STS-51-Gとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 学問 > 宇宙百科事典 > STS-51-Gの意味・解説 

STS-51-G

分類:スペースシャトル


名称:STS-51-G
オービター名称:ディスカバリー
打ち上げ国名機関:アメリカ/アメリカ航空宇宙局(NASA)
打ち上げ年月日:1985年6月17日
着陸年月日:1985年6月24日
宇宙飛行士:ダニエル・ブランデンシュタイン/ジョン・クライトン/シャノン・W・ルシッド/スティーブン・ナゲル/ジョン・ファビアン/パトリック・ボードレー/サルタン・アル・サウド
飛行時間:169時間38

STS-51-Gのディスカバリーでは、4つ人工衛星放出し回収などが行われました
シャトルから放出され静止軌道乗せられたのは、アラブ通信衛星アラブサットA、メキシコ通信衛星モレロスA、アメリカ通信衛星テルスター3D号の3つです。実験衛星スパルタン1号シャトルから放出されて、X線観測装置銀河系中心部にあるとされるブラックホールの手がかりを探ったあと、再びシャトル荷物室に回収されています。
このときのディスカバリーには、サウジアラビア国王のおいにあたるサルタン・アル・サウド王子宇宙飛行士として乗りこんでいて、通信衛星アラブサットAをシャトルから放出する作業行ないました。

1.どんな形をして、どのような性能持っている


スペースシャトル・ディスカバリーは、オービター(軌道船)と呼ばれる有人宇宙船(ディスカバリー)と、それを打上げるための固体燃料ブースターロケット2基と、液体燃料入れてある外部タンクからなっています。全長56m、高さ23m、重さ2,000tで、オービターだけの長さは37m、高さ17m、重さ85tです。外部タンク使い捨てですが、オービターとブースターロケットはくりかえし使われます。

2.打ち上げ飛行順序はどうなっているの?
ブースターロケットの噴射と、外部タンク液体燃料を使うオービター噴射打上げます。2分後に、燃料燃えつきたブースターロケットが切り離されパラシュート落下します。8分後、高度250kmから400kmに達したとき外部タンク切り離されオービター軌道修正エンジン地球周回軌道乗りますオービター地球に戻るときは、グライダーのように滑空しながら着陸します

3.宇宙飛行目的は?
通信衛星静止軌道乗せ実験衛星ブラックホール存在を探ることです。

4.宇宙でどんな活動をし、どのような成果おさめたの?
3つの通信衛星静止軌道乗せ実験衛星放出回収成功しました

参考文献:「Newton Collection II 宇宙開発竹内 均監修(教育社)、「SPACE ATLAS 宇宙のすべてがわかる本」河島監修/三品隆司・著(PHP研究所)、朝日新聞縮刷版 昭和60年6月


STS-51-G

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/07 02:57 UTC 版)

STS-51-G
メレロス1号を放出するディスカバリー
任務種別 人工衛星の展開
運用者 アメリカ航空宇宙局
COSPAR ID 1985-048A
SATCAT № 15823
任務期間 7日1時間38分52秒
飛行距離 4,693,051 km
周回数 112
特性
宇宙機 ディスカバリー
打ち上げ時重量 116,357 kg
着陸時重量 92,610 kg
ペイロード重量 17,280 kg
乗員
乗員数 7
乗員 ダニエル・ブランデンシュタイン英語版
ジョン・クレイトン
ジョン・ファビアン英語版
スティーブン・ネーゲル英語版
シャノン・ルシッド
パトリック・ボードリー英語版
スルタン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アル・サウード
任務開始
打ち上げ日 1985年6月17日 11:33:00(UTC)
打上げ場所 ケネディ宇宙センター第39発射施設
任務終了
着陸日 1985年6月24日 13:11:52(UTC)
着陸地点 エドワーズ空軍基地 第23滑走路
軌道特性
参照座標 地球周回軌道
体制 低軌道
近点高度 353.3 km
遠点高度 354.9 km
傾斜角 28.45°
軌道周期 91.8分

後ろ:左から、ナーゲル、ルシッド、ファビアン、アル・サウド、ボードリー
前:左から、ブランデンスタイン、クレイトン
« STS-51-B
STS-51-F »

STS-51-Gは、アメリカ航空宇宙局 (NASA) のスペースシャトル計画の18回目の飛行であり、ディスカバリーの5回目の飛行である。7日間のミッションは、1985年6月17日にケネディ宇宙センターから打ち上げられ、6月24日にエドワーズ空軍基地に着陸した。サウジアラビアの王族であるスルタン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アル・サウードがペイロードスペシャリストとして搭乗した。アル・サウードは、アラブ人として、またムスリムとして、また王族として初めて宇宙を訪れた[1]。また、スペースシャトル時代の前の乗組員が1人もいない初めてのミッションとなった。

乗組員

バックアップ

ミッションの概要

ディスカバリーは、1985年6月17日午前7時33分 (EDT) にケネディ宇宙センター第39発射施設から打ち上げられた。乗組員は、船長のダニエル・ブランデンスタイン、操縦手のジョン・クレイトンと、ミッションスペシャリストのシャノン・ルシッド、スティーブン・ネーゲル、ジョン・ファビアン、ペイロードスペシャリストでフランス人のパトリック・ボードリー、サウジアラビアの王族であるスルタン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アル・サウードであった。

STS-51-Bは、アラブ衛星通信機構のアラブサット-1B、メキシコのメレロス1号、AT&Tのテルスター3Dの3機の通信衛星を運んだ。ディスカバリーから放出された後、3機ともペイロード・アシスト・モジュールを用いて静止トランスファ軌道に達することができた。

他に運ばれたのは、オービタから放出された後、回収されるまで自由に宇宙を動き回るように設計されたスパルタン1である。スパルタン1は、140kgの天文観測機器を搭載していた。オービタとは独立に、正常に展開、運用された。ディスカバリーはさらに材料実験のための、フランスのいくつかの生物医学実験、6つのGetaway Specialがあり、GO34 Getaway Specialのシャットダウンの時期が早かったものの、全て成功した。

このミッションの最後のペイロードは、戦略防衛構想のためのHigh Precision Tracking Experiment (HPTE) であった。HEPTは37周目の最初の挑戦では、オービタが正しい高度になかったため展開に失敗し、64周目で展開に成功した。

ディスカバリーは、1985年6月24日午前9時12分 (EDT) に、7日間と1時間38分52秒のミッションを終えて、エドワーズ空軍基地に着陸した。

起床コール

NASAは、ジェミニ計画の際に、宇宙飛行士のために音楽をかけることを始め、アポロ15号の時に初めて起床のために音楽を使った。それぞれの曲は、しばしば宇宙飛行士の家族が特別に選んだもので、乗組員に個人的な特別な意味のあるものや日々の活動に適したものである[2]

歌手/作曲家
2日目 "I Feel the Earth Move" キャロル・キング
3日目 プラウド・メアリー クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル
4日目 "Sailing" クリストファー・クロス
5日目 かもめのジョナサン ニール・ダイアモンド
6日目 結婚行進曲 フェリックス・メンデルスゾーン

ギャラリー

関連項目

出典

  1. ^ "A prince in space" at Saudi Aramco World. January/February 1986 edition. p.20-29. Retrieved 23 October 2012.
  2. ^ Fries, Colin (2007年6月25日). “Chronology of Wakeup Calls” (PDF). NASA. http://history.nasa.gov/wakeup%20calls.pdf 2007年8月13日閲覧。 

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「STS-51-G」の関連用語

STS-51-Gのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



STS-51-Gのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
JAXAJAXA
Copyright 2025 Japan Aerospace Exploration Agency
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのSTS-51-G (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS