国際収支統計 定義と基本原則

国際収支統計

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/07 14:29 UTC 版)

定義と基本原則

国際収支は、損益方式ではなく収支方式で計上される。 企業会計に置き換えると、損益計算書ではなく、キャッシュ・フロー計算書に類似した記述方法が採られている。 簿記で一般的な損益会計とは異なり収支会計であるために、貸方が左に借方が右に記載されることが特徴であるが、これはキャッシュフロー計算書の作成方法と同様と言える。

同統計では簿記と同様の複式計上方式が採用されている。 すなわち、取引が記録される際は必ず貸方借方に同額が計上される。 統計上は、貸方をプラスとして、借方をマイナスとして、それぞれ表現される。 簿記の場合は借方に資産の増加・負債の減少・経費の支出、貸方に負債の増加・資産の減少・収入の受取を計上するが、国際収支の場合にもこれに類する計上方法が採られている。

国際収支統計は財務諸表でいうところの損益計算書ではないので、経常収支赤字は「損失」を出していることを意味するものではない。つまり、国際収支は損益勘定という概念とは相容れず、黒字(赤字)とは過剰(過少)の意味でしかない[6][7]

国際収支マニュアル

各国は順次BPM5方式からBPM6方式へ移行している。

BPM6

BPM6準拠の方式では、大まかに経常収支(current account)・資本移転等収支(capital account)・金融収支(financial account)の3つに分けられ、次の恒等式で書き表せる。資本移転等収支とは、対価の受領を伴わない固定資産の提供、債務免除のほか、非生産・非金融資産の取得処分等のことである[8]

経常収支 + 資本移転等収支 + 誤差脱漏 = 金融収支

経常収支は以下のように分解される。第一次所得収支(primary income)とは、対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等のことであり、直接投資収益・証券投資収益・その他投資収益などから構成される[8]第二次所得収支(secondary income)とは、 居住者と非居住者との間の対価を伴わない資産の提供(官民の無償資金協力、寄付、贈与)のことである[8]

経常収支 = 貿易・サービス収支 + 第一次所得収支 + 第二次所得収支
貿易・サービス収支 = 貿易収支 + サービス収支
貿易収支 = 輸出 - 輸入

第一次所得収支は以下のように分解される。直接投資収益(direct investment)とは、親会社と子会社との間の配当金・利子等のこと[8]証券投資収益(portfolio investment)とは、株式配当金及び債券利子のこと[8]その他投資収益(other investment)とは、貸付・借入、預金等に係る利子のこと[8]

第一次所得収支 = 雇用者報酬 + 投資収益 + その他第一次所得
投資収益 = 直接投資収益 + 証券投資収益 + その他投資収益

金融収支は以下のように分解される。

金融収支 = 直接投資 + 証券投資 + 金融派生商品 + その他投資 + 外貨準備

BPM5からの変更点

  • 主要項目の組み替え
    • 投資収支と外貨準備増減が金融収支として統合された。
    • 資本収支の内のその他資本収支が、資本移転等収支として、経常収支や金融収支と並ぶ大項目となった。
    • 所得収支は第一次所得収支に、経常移転収支は第二次所得収支に名称変更された。
    • 貿易収支として取り扱われていた「財の加工」や「財の修理」は、所有権が移転するものではないとの考え方から、サービス収支として取り扱われることになった。
    • サービス収支として取り扱われていた「仲介貿易」は貿易収支として取り扱われることになった。
  • 表記方法の変更
    • 金融収支では、資産・負債の増加は正に、資産・負債の減少は負に計上することになった。
      • 例えば、外国企業による日本への直接投資は従来とおりに正となるが、日本企業による海外への直接投資についても負ではなく正となる。
    • 金融収支の一項目となった外貨準備増減についても、正・負の表記が従来とは逆になった。これに伴って、金融収支全体の合計値の算出方法は、「資産 + 負債」から「資産 - 負債」となる。

経済学の見解

資源を輸入するために輸出外貨を獲得しなければならない[9]という考え方は、固定相場制下で国際資本移動が厳しく制限されていたニクソン・ショック以前の時代には正しかったが、変動相場制下では当てはまらない。

経済厚生(実質消費水準)は一人当たりの生産性で決まり、貿易収支の黒字・赤字はそれと関係がないという見解がある。これによれば、自国の経済に重要なのは、輸出ではなく、交易条件である。そして、経済厚生の生活水準は輸出部門ではなく国内部門の生産性によって決まる[10]

経済成長

純輸出が増える場合はGDPの拡大要因となり、純輸出が減る場合はGDP拡大の抑制要因となる。ただし、これはあくまで生産側の視点であり、逆に需要側から見れば、輸出は国内で利用できるものの海外流出であって、輸入は国内で消費されるものが海外から入ってくるという意味で良い面がある[11][12]

なお、自国の純輸出が赤字の場合は、それと同額を外国からの輸入(外国のGDP)で賄ったという意味であり、自国のGDPにマイナス値として算入される訳ではない。

貿易収支や経常収支の黒字は輸出のほうが輸入より多いということを示している。同収支の継続的な赤字は、経済成長の足枷とは関係がなく、景気が良くなると輸入は増えるので、貿易赤字になるのは健全ですらある[13]。 貿易赤字が減れば職が増えるかもしれないが、長い目で見れば貿易赤字と失業率はほとんど関係がない。ただし、貿易収支赤字(外国の貯蓄を利用して経済成長を図る方法)にはコストがある[14]。 外国からの資本を借り入れた個々の経済主体が、将来的に利益を挙げて、借りた通貨建てで返済しなければならない。それは借入れで行われた投資でGDPが拡大することによって初めて成り立つ[15]。 ゆえに、国内外問わず、個々の経済主体が行った資本取引には返済不能になるものもある。例えば、外国からの借り入れによる経済成長に失敗した例として、1970年代末から1980年代初頭にかけての南米諸国の累積債務問題がある[15]

貿易収支黒字の増加は景気にとってプラスとなるが、貿易と経済を考える際には、様々な視点で見ていく必要があり、必ずしも輸出が輸入を上回っていなければならないということではない[16]。 また、経常収支の動きは、経済変数(財政収支や経済成長率等)とは基本的に無関係であり、経常収支の赤字が直接的に恐慌には結び付かない[17]

三面等価の原則と貯蓄投資バランス

一国経済全体が経済活動を通じて稼いだ所得は、投資や消費に使われた余剰分の資金(資本)は結果的に国外へと流れるという原理(貯蓄投資バランス)がある[18]

国内総生産(GDP)の定義によると、経常収支は、次の均衡式で書き表せる。

但し、は国内総生産を、は消費を、は投資を、それぞれ表す。

この式は、国内における内需()が、国民総生産()を超える場合は、右辺は負になると共に左辺(経常収支)も赤字となり、その逆の場合(内需が国内総生産を下回る場合)は経常収支は黒字となる、ということを意味している。

また、国内総生産から消費を引いたものは貯蓄()なので、

となり、前述の式は次のように書き換えられる。

すなわち、国内における投資が貯蓄を超える場合には経常収支は赤字となり、貯蓄が投資を超える場合には経常収支が黒字になる。 内需が不足する(貯蓄投資差額が増大する)場合には、外需(貿易収支黒字)が増えるという相関関係にある[19][20]。 つまり、国内が不況になると、貿易収支黒字は増える傾向にある[21]。 不況のために貿易黒字が大きいのであって、貿易収支黒字が大きいから豊かになるわけではない。それが大きくなるのは、国内で生産したものを国内で消費・投資しないためである。国内の供給が国内の需要を上回る結果としてその残りを輸出しているために、貿易収支黒字が増えるわけである。国内で消費し切れば、黒字にはならない[19][20]

また、同式は次式のようにも書き換えられる。

但し、は輸出を、は輸入を、は政府支出を、は税収を、それぞれ表す。

経常収支黒字と同額分の(貿易収支黒字+政府財政赤字)が発生する。

なお、貯蓄投資バランスの式は、均衡式であり、実際には国内総生産の水準・為替レート・金利水準等が貯蓄・投資の水準に影響を与えることで変動する。1980年代の日米貿易摩擦に関する議論では、日本の貯蓄率の高さが日本の経常収支黒字の原因である一方でアメリカの貯蓄率の低さと個人消費および政府支出の高さ(政府財政赤字)がアメリカの経常収支赤字の原因ではないか、という議論が展開されていた。

Jカーブ効果

実質金利が下落(上昇)すると自国通貨の減価(増価)を招き、その進展で当初は循環的貿易収支が赤字(黒字)化しようとするが、それが一定期間を経過すると、それは黒字(赤字)に向かって上昇(下落)する(Jカーブ効果)[6]。 一方で、趨勢的経常収支または貿易収支と実質為替レートには全く関係が無い[6]

なお、「循環」(短期)とは国内に非自発的失業や遊休設備を持て余している状態を意味し、「趨勢」または「構造」(長期)とは完全雇用状態を意味する。

発展段階説

経済の発展段階にともなって、国際収支動向が変化するという説を発展段階説と呼ぶ[22]

一国の国際収支は、次のようなサイクルを経る[23]。 「成熟」や「未成熟」は当然ながら他国との相対的な見方であって、絶対的な水準を意味しない。

  • 未成熟の純債務国
産業が未発達のために貿易収支は赤字で、資本が不足するため海外資本を導入するので資本収支は黒字となる。また、投資収支は赤字となる。
  • 成熟した純債務国
比較優位産業(輸出産業)が発達し、貿易収支が黒字化するが、対外債務が残っているために、所得収支の赤字によって結果的に経常収支も赤字となる。
  • 純債務返済国
貿易収支の黒字が拡大し、経常収支が黒字に転換する。対外純債務が減少に転じる。これにより資本収支は黒字となる。
  • 未成熟な純債権国
対外純債務が減少が進み、その後に債権国となり、所得収支が黒字化する。
  • 成熟した純債権国
貿易収支が赤字に転換するが、これまでの対外債権からの収入を有して所得収支が黒字であるために、経常収支は黒字となる。
  • 純債権取り崩し国
貿易収支の赤字の拡大に伴って経常収支が赤字化する。同時に、対外純債権が減少する。

発展段階説はあくまで超長期の変化を考察対象としており、年単位で経常収支の推移を追いかける場合には使うべき方法ではない。また、所得収支の黒字が拡大すると、一国の経済規模としては、国内総生産(GDP)よりもそれを含んだ国民総所得(GNI)の方が経済政策の目標としては適切であるという議論が起こっている[24]

国際収支の天井

日本では、第二次世界大戦後の貿易再開から高度成長期にかけて、国際収支の天井と呼ばれる制約に縛られていた[25]景気拡張期には、設備投資や消費といった国内需要が旺盛となり、その好景気が続くと輸入が増加し、経常収支が赤字化する。 当時の日本は360円/ドルの固定相場制を執っており、経常収支の赤字が続くと外貨準備が減少する。 さらにその赤字が続けば、外貨準備が枯渇し、円から他通貨への交換に応じられなくなる可能性が高まる。 つまり、固定相場を維持するために経常収支の赤字を放置できなくなる。 こうした理由から外貨準備の減少を阻止するために金融引締め等の景気調整策が執られ、これが原因となって設備投資や在庫投資が停滞し、景気後退へと転じた。 国内の好景気が続くと輸入が増え外貨準備が底を突いてしまうので、経済を引き締めて景気を後退させざるを得なかったのである。 当時の日本の経常収支均衡維持型の運営は、外資を導入しないという選択であり、外資に支配されることを警戒していた。


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