競争優位の獲得
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 16:00 UTC 版)
日本企業の成長は、西洋のビジネス界に大きなショックを与えた。だが、1980年代から1990年代初頭にかけて、どうすれば打ち勝てるかを論じた大量の理論が現れた。日本と欧米のマネージメント手法やビジネスの比較によって、欧米のビジネス界は日本企業へ打ち勝つことができると自信を深めていった。 ゲイリー・ハメル(英語: Gary Hamel)とC. K. Prahaladは、戦略は「机上の空論ではなく、より活動的かつ双方向的でなくてはならないと論じた。彼らは「戦略的意図 (strategic intent)」「戦略アーキテクチャ (strategic architecture)」といった概念を提示したが、中でもとりわけ有名な概念はコアコンピタンスである。彼らは、企業にとって重要な能力(すなわちコアコンピタンス)を理解することが重要であると説いた。 活動的な戦略は、活動的な情報収集と活動的な問題解決が必要である。ヒューレット・パッカード社を操業したウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカードは、「歩き回る経営 (Management By Walking Around) 」を考案した。シニア・マネージャーが、自分の机に居るよりも、従業員や顧客や供給者を訪ね回ることを推奨する経営様式である。多くの人々との直接のコミュニケーションは、机上の空論で終わらない、実行可能な戦略を構築する際の確固たる基礎となった。この手法は、1985年にトム・ピーターズとナンシー・オースティン(英語: Nancy Austin)の出版した書籍によって、一躍有名になった。日本の経営者達も、ホンダの三現主義(現場、現物、現実)に代表される、同じような経営様式を採用していた。 そして、経営戦略論において最も著名な研究者の一人であるマイケル・ポーターが、現在でも利用されるいくつもの考え方や分析手法を提示したのもこの時期である。ファイブフォース分析、3つの基本的戦略(コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、市場集中戦略)、クラスター[要曖昧さ回避]、バリュー・チェーンなどがそうである。ポーターは、チャンドラーの「組織は戦略に従う」という命題を、「組織は戦略に従う。戦略は産業構造に従う」と改変したことでも知られている。彼は、バリューチェーンという観点から産業を捉えようとした。 1993年、ジョン・ケイ(英語: John Kay (economist))は、ゲイリー・ハメルらのアイデアをもとに、「価値を付加することが、ビジネスの主目的だ」と主張した。付加価値とは、商品の市場価値と資本を含むインプットのコストの差を、企業の純アウトプットで割った値と定義される。彼は、「経営戦略の役割はコアコンピタンスを特定して付加価値を高める資産を集め、競争優位を築くことである」と唱えた。コアコンピタンスとしては、イノベーション・評判・組織構造の3種類の能力を提唱した。 1980年代は、ポーターを代表に、ポジショニング理論が流布した時代でもあった。同理論の起源はジャック・トラウトが著した1969年の論文までさかのぼるが、トラウトがアル・ライズが Positioning: The Battle For Your Mind (1981) を著すまで、普及しなかった。基本的な主張は、戦略は企業内部の視点だけでは判断できず、消費者が競合相手と比較してどう認識するかによって決まるというものである。戦略の策定と遂行には、 消費者のマインドに企業のポジションを作る必要がある。ポジショニング理論には幾つか新たな技法も適用されたが、大半は他の領域からの転用である。 例えば認知マップは、ポジション間の関係を視覚的に示す手法である。 多次元尺度構成法、判別分析、因子分析、コンジョイント分析、嗜好の回帰手法(英語: Preference regression (in marketing))、 クラスター分析などの数学的な手法が利用された。 一方、企業の内的な資源に注意を払う者も居た。例えばリソース・ベースド・ビュー(英語: Resource-based view)を提唱したジェイ・B・バーニーがそうである。彼は、戦略を「資源を集め、それを模倣が難しく持続可能な形で組み合わせること」と捉えた。 マイケル・ハマーとジェイムズ・チャンピーは、資源は再構築される必要があると考えた。 ビジネスプロセス・リエンジニアリングと彼らが呼んだこのプロセスは、企業の全プロセスに関わる資産の最適化を唄っている。 1989年、リチャード・レスターとMIT産業パフォーマンスセンターの研究者らは、7つのベスト・プラクティスを特定し、企業は低コスト標準品の大量生産から速やかに手を引かねばならないと論じた。 コスト・品質・サービス・製品イノベーションを、同時に、持続的に改善すること 企業内の部門間の障壁を壊すこと 組織内の階層をフラットにすること 顧客・サプライヤーと密接な関係を築くこと 新技術を知的に利用すること 地球規模の視点を持つこと 人的資源を開発すること ベスト・プラクティスの探索は、ベンチマーキングとも呼ばれている。これは、改善が必要な領域を見つけたら、その領域で優れている企業を特定し、その企業から学ぶプロセスを言う。 一方で、多くの研究者が、西洋のビジネスに最も欠けているのは製品の品質であると考えていた。例えばW・エドワーズ・デミング、ジョセフ・ジュラン、A・T・カーニー、フィリップ・クロスビー、アーマンド・ファイゲンバウムらは、品質管理の為の技法としてTotal Quality Management、 カイゼン、リーン生産方式、シックス・シグマなどを提唱した。 品質と同様に、多くの研究者がカスタマー・サービスにも問題があると考えていた。たとえばJames Heskett (1988)、Earl Sasser (1995)、William Davidow(1990)、Len Schlesinger (1991)、 A. Paraurgman (1988)、Len Berry (1995)、 Jane Kingman-Brundage (1993)などが、特性要因図、サービス・チャート、 総合顧客サービス (Total Customer Service)、サービス・プロフィット・チェーン、サービスギャップ分析、サービス・エンカウンター、戦略的サービス・ビジョン (strategic service vision) 、サービス・マッピング (service mapping) 、サービス・チーム (service teams) などの手法や概念を提唱した。これらの理論の根底をなす前提は、顧客を満足させること以上に競争優位の源泉となるものは存在しないという考え方であった。 ビジネスプロセス管理は、品質管理と顧客サービス管理の双方の技法を用いるものである。ビジネスを連続的なプロセスと捉え、プロセスの中の非効率部位を特定し、プロセス全体の効率化を実現するための技法である。基本的な概念はフレデリック・テイラーまでさかのぼることができる古い技法ではあるが、その狙いとする範囲はより広いもので、企業のあらゆる側面がプロセス改善に通じるという前提を置いている。この技法は広範な領域に適用できるので、競争優位の源泉になりうるのである。 また、ビジネスは既存顧客の維持ではなく新顧客の獲得であると考える者もいた。カール・スウェル、 F・F・ライクヘルド、 C. Gronroos、アール・セッサーらは、顧客が持続的に顧客であり続けることを保証するのが競争優位であると論じた。これは、顧客ロイヤルティとして知られる概念である。ライクヘルドは、この概念を従業員ロイヤルティ、サプライヤー・ロイヤルティ、ディストリビューター・ロイヤルティ、株主ロイヤルティへと拡大した。彼らは、忠誠心の高い顧客(ロイヤル・カスタマー、a loyal customer)の顧客生涯価値を計算する技法も発展させた。こうした流れを受けて、販売・マーケティングの様々な技法が、顧客との長期的・持続的な関係を構築するために転用されるようになった。この種の技法は顧客関係管理 (CRM, customer relationship management) と呼ばれていて、いくつもの技法が発展した。 James GilmoreとJoseph Pineは、マス・カスタマイゼーションに競争優位の源泉を見つけた。これは、柔軟な製造技術が、規模の経済のメリットを損なうことなく、個々の顧客への個別対応を可能にするという考え方である。この考え方は、製品のみならずサービスについても説明している。 サービスも個々の顧客へとマス・カスタマイズされるならば、それも経験として蓄積されると彼らは論じている。ベルント・シュミット(英語: Bernd Schmitt)の業績に基づく彼らの著書 The Experience Economyによれば、サービスとは劇場のようなものであるという。 この学派は、しばしば顧客経験管理(英語: customer experience management)の重要性について言及している。 ジェームズ・C・コリンズとジェリー・ポラス (Jerry Porrass) は、何が偉大な企業を創るのかを明らかにするため、数年を費やして実証研究を行った。19の成功した企業を6年に渡って調査した結果明らかになったのは、企業を育む「コア・イデオロギー (core ideology)」の存在である。戦略や戦術が日々変化しても、中核的な価値観は維持されていたのである。中核的な価値観は、組織の存続に向けて従業員を方向付ける役割を果たしていた。彼らの著書 Built To Last (1994)では、短期的な収益目標・費用削減・リストラクチャリングは、献身的な従業員が企業を存続せしめるために突き動かすことはできないと論じている。コリンズは、2000年にはシリコンバレーにおいて長期的な視野が生じにくい状況を表す言葉として、“built to flip”を考案した。彼はまた、BHAG(社運を賭けた大胆な目標、Big Hairy Audacious Goal)という表現も有名にしている。 アリー・デ・グース(英語: Arie de Geus)も同様の調査を行い、似たような結論を得ている。彼は50年以上存続している企業に共通する4つの特徴を明らかにした。 ビジネス環境への敏感さ:学習と適応の能力 凝集性とアイデンティティ:特徴とビジョンと目的のあるコミュニティを作る能力 寛容さと分権化:関係を構築する能力 保守的な財務 これら4つの特徴を備えた企業を、彼はリビング・カンパニー (living company) と呼んだ。財務より知識を優先し、自らを現在進行形の人間コミュニティであると認識する企業は、何十年に渡って存続しうる可能性があるとアリーは論じた。そのような組織は、学習する能力と、独自のプロセス・目標・ペルソナ(仮面)を創造できる、有機的な実体である。彼はそれを学習する組織と呼んだ。
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