力学系とは? わかりやすく解説

力学系

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/09 14:18 UTC 版)

力学系(りきがくけい、英語: dynamical system)とは、ある法則に従って前の状態から後の状態が決まるように、対象とする状態が時間発展するの数学的モデルである[1][2][3]。あるいは、そのようなモデルを扱う数学の一分野でもある[4]。力学系を扱う分野や理論全体を指して力学系理論(りきがくけいりろん、英語: dynamical system theory)という呼び方もする[5][6]

力学系の始まりは、ニュートン力学において記述される常微分方程式の研究に端を発する[7]。力学系という名称自体は英語の dynamical system の翻訳だが、力学系という訳語は、こういったように力学の研究から力学系が生まれたことを背景とする[7][8]。現在でも物理学としての力学は力学系の重要な例だが、現在の力学系は力学から独立した一つの数学を成している[8][9]。力学系理論の対象は力学に限定されず、その範囲は極めて広い[8]。自然科学や社会科学の実現象を数理モデル化して力学系として調べることもあるし、完全に抽象的な力学系を構成して調べることもある[10]

力学系に似た言葉として、物理学では動力学(どうりきがく)、生物学生命科学ではダイナミクスという言葉も使われる[4]。それぞれの用語の意味は、完全には合致しないものの、物事が時間と共に変化する様子の記述という点においては軌を一にする[4]ゲーム理論など経済学に背景を持つ分野では動学系(どうがくけい)とも呼ばれる[11][12]

力学系の成り立ち

アンリ・ポアンカレ(1854-1912)

現代的な力学系の理論は、フランスのアンリ・ポアンカレによって19世紀末頃に創始された[13][14]。さらに遡ること17世紀、イギリスのアイザック・ニュートンは『プリンキピア』を著し、物体の運動法則を述べてニュートン力学を構築した[15]。ニュートン力学にもとづき、物体の運動は常微分方程式によって表現される[16]。ニュートンは、太陽のまわりの地球の運動を二体問題として解いて完全に解決した[17][18]。その後、多くの物理学者や数学者たちが、これを三体問題あるいは多体問題へ拡張し、解決を試みた[18][19]。しかし、三体問題は二体問題と比較してはるかに解くのが困難で、長年の努力の末に、何らかの数式で明示するという意味で三体問題を解くことは本質的に不可能であることが明らかとなった[19]

三体問題の数値計算例

三体問題に限らず、微分方程式の解を求めること――すなわち解を独立変数の既知関数として表すこと――は大抵の微分方程式でできない[20][21]。特に微分方程式が非線形のときには、ほとんどの場合で不可能である[22][23]。三体問題の研究を通じ、この問題を深く認識したポアンカレは、微分方程式を解析的に解く定量的方法の代わりに、微分方程式の解の挙動を定性的に研究する方法を生み出した[20]。言い換えると、解自体の記述を得ることを主眼とするそれまでの研究から、解けない微分方程式を解けないままにしながらその解の重要な性質を探求する研究へと、発想の転換を主導した[24]。このような研究を、ポアンカレは微分方程式の定性的理論と呼んだ[25]。1881年の論文 Mémoire sur les courbes définies par une équation différentielle(微分方程式によって定義される曲線についての研究論文)にて、ポアンカレは以下のように述べている[26]

さらにまた、この定性的研究自体はそれ自身としてきわめて興味ある問題である。事実、解析学や力学におけるきわめて重要な問題がこれに帰着できる。三体問題を例にとってみよう。たとえば天体の一つがつねに有限の天空内の領域にとどまっているだろうか、それとも無限に遠ざかっていくだろうか? 二つの天体の距離が限りなく増大したり減少したりするだろうか、それとも、いつもある限界の間にとどまっているだろうか? このような問題が考えられるのではないか。そしてこの種の、三つの天体の軌道を定性的に追跡することができれば完全に解けてしまうような問題は、まだいくらでも提出できるのではないだろうか。アンリ・ポアンカレ、Mémoire sur les courbes définies par une équation différentielle[27]

定性的理論を展開するために、ポアンカレは位相的な手法を縦横に利用した[28]位相幾何学もまた、ポアンカレのこの研究の中から誕生していった[28][29]。微分方程式の定性的理論は現在の力学系理論の基礎となり、ポアンカレは力学系理論の創始者となった[13]

ポアンカレの後、微分方程式の定性的理論は米国ジョージ・デビット・バーコフ帝政ロシアアレクサンドル・リアプノフへと引き継がれ、20世紀以降大きな発展を遂げる[30]。バーコフの研究がまとめられた著書は、Dynamical Systems(力学系)という名で1921年に発行された[31]。バーコフも、ポアンカレ同様に微分方程式から定義される力学系を見ていたが、一方で、微分方程式で起こる複雑な挙動を理解する方法として写像の反復で定義される力学系についても研究・強調した[31][14]。また、バーコフは、微分方程式の解の性質から位相的性質を調べる上で必要なもののみを抜き出して、もはや微分方程式の存在を前提としないような抽象的な力学系の概念を作り上げた[32][33]。これにより、微分方程式から独り立ちした力学系理論の基礎が形成された[33]

定義

力学系は、

の3つから成る[8][1]。ここでの時間とは、物理的な系を扱うときなどは文字通り時間の意味だが、数学的には単にパラメータである[34]。相空間あるいは状態空間は、何らかの変数で系の状態を表し、系が取り得る全ての状態から成る集合である[35][36]。相空間内の1点を指定することで、系の状態が一意に定まる [37]。時間発展の法則は、時間と共に状態がどのように変化するかを決めるものであり、普通は決定論的な(ある状態から次の状態が一意に決まるような)法則を与える[1]

より数学的には、力学系は、または半群 G空間 X への群作用 ϕ : G × X X として定義される[34][8]G が時間、X が相空間、ϕ が時間発展の法則に対応する[8]。各 t G に対して t を固定した写像 ϕt : X X を、ϕt(x) = ϕ (t, x)(ただし x X)と定義する。ϕt は、任意の t, s G および単位元 0 G について群作用の性質から、

連続力学系の軌道の様子
離散力学系の軌道の様子

力学系は、時間を連続的に考える場合と離散的に考える場合に大別される[41][51]。連続的に考える場合は時間を実数で考え、そのような力学系を連続力学系と呼ぶ[52][53]。あるいは、連続時間の力学系[52][53]連続時間力学系[54][55]とも呼ばれる。離散的に考える場合は時間を整数または自然数で考え、そのような力学系を離散力学系と呼ぶ[52][56]。あるいは、離散時間の力学系[52][56]離散時間力学系[57][58]とも呼ばれる。

連続力学系の場合、常微分方程式あるいはベクトル場によって与えられるのが典型的である[53][54]。 相空間を m として、独立変数 t と従属変数 x m自励系常微分方程式

複素平面上のマンデルブロ集合

複素関数によって定まる力学系を複素力学系という[98]。特に正則関数または有理型関数 f を扱い、それらの n反復合成 fnで定義される[99]。離散力学系かつ微分可能力学系の一種だが[100][101]、複素力学系では複素関数論が主要な理論的道具として用立てられる[4]フラクタルを生成する代表例としても知られる[100]

複素力学系は、歴史的には1920年代のガストン・ジュリアピエール・ファトゥの研究に始まる[102]。彼らの名を冠するジュリア集合ファトゥ集合は、複素力学系の最も基礎的な不変集合である[103]。コンピュータが発達した1980年代には、ブノワ・マンデルブロによってマンデルブロ集合が発見された[104]。マンデルブロ集合の魅力的な画像がジュリアとファトゥの仕事への興味を改めて呼び起こし、エイドリアン・ドゥアディジョン・ハバードデニス・サリヴァンなどの数学的成果が続いた[104]

記号力学系

a, b, c, 1, 2, 3, のような記号を使って無限の列を構成し、そのような記号列の集まりである空間を想定する[105]。このような記号列を右から左へ1つずらすような写像 σ を考える力学系を記号力学系記号力学と呼ぶ[106][107]

記号力学系それ自体もデータストレージデータ転送のような計算機科学とも関連性を持つ[108][109]。記号力学系の高次元化も研究対象であり、2次元記号力学系は数学のタイル張り問題のワンのタイルの定式化を与える[110][109]

ハミルトン力学系

(q1, q2, , qn, p1, p2, , pn) という座標に持つ相空間 2n 上でハミルトン力学の正準方程式によって定義される力学系をハミルトン力学系またはハミルトン系と呼ぶ[111][112][113]。ハミルトン系は、その性質からユークリッド空間 2n ではなくシンプレクティック多様体上でハミルトニアンによって定まるベクトル場として考えることもできる[114]。ハミルトン系のポアンカレ写像または流れはシンプレクティック写像になるという意味でシンプレクティック写像がハミルトン系の離散力学系バージョンに相当し[115]標準写像がよく調べられている例である[116]。実現象では、太陽系中の天体の運動が最もなじみのあるハミルトン系の例といえる[117]

歴史的には、ニュートン力学およびラグランジュ力学を引き継いで19世紀にウィリアム・ローワン・ハミルトンによってハミルトン力学が定式化された[118][119]。その後、微分形式の発見を経て、シンプレクティック多様体上の力学系理論として現代的に定式化された[118][119]可積分なハミルトン系に摂動が加わっても、摂動が充分に小さければ元の可積分系で存在していたトーラス上の規則的な振る舞いの多くが残ることを証明したKAM定理(定理を示したアンドレイ・コルモゴロフユルゲン・モーザーウラジーミル・アーノルドの名に因む)は、20世紀の力学系研究における重大成果の一つである[120][2]

散逸系と保存系

相空間上のある体積が時間経過に伴い常に縮小するような力学系を散逸系と呼ぶ[121][122]。一方、相空間上のある体積が時間経過しても常に一定であるような力学系を保存系と呼ぶ[123][124]。それぞれ散逸力学系保存力学系とも呼ばれる[125]。縮小に限定せずに、体積一定ではない場合を散逸系と呼ぶ場合もある[126][123]。保存系は第一積分や保存量と呼ばれる時間に対して不変な実連続関数を持つことがあり[117]、こちらの条件を満たすものを保存系と呼ぶ場合もある[127][128][129]

物理的な現象で言えば、摩擦がありエネルギーが減少していくような系が散逸系で、摩擦がなくエネルギーが保存されるような系が保存系である[130]。身近な物理現象の系はおおかた散逸系に該当する[131]。散逸系の場合、アトラクターと呼ばれる極限集合を持つのが特徴である[132] [133]。対して、保存系にはアトラクターが存在しないという特質がある[134]

出典

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  134. 長島・馬場 1992, p. 88.

参照文献

外部リンク


力学系

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/06 07:52 UTC 版)

区間演算」の記事における「力学系」の解説

ウォリック・タッカー区間演算活用して14番目のスメイルの問題解決した

※この「力学系」の解説は、「区間演算」の解説の一部です。
「力学系」を含む「区間演算」の記事については、「区間演算」の概要を参照ください。

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力学系

出典:『Wiktionary』 (2021/08/21 14:07 UTC 版)

名詞

力学りきがくけい)

  1. 物理学ニュートン力学量子力学流体力学熱力学などの力学概念あるいは理論捉えられる一つ
  2. 数学数理科学状態時間発展記述する空間上の一つの状態を与え状態空間あるいは相空間独立変数としての時間微分方程式漸化式などの形で与えられる状態の時間発展記述する規則、これら3つから成るのこと。または、そのような系を扱う分野

翻訳

語義1

語義2


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