得した(チームパシュート[19][20]

女子バスケットボール部はウィンターカップへ14回、インターハイへ12回出場している。

駅伝部・陸上部・野球部・女子野球部・男子バスケットボール部・女子バスケットボール部・柔道部・剣道部・スケート部・水泳部・ゴルフ部・女子サッカー部、文化部では吹奏楽部が強化指定部に指定されている。

アクセス

著名な出身者

陸上競技

スケート

バスケットボール

スポーツその他

芸能

著名な学校関係者

脚注

注釈

  1. ^ 略称は「7フル」と「ナナフル」との2種類がある。
  2. ^ オフィシャルサイト内「CONTACT」 - コンテンツの最下部に提携先のallfuzの住所が掲載されている。
  3. ^ 「7限目のフルール」公認公式サイトの他に、同グループによる公式のSNSは、公式X(旧・Twitter)InstagramTikTokAmeba ブログそしてYouTubeの5つを開設している。

出典

  1. ^ a b c 「アイドル育成コース」佐久長聖高校、驚きの挑戦 全員黒髪・6人組の「7限目のフルール」驚く素顔”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社 (2023-12-2 7:00). 2024年8月15日閲覧。
  2. ^ 信州発!高校生アイドル!デビューもライブも!佐久長聖高校の〝芸能コース〟”. 長野朝日放送 (2023年6月7日). 2025年4月26日閲覧。
  3. ^ 新グッズ販売決定! - 佐久長聖高等学校「7限目のフルール」オフィシャルサイト 2024年7月28日19時発信、同年8月15日閲覧。
  4. ^ 聖啓学園と長野家政学園が合併 24年に新学校 日本経済新聞(2022年5月2日)
  5. ^ “甲子園で初タイブレーク!100回目の夏に佐久長聖が歴史的1勝” (日本語). SANSPO.COM(サンスポ). https://www.sanspo.com/article/20180807-QFHW3E3TGBJUXA3F62EAZBLYTQ/ 2018年8月10日閲覧。 
  6. ^ 甲子園で史上初のタイブレーク 佐久長聖が旭川大を破る:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年8月23日閲覧。
  7. ^ 佐久長聖初のタイブレーク制す「選手たちがカバー」 - 夏の甲子園 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2020年8月23日閲覧。
  8. ^ 佐久長聖と松阪に、名将あり――。甲子園初戦で散った“隠れた名監督”。(氏原英明)”. Number Web - ナンバー. 2020年8月23日閲覧。
  9. ^ 佐久長聖「藤原お疲れさま」裏通路で響く恩師の声 - 野球の国から 高校野球編 - 野球コラム : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2020年8月23日閲覧。
  10. ^ 【柳沢慎吾のひとり甲子園】㉚ PL学園「ウイニング」 - YouTube”. www.youtube.com. 2020年8月23日閲覧。
  11. ^ PL伝説彩った名曲、オリジナル楽譜引き継ぐ 佐久長聖:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年8月23日閲覧。
  12. ^ 【高校野球2016夏】甲子園に鳴り響いたPL学園の応援曲、佐久長聖が伝統を継承”. CYCLE やわらかスポーツ情報サイト. 2020年8月23日閲覧。
  13. ^ PL学園の名曲「ウイニング」と「ヴィクトリー」、甲子園に再び!──ブラバン甲子園「本日のアルプススタンド_番外編」”. GQ JAPAN. 2020年8月23日閲覧。
  14. ^ 佐久長聖が9年ぶり2度目V 全国高校男子駅伝詳細 - 高校駅伝 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2020年8月23日閲覧。
  15. ^ 高校駅伝:「全員駅伝」で復活遂げた佐久長聖 男子優勝”. 毎日新聞. 2020年8月23日閲覧。
  16. ^ 全国高校駅伝、男子は佐久長聖が9年ぶり2度目の優勝(写真=共同)”. 日本経済新聞 電子版. 2020年8月23日閲覧。
  17. ^ 大迫 傑:チームJAPAN”. 日本陸上競技連盟公式サイト. 2020年8月23日閲覧。
  18. ^ 大迫 中学生にアドバイス 進路は「最終的には自分で決めることが大事」(デイリースポーツ)”. Yahoo!ニュース. 2020年9月6日閲覧。
  19. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2018年2月22日). “【平昌五輪】菊池彩花、「諦めない選択」でけが乗り越え、結実のメダル”. 産経ニュース. 2020年8月23日閲覧。
  20. ^ 高木姉妹・佐藤綾乃・菊池彩花に金メダル 涙ぐむ場面も:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年8月23日閲覧。

関連項目

外部リンク


佐久長聖高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 03:16 UTC 版)

上野裕一郎」の記事における「佐久長聖高等学校」の解説

中学時代軟式野球部に所属し、主に三塁手務めていたがレギュラーではなく本格的に陸上競技始めたのは佐久長聖高校進んでからであるという。高校では入部時「世界記録を出す」と宣言し両角速監督指導の下、監督自らが整備したクロスカントリーコースなどを走り鍛え上げられた。 2001年12月23日佐久長聖高校1年の上野は第52回全国高等学校駅伝競走大会出場して2区区間賞を獲得その実力は早くも全国知れ渡るものとなった2002年佐藤悠基入学してきた。佐藤とは彼がまだ中学3年生であった頃、2001年国体3000m初め対決し以来互いに意識するライバルであったという。12月3日日本体育大学長距離競技会5000m出場し日本高校2年歴代2位となる135611記録した。翌2003年1月19日には第8回全国都道府県対抗男子駅伝出場し長野県代表として5区走り区間賞を獲得した前年今井正人記録を1秒更新する区間新記録を樹立し、またこの時24位でタスキを受けると17人をごぼう抜きし、7位まで順位上げた2003年高校3年生となった上野7月長崎インターハイ出場果たし前年続き1500m5000m2種目にエントリーした。ともに近年外国人留学生ランナー優勝重ね続け種目であり、この年前年2002年続きジョセファト・ダビリ2種優勝遂げ、また大会新記録まで樹立する結果となった上位も4位までを留学生占める中、上野1500m5000m2種目とも5位、日本人1位の成績残し、この時1500m記録した3分45秒49日本高校歴代4位となる好タイムであったまた、この5000mには大牟田高校伊達秀晃西脇工業高校北村聡洛南高校松岡佑起出場しており、上野含めた4人で日本人上位分け合う結果となったそれぞれ高校陸上長距離種目名門校出身であり、高校時代5000m自己記録大学生エリートランナーの1つ目安とされる13分台 を記録していたこの4人は、この前後よりあらゆるレース顔を合わせこの後長らく互いに競い合う関係になった。この同学年エースランナー4人を指して、人は自然発生的に四天王と呼ぶようになった同年11月29日日本体育大学長距離競技会10000m出場実業団ランナー大学生ランナー混じって走り282739自己ベスト記録した。これは渡辺康幸持っていた2835秒8を12年ぶりに更新する男子10000m日本高校記録となるものであった同年12月21日第54回全国高校駅伝において、前年引き続き各校のエースランナーが集う花の1区務め区間5位の結果残した。この時記録した2854秒のタイム日本人選手史上初め29分を切るものであり、古田哲弘浜松商業高校)の記録2915秒を更新する日本人選手区間最高記録となった上野佐藤 らの活躍により佐久長聖高校7区42.195km都大路を2時間0430秒駆け抜け全国2位成績残した。翌2004年1月18日には第9回全国都道府県駅伝出場し長野県代表5区として区間賞を獲得前年自身記録を1秒縮め2432秒で走り区間記録更新また上野が5人を交わして先頭にたつと、その後先頭他者に譲ることなく長野県代表が全国優勝飾った

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