イスラム数学とは? わかりやすく解説

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アラビア数学

(イスラム数学 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/19 04:29 UTC 版)

アラビア数学(アラビアすうがく、Arabic mathematics)とは、8世紀から15世紀のイスラム世界において、主にアラビア語を用いて行われた数学全般のことである。近年ではイスラム数学 (Islamic mathematics) と称される場合もある[1]。名称は慣例によるものであって、必ずしも明確に対象を表しておらず、アラブ地域外でも行われ、担い手にはアラブ人でない者もイスラム教徒でない者もいた。


  1. ^ 例えば、カッツ著、上野健爾他訳『数学の歴史』共立出版 ISBN 432001765X では「イスラム数学」である。


「アラビア数学」の続きの解説一覧

イスラム数学(西暦800〜1500年頃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 04:08 UTC 版)

数学史」の記事における「イスラム数学(西暦8001500年頃)」の解説

詳細は「アラビア数学」を参照 イスラム帝国は、中東中央アジア北アフリカイベリア半島、および8世紀インド一部わたって成立し数学重要な貢献果たした。ほとんどのイスラム数学書アラビア語書かれたが、すべてをアラブ人書いたのではない。ヘレニズムにおけるギリシア語同様にアラビア語当時イスラム世界中のアラブ人以外の学者アラビア語使用した重要なイスラム数学者にはペルシア人もいる。 フワーリズミーは、9世紀バグダードペルシア人数学者天文学者であり、インド・アラビア数字および方程式の解に関する重要な本を著した彼の著作西暦825年頃に書かれた『インドの数の計算法』は、アラブ人数学者アル=キンディーと共に作成されインド数学インド・アラビア数字西洋広め助けとなった「アルゴリズム」の語は、彼の名のラテン語化、「Algoritmi」に由来し、「代数学 (algebra) は彼の著作の名称『ヒサーブ・アル=ジャブル・ワル=ムカーバラ』(約分と消約の計算の書)に由来するフワーリズミーは、古代代数的手法保存この分野への独自の貢献より、「代数の父」と呼ばれている。代数学更なる発展は、アルカラジ (Al-Karaji) (西暦9531029年)の論文アル・ファフリー』で、未知数整数冪乗整数根を包含する方法論拡張した10世紀に、アブル・ウワファディオファントス著作アラビア語翻訳し正接関数進展させた。 数学的帰納法用いている最初数学的証明は、西暦1000年頃のアルカラジ著作現れ二項定理パスカルの三角形積分立方数合計の証明使われた。 数学歴史家F. Woepckeは、アルカラジを「最初に代数的微分積分学理論導入した者」として賞賛した。イブン・アル=ハイサムは、二重平方数和の公式推論した最初数学者であり、帰納法使用して任意の整数冪乗和に対す一般公式決定する方法開発し、それが積分法発展基礎となったウマル・ハイヤーム12世紀詩人数学者で、『ユークリッドにおける困難に関す議論』でユークリッド原論不備、特に平行線公理について述べその結果解析幾何学および非ユークリッド幾何学基礎築いたまた、三次関数一般的な幾何学的な解法考案した。彼はまた、暦法改正に非常に大きな影響与えた13世紀ペルシア人数学者ナスィールッディーン・トゥースィーは、球面三角法進展させた。彼はまた、エウクレイデス平行線公理に関する有力な書を著した15世紀アル=カーシーは、円周率小数点16まで計算したカーシーまた、n乗根計算するアルゴリズム持ち、それは数世紀後のパオロ・ルフィニおよびホーナーによる手法特殊なであった。他の特筆すべきイスラム数学者には、イブン・ヤフヤ・アル=マグリービー・アル=サマウアル (Ibn Yahyā al-Maghribī al-Samaw'al) 、サービト・イブン=クッラ、アブ・カミル (Abū Kāmil Shujā ibn Aslam) 、アブー・サフル・アル=クーヒーがいる。 この時代のイスラム数学者の成果には、代数学アルゴリズム発展フワーリズミー参照)、球面三角法発展アラビア数字への小数点追加正弦を除く現在の三角関数すべての発見キンディーによる暗号解読頻度分析導入アルカラジによる微分積分学導入数学的帰納法による証明イブン・アル=ハイサムによる解析幾何学初期無限小一般公式積分法発展ウマル・ハイヤームによる代数幾何学開始ナスィールッディーン・トゥースィーによるユークリッド幾何学平行線公理への最初反証非ユークリッド幾何学最初試み、その他代数学算術微分積分学暗号理論幾何学数論、および三角法における多大な進歩があった。 オスマン帝国15世紀〜)の時代に、イスラム数学は停滞した。これは、ローマ人ヘレニズム征服したときの数学停滞類似している。 ジョン・J・オコナーエドモンド・F・ロバートソンは『マックチューター数学史アーカイブ』で述べた最近の研究によって、現代の人間がアラビア・イスラーム数学から受けた恩恵について新たな姿が見えてきた。これまで16、17、18世紀ヨーロッパ数学者によるとされてきた鮮やかな概念が、実はそれよりさらに4世紀ほど前のアラビア・イスラームの数学者によって生み出されていたことが判明した今日研究されている数学スタイル多くの点で、ギリシア人数学よりも、アラビア・イスラームの数学にずっと近いのである。 — J. J. O'Connor and E. F. RobertsonArabic mathematics : forgotten brilliance? JOC/EFR November 1999 - "The MacTutor History of Mathematics archive"

※この「イスラム数学(西暦800〜1500年頃)」の解説は、「数学史」の解説の一部です。
「イスラム数学(西暦800〜1500年頃)」を含む「数学史」の記事については、「数学史」の概要を参照ください。

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