ベンガル語 音韻論

ベンガル語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 18:30 UTC 版)

音韻論

ベンガル語は、下表に示す7つの母音音素を持つ[33]。母音の長短は区別しない[33]。7つすべての母音音素が、対応する鼻母音音素を有し、25種類の二重母音がある[33]。また、動詞語幹に人称語尾が接続する際などに、「母音調和」現象が見られる[5]。例えば、動詞語幹の母音音素と人称語尾の母音音素の組み合わせによっては、前者が後者に合わせて変化することがあり、言語学的には逆行同化と呼ばれる現象である[5]

母音
前舌母音 中舌母音 奥舌母音
狭母音 [i] [u]
半狭母音 [e] [o]
半広母音 [æ] [ɔ]
広母音 [a]
子音
両唇音 歯音 歯茎音 そり舌音 後部歯茎音 軟口蓋音 声門音
無声破裂音 [p]
[pʰ]
[t̪]
[t̪ʰ]
[ʈ]
[ʈʰ]
[tʃ]
[tʃʰ]
[k]
[kʰ]
有声破裂音 [b]
[bʱ]
[d̪]
[d̪ʱ]
[ɖ]
[ɖʱ]
[dʒ]
[dʒʱ]
[ɡ]
[ɡʱ]
摩擦音 [s] [ʃ] [h]
鼻音 [m] [n] [ŋ]
流音 [l], [r] [ɽ]

表記体系

ベンガル語の表記にはベンガル文字を使用する。ベンガル文字は他に隣接するアッサム語でも使用されるが、わずかに異なる字が存在し、これをアッサム文字として区分する場合もある[34]イスラム教徒が多数派の国家の言語としては珍しく、ベンガル語はアラビア文字で書かれることは無く、またかつて書かれたこともあまり無かった。

イスラム教徒が多数派の国や民族の言語は、一度も文字で記録されたことが無かった言語を別にすれば、アラビア文字で書かれるか、かつて書かれていたものがほとんどである。現時点でアラビア文字で書かれるものとしてはペルシア語ウルドゥー語ウイグル語など。 植民地支配などや文字改革を経て、現在はラテン文字キリル文字に切り替えられてはいるが、それ以前はアラビア文字で書かれていたものとしてトルコ語インドネシア語など、ラテン文字、キリル文字、インド系文字などと併用してアラビア文字でも書かれるものとしてマレー語パンジャービー語などがある。

しかしベンガル語は固有のインド系文字を使用し、かつアラビア文字で併用されて書かれる事もほとんど無い。ベンガル語と同じくインド系の言語のうち、ヒンドゥスターニー語ウルドゥー語ヒンディー語)、パンジャービー語シンディー語カシミール語などは、パキスタン領内・インド領内のもの、あるいはイスラム教徒・非イスラム教徒のものの違いにより、改良アラビア文字による表記とインド系文字による表記の双方が存在する。しかしベンガル語はそれらとは異なり、バングラデシュ・インド双方、イスラム教徒・非イスラム教徒のもの双方とも、インド系のベンガル文字で表記される。(ただし、使用される語彙の差異は、両国間・両宗教間によりやはり存在する。)もっとも現バングラデシュがパキスタンに属して独立した当初、パキスタン中央政府を中心としたベンガル語をアラビア文字で表記する動き自体は存在した。しかし、住民の反発により実現しなかった[35]。ベンガル地方は、宗教的な意識も決して小さいわけではないが、それ以上に民族的な共通意識の方が大きいために、豊富な文学を有する自己の文字を廃してアラビア文字による表記を取り入れるまでにはいたらなかった。

文法

文法性はない。語順SOV型であり、前置詞でなく後置詞を用いる。指示形容詞や冠詞名詞の後に置かれるが、一般の形容詞類は前に置かれる。は4種類(主格対格所有格処格)ある。

名詞や動詞の語形変化は接尾辞で行い、膠着語的な性格が強い。名詞のの表示は義務的でなく(定冠詞のみ区別される)、動詞にも人称変化待遇による変化はあるが、数による変化はない[4]。数を表すには必ず助数詞を用いる(これは東南アジア・東アジアの諸言語と共通の性質である)。コピュラは使わない。

尊敬語や謙譲語に当たる敬語表現がある。日本語とベンガル語の文法は良く似ているとされる[28]


注釈

  1. ^ 本来「バングラデシュ」とはベンガル語話者が住むベンガル地方全体を指す語であった。

出典

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