中国依存の問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 15:57 UTC 版)
「レアアース貿易摩擦(英語版)」も参照 中国の鄧小平は1992年の南巡講話で「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある。中国はレアアースで優位性を発揮できるだろう」(中東有石油、中国有稀土、一定把我国稀土的優勢発揮出来)と述べ、レアアースの戦略的価値を重視する路線を決定づけた。当時世界のレアアース埋蔵量の85%が中国に存在したとされる。1980年代から「中国希土類化学の父」と呼ばれる徐光憲の貢献や政府の863計画によって希土類の研究開発が推し進められ、上流工程から下流工程まで担う中国はレアアース関連で他国をあわせた数の2倍もの特許を取得した。貴重な外貨獲得源として希土類鉱山の採掘にも力を注ぎ、希土類市場は供給過剰に伴う価格下落によってコスト面で採算が釣り合わなくなった中国以外の国の希土類鉱山は次々と閉山し、特にテルビウムやジスプロシウムなどの重希土類の生産は、中国一国に限られることになった。これにより、2000年代後半のレアアースの産出量の95%以上は中国のバヤンオボー鉱床とイオン吸着型鉱床により偏在するようになり、政治的リスクを負うようになっていた。2010年代に入るころには中国は産地としてだけでなく、その加工技術でも優位に立つことで世界の9割も供給する独占的な地位を手に入れることになった。いわば、中東諸国が世界のほとんどの原油を保有しているだけでなく精製する市場もほぼ独占したようなことに近いとも評された。 ここまで生産が中国に集中する事になった原因の1つは、その生産コストの低さもある。これは単純に賃金水準が安いということもあるが、レアアース鉱の特性上、中国以外では管理コストが高騰してしまうという事情がある。レアアースには放射能物質のトリウムが含まれているため、その取扱や後処理に多額のコストがかかるのである。この点中国は、労働者の保護や後処理を他国ほど厳密に行わないため、低コストで生産することができる。 中国政府は、2006年に国土資源部が希土類を対象とした資源保護計画を発表し、2010年7月に商務部が輸出枠大幅削減方針を発表するなど、レアアースの資源保護政策に転換した。これは、先進各国が自国の埋蔵量を温存したまま、中国のレアアースを安く買っていることの中国側の対応と見られている。これに伴い希土類の価格が急激に上昇した。たとえば、ジスプロシウムの価格は2005年には1 kgあたり50ドル(USドル)程度であったが、2010年初頭には1 kgあたり160ドル、2010年6月末時点で400ドルに高騰した。 民生用から軍事用の製品にまでレアアースは幅広く利用され、レアアースを中国に頼るチャイナリスクは、2010年9月に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件後に、資源ナショナリズムに基づいて中国政府がレアアースの日本への通関を意図的に遅滞させる事で、レアアースの事実上の対日禁輸措置に踏み切ったことで顕在化した。これを契機に、特にレアアースの工業的寄与が大きい日本では、レアアースの対中依存に対する危機感が高まり、官民を挙げて「元素戦略」と銘打った対応が図られている。例えば政府系機関や民間企業は、レアアースを使用しないか削減してもレアアースを使用する製品と同等の性能が発揮できる製品の開発や、レアアースのリサイクル技術の開発を加速させ、レアアースの備蓄を増進し、必要なレアアースについては中国以外からの分散調達を加速させた。この結果、2012年上半期には早くも日本の対中レアアース依存度が50%以下となり、中国のレアアースの輸出量と輸出価格が急落した。価格はピーク時の5分の1に下がった。日本はインドの漂砂、ベトナム北部のカーボナタイト、カザフスタンのウラン鉱床残渣、オーストラリアのカーボナタイトなど代替地の権益の確保を始めた。またEEZ内の海底鉱物資源の探査も加速しており、2012年6月28日に東京大学のグループが南鳥島付近の海底5600mで日本で消費する約230年分に相当するジスプロシウムがあると推定されると発表したこと、今後は掘削技術を提供している三井海洋開発と共同で深海底からの泥の回収技術の開発を目指すことを発表した。また、アメリカとの協同調査ではインド洋の海底に高濃度のレアアースを含む泥が発見され、陸地では偏在しているものが海底では広範に存在する可能性が示唆されたが、高深度のものは商業採掘が困難であるという問題もあった。 しかし、財務省貿易統計によると、HSコード2805.30と28.46をレアアースとした場合、2014年の通年ベースで日本はレアアースの輸入の6割を中国に依存している。代替供給先を確保できたのは主に軽希土類であり、希少価値の高い重希土類は中国南部に広く分布するイオン吸着型鉱床と呼ばれる風化花崗岩に依存している。重希土類(イットリウム、ジスプロシウムなど)は、2013年の時点の三菱UFJリサーチ&コンサルティングの推計によると商業生産の95%以上を中国が行っており、当然輸入も中国に依存している。また軽希土類の採掘する鉱山から主に出てくるのは使用量の激減したセリウムであり、採算を維持するためには同時に採掘するネオジムやランタンの価格を上げるか採掘量全体を削減する必要がある。また、日本企業は中国に工場を置くことで対中輸入を減らしていた。 2015年に日米欧からの提訴を受けて世界貿易機関(WTO)が協定違反と断じたことにより、中国はレアアースとタングステンとモリブデンに賦課している「輸出税」と「輸出数量制限」を廃止した。 2016年2月にアメリカの政府監査院(GAO)はアメリカ国内のレアアースのサプライチェーン再構築に15年を要するとしており、中国を除くレアアース鉱床は全てレアアース関連の特許を保有する中国で加工しているために中国が禁輸すればほぼ全てのコンピュータ、スマートフォン、自動車、航空機などのラインやNATOの兵器システムに影響を与えるとされる。2015年にレアアースのアメリカ最大手モリコープ(英語版)が破綻しており、中国に超される1980年代まで世界最大のレアアース生産量を誇っていたアメリカ唯一のレアアース鉱山マウンテンパス鉱山(英語版)は2017年に米投資ファンドと中国の盛和資源による米中企業連合に買収されている。 2018年からの米中貿易戦争では、同年7月にアメリカが関税リストの草案に中国のレアアースを盛り込んで注目されたが、同年9月の関税発動の際には対象から外した。同年8月に成立した2019年度国防権限法(英語版)で米国防総省が中国、北朝鮮、イラン、ロシアといったアメリカと対立する国からレアアースを購入することを禁止し、同年10月には米国防総省は米国の軍需産業が中国のレアアースに依存しているチャイナリスクに警鐘を鳴らした。2019年5月に米中の貿易摩擦の激化で中国からのほぼ全輸入品が関税対象にリストアップされた際も中国は世界の7割から9割を生産して米国が8割超も中国からの輸入に依存していることから外され、これに対して中国の国家発展改革委員会が米軍需産業を標的にしたレアアースの輸出規制を示唆したことを受け、戦闘機やミサイルなどの軍用品まで使われているレアアースの対中依存を国内生産で軽減すべきとして米国防総省は連邦政府に資金拠出を要請し、米軍はマンハッタン計画以来のレアアース生産への投資を計画することとなり、2020年9月30日にトランプ米国大統領はレアアースの対中依存を見直すよう命じる大統領令に署名した。また、トランプ大統領はデンマークからのグリーンランドの購入に意欲を示していた。背景には世界最大のレアアースの未開発鉱床があるとされるグリーンランドの権益をめぐる米中の対立があるとされた。
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