道頓堀・劇団編
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昭和3年(1928年)の夏、道頓堀に戻った千代は、新設劇団の役者との顔合わせで元天海天海一座の面々とも再会する。だが嘗ての天海天海一座の看板役者・須賀廼家千之助の不参加を知り同調した元座員を、座長の一平が説得に回る一方、千代は千之助のもとへ日参し参加を懇願する。やがて元座員らは参加に転じ、一平の「万太郎一座を超える新しい喜劇を作りたい」との懇願の言葉に、ようやく千之助も参加を承諾する。こうして新たな喜劇団「鶴亀家庭劇」は始動するが「公演が不評なら解散させる」という大山社長からの指令もあり公演前から切羽詰まる中、千之助は一平の書いた台本ではなく自著の台本での上演を要求する。一平は要求を受け入れ、いざ上演に踏み切った一座だが、客を笑わそうとアドリブで暴走する千之助に、座員らは困惑する。そんな千之助への千代の苦言から、座員が客を笑わせられなかったら一平は千之助に座長を譲るという勝負に発展する。だが何をしても千之助よりも笑いを取れず悩む千代らは、舞台を見た千鳥からの指摘で、勝負に拘るあまりに演じることを見失っていたと気づき、演じる役の人物設定を考案し本番に臨む。結果、千之助の無茶振りにも上手く掛け合い客の心を掴み、千之助から仲間として認められ、鶴亀家庭劇も舞台の好評により次回公演も決定する。 岡安の一人娘・みつえが、商売敵「福富」の一人息子・富川福助と恋仲と知った千代は、二人に協力するが、両家の溝は深まるばかり。一方、一平は「母の無償の愛」をテーマにした台本を完成させるが、千之助により大半を修正され、釈然としない。迎えた公演初日、みつえと福助は駆け落ちし、千代は動揺を抑え芝居に集中する。この舞台で一平は自身のテーマを忠実に修正した千之助に脱帽。みつえを見つけた千代は、駆け落ちではなく母親を説得するよう訴える。シズや福助の母・菊は対峙したみつえと福助の結婚への強い決意を聞き、二人の結婚を認める。2か月後の昭和4年(1929年)1月、みつえと福助はめでたく結婚する。 2月、警察の検閲で表現の自由を奪われ悩む一平は、一座の第三弾の公演で千代にアドリブで接吻をし一騒動になる。ショックを受けた千代だが、道頓堀を訪ねてきたヨシヲと久々に再会し喜ぶ。一方、脅迫電話により一座の公演は中止になる。鶴亀を潰そうと企む神戸の組織の手先となっていたのが実はヨシヲで、その刺青を見た千代から足を洗うよう諭されたヨシヲは組織の指示に逆らえず劇場に放火しようとする。千之助の機転で放火は失敗し、大山社長が組織と話をつけ事件は収束する。ヨシヲは、千代について「自身を見捨て順調な人生を歩んできた」と思い込み恨んでいたことを吐露する。千代は再び一緒に暮らそうと説得するが、家出した幼い自身を助けてくれた組織への恩義を捨てられないヨシヲは、千代から実母の形見のビー玉を貰い道頓堀を後にする。悲しみのなか千代は一平に抱きしめられ求婚されるも、返事ができずうやむやになる。一座の第三弾公演は無事終演し、一平は大山社長から「2代目天海天海」の襲名を命じられるが、父を嫌う一平は拒絶する。千代は一平の蟠りを解くため、千之助から聞いた住所を頼りに一平と京都に行き、一平の母・夕を探し当てるが、夕は終始冷たく、一平は母が他の男と家出した幼い頃の記憶が蘇り、父が母を追い出した話は嘘と気付く。道頓堀に戻った一平は襲名に意欲的な態度を示すが、内心は襲名直後に引退するつもりでいた。しかし、千代の話で、夕の家出で挫折した父が一平のおかげで再起したと知り氷解。涙する一平を抱きしめた千代は彼に求婚する。こうして迎えた襲名披露の舞台挨拶で、一平は千代への感謝を言葉にし、彼女との結婚を発表する。 昭和7年、家庭劇の人気が高まるなか、チャールズ・チャップリンの来日が決定し、大山社長は喜劇団のトップ「須賀廼家万太郎一座」と家庭劇を競わせ、観客動員数の多い方にチャップリンを招待すると明言する。須賀廼家万太郎に私怨を抱く千之助は意気込み指揮を執るが、女優らに暴言を吐き、挙句、書き上げた台本は座員らに不評で、臍を曲げて一座を去る。一方、過去に千之助をクビにした万太郎の冷酷さを知った千代は憤り、対決に勝つべく千之助に相談する。千之助は一平に頭を下げ、万太郎に認められたい本音を打ち明け、二人で台本を完成させる。こうして千之助が戻り上演した舞台は、動員数15人差で負けるが、座員らは 清々しい気持ちで万太郎一座を追い越す事を目指す。また、千之助を呼び出した万太郎は彼を良きライバルとして認め、二人は和解する。 充実した毎日を送る千代の前にまたもテルヲが現れる。避け続ける千代だったが、死期の迫るテルヲの病状を知り、複雑な思いを抱く。テルヲは父として千代の周囲に挨拶する一方、娘の幸せを思って一平との結婚に反対し、女優を引退させようとするが、役者としての千代を褒める千之助の話を聞き考えが変わる。家庭劇が東京の演劇雑誌の取材に応じるなか、テルヲを追っていた借金取りが千代に詰め寄ろうとする。テルヲは阻止するも乱闘騒ぎになり警察に逮捕、投獄される。テルヲに接見し、彼から今まで受けて来た仕打ちの恨みをぶつけた千代は、彼から涙ながらに詫びられるも許せず、亡きサエに対しても謝罪させ折り合いをつける。テルヲは千代の舞台を観る約束を交わすが、その日の夜、静かに息を引き取る。 岡安の人々や家庭劇の団員らなどが天海家に集いテルヲの供養をしてから5年後の昭和12年の暮れ、大山社長の命令で父親を亡くした少年・松島寛治を家庭劇に受け入れ、身寄りの無い彼を天海家で預かることとなる。千代が母親気分で寛治との生活を楽しむなか、夫婦となった小暮と百合子が天海家を訪れる。自分たちのやりたい舞台を目指すゆえに特高に追われる二人は、千代と寛治の機転で家宅捜索の目を逃れ、ソ連へと旅立っていく。その直後、寛治が家庭劇の舞台準備金を盗んだことが発覚する。開き直り千代の擁護に反発する寛治が、幼い頃に親から見捨てられたと知った千代と一平は、彼に自分たちの生い立ちを打ち明け、似た境遇だからこそ面倒を見たいと話す。そして、一緒に暮らそうとの千代の言葉に寛治は涙し心を開く。 昭和19年、太平洋戦争で庶民も徴兵されるようになり、福助が出征する。同時期、戦争の影響で、大劇場は閉鎖され、岡安も60年続いた暖簾を下ろす。大山社長の命令で解散となった家庭劇で芝居を続けたい千代は、戦時下での喜劇公演を懐疑する一平と衝突する。千代がひとりで通う稽古場へは、やがて座員らも同じ思いで集まり、一平も上演会場を押さえて合流する。そして迎えた本番当日の3月14日朝、京都の劇場に楽屋入りした千代と一平は、前夜に道頓堀が空襲に罹災したことを知る。千代と一平が急ぎ道頓堀に戻ると、岡安と福富の建物は全焼し、菊夫婦が命を落としていた。福助の生還を待つみつえと息子の一福が天海宅に身を寄せた矢先、寛治が芝居の慰問団に志願し、千代と一平の反対を押し切り満州へと旅立って行く。数ヶ月後の夏、福助の戦死公報が届き、みつえはショックで塞ぎ込む。程なく終戦を迎え、3月の空襲後離散していた家庭劇の座員が一部を除いて集結。「天海天海家庭劇」として再開第一弾公演でみつえを笑わせたいと願った千代は舞台に一福を出演させる。そして、この想定外の演出に、芝居を鑑賞したみつえは笑顔を取り戻す。後日、家庭劇は、道頓堀の人々の応援を受けながら全国巡業公演へ出発する。 3年後、大山社長から「鶴亀新喜劇」としての再結成を命じられ一座は帰阪。万太郎が喉の癌で声を失ったことを知った千之助は、万太郎の最後の舞台に協力。千之助と息の合った芝居を見せた万太郎は、拍手喝采を浴びながら舞台を去った後、周囲の人々に笑顔で見守られながら永眠する。新喜劇に3人の座員が加入し始動した頃、寛治が帰還。満州で酒と博打で溺れるなかヨシヲと出会ったこと、ヨシヲからガラス玉を渡され千代に届けるよう託されたこと、ヨシヲは逃げ遅れた女性を庇い死去したことなどを涙ながらに報告した寛治を、千代は感謝を口にしながら抱きしめる。同じ頃、一座の旗揚げ公演で主役となった千之助は、老いでセリフを忘れアドリブも出来なくなったことに役者人生の終焉を悟り、千代を代役に立てる。そして迎えた本番で、観客を沸かせた主役の千代と一平を舞台袖で見届けた千之助は、終演後の舞台に深々と頭を下げ、役者を引退する。 1年後、劇団の活動は順調なものの、一平は脚本の筆が進まずにいた。そんな彼を千代は黙って見守るある日、劇団の若手女優・朝比奈灯子が突然退団を申し出で、一平と灯子の不倫関係が発覚する。千代は憤り頑なになるが大山社長に説得され、当事者3人で話合い和解しようとした矢先に灯子の妊娠が判明し、怒りに任せ一平を家から追い出す。一方一平は、灯子から女手ひとつで生まれてくる子供を育てる決意を聞き、千代から離婚届を渡され、苦悩の末に千代と離婚し灯子と一緒になる決断をする。千代は傷心を堪え、謝罪する灯子を寛容し、そつなく一平との舞台共演を続けるが、千秋楽中に一平との思い出が頭を過り、セリフが詰り涙が溢れ観客を騒つかせる。その日以来千代は、道頓堀から姿を消す。
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