うつ病性障害
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/04 04:02 UTC 版)
大うつ病性障害(major depressive disorder)は、大うつ病、単極性うつ病、臨床的うつ病とも呼ばれる。大うつ病性障害の患者は、1回またはそれ以上の大うつ病エピソードを経験する。初回のエピソード後に、「大うつ病性障害(単一エピソード)」と診断される。1回以上のエピソードを経験すると、診断は「大うつ病性障害(反復性)」となる。躁状態の期間のないうつ病は、気分が低い側の「極」にとどまっており、双極性障害のように高く躁的な側の「極」に上がらないという意味で、「単極性」うつ病と記述されることがある。 現時点では、ヨーロッパで行われた疫学的研究から、世界の人口の概ね8.5%がうつ病性障害であろうと示唆されている。特定の年齢の集団がうつ病から免除されることはなさそうである。母親から分離された生後6ヶ月の乳児にもうつ病が出現したという研究報告がある。 うつ病性障害(depressive disorder)はプライマリ・ケアや総合病院の現場でも頻繁に見られるが、見逃されることも多い。未認知のうつ病性障害は回復が遅れたり、身体的疾患の予後を悪化させる可能性があるため、すべての医師がこの状態を認識することができ、軽症な症例を治療し、専門的治療の必要な患者を見分けることができるようになることが重要である。 下記のようなサブタイプ(下位分類)や経過の特定用語(修飾語)が、診断学的に使用されている: 非定型うつ病(atypical depression)は気分の反応性(パラドキシカルなアンヘドニア[無快楽症])とポジティブさ、著明な体重増加や食欲増進(むちゃ食い)、過剰な睡眠や眠気(過眠症)、鉛様麻痺として知られる四肢の重さの感覚、対人関係において拒絶されるという認識に対する過敏性の結果としての重大な社会的障害、などによって特徴づけられる。このサブタイプを評価判定する難しさのために、その意義や有病率には疑問も呈されている。 メランコリー型うつ病(melancholic depression)は、ほとんどまたはすべての活動における喜びの喪失(アンヘドニア)、楽しい刺激に対する反応性の欠如、死別や喪失体験よりも質的に深い気分の落ち込み、午前中の症状悪化、早朝覚醒、精神運動遅延、極度の体重減少(拒食症とは区別される)、あるいは過剰な自責感などによって特徴づけられる。 精神病性大うつ病(psychotic major depression)/精神病性うつ病(psychotic depression)は、大うつ病エピソードの用語で、とくにメランコリー型の性質を持つ患者にみられ、妄想、あるいは(頻度はより少ないが)幻覚など、精神病性の症候を伴うものである。これらは多くの場合、気分に調和した(抑うつ的なテーマに符合した内容の)ものである。 緊張病性うつ病(catatonic depression)は、大うつ病のまれな重症の型で、運動性の行動やその他の症状の欠如を伴う。このタイプの人は無言でほとんど昏迷様で、動けないか、あるいは無目的な、あるいは奇妙な動きを呈することもある。緊張病性の症候は、統合失調症や躁病エピソードにも出現することもあり、また悪性症候群に起因する場合もある。 産後うつ病/産後抑うつ(postpartum depression)はDSM-IV-TRで経過の特定用語としてリストされている。そこでは、出産後の女性に現れる、強くて持続的な、時に無能力化させるうつ状態を指している。10〜15%の女性に影響する産後のうつ状態は、典型的には分娩後3か月以内に発症し、長ければ3か月持続する。女性にとって出産後はじめの数週間に短期間、疲れや悲しみの気分を経験することは非常に多いが、産後うつ病は、家庭や仕事、学校で重大な困難や機能障害、例えば家族や配偶者、友人との関係が困難になることや、新生児との絆に問題が生じることさえもあり得るという点で異なる。気分障害の既往歴や家族歴のある女性は特に産後うつ病になるリスクが高い。母乳哺育中の産後の大うつ病やその他の単極性のうつ病の女性の治療においては、治療薬としてはノルトリプチリン、パロキセチン、セルトラリンが一般的にはより望ましいとされている。なお、心理療法については、世界保健機関 (2015) が、認知行動療法を活かした産後うつ病に対する心理療法マニュアルを提供している。また、出産前教育の場で、妊婦に直接産後うつ病の具体的知識と相談窓口を提供することにより、産後うつ病の早期治療と早期受診が可能になるとされる。加えて、母親のメンタルヘルス支援における産後うつ病スクリーニングの実施や、保健師・精神科医・心理士などの他職種連携、専門職者の研修会開催なども大切であるとされる。さらに、産後うつ病の予防にむけた介入も必要であり、予防のための支援システムの構築と効果的な予防方法(ストレスマネジメント教育、夫や家族からのサポートを強化するための介入、産後うつ病に対する情報提供と心理的支援、有酸素運動、パートナーとのコミュニケーション改善に向けたコミュニケーションスキル向上ワーク、親同士の話し合い、感情表出、などの有効性が示唆されている)の確立が求められている。 季節性感情障害(seasonal affective disorder)は「冬季うつ病(winter depression)」や"winter blues"といった名でも知られる特定用語である。一部の患者は季節的なパターンを呈し、うつ病性エピソードが秋または冬に来て、春には解消する。もし2回以上のエピソードが寒冷期に起こり、2年またはそれ以上の期間にわたって寒冷期以外に起こらなければ、季節性感情障害と診断される。よく高緯度の地域に住む人々は冬季に日光を浴びる量が少なく、そのために季節性感情障害の頻度が高いという仮説が提唱されるが、この主張を裏付ける疫学的な根拠は強くない(また、冬季に人の目に届く日光の量は、緯度のみにより規定されるわけではない)。また季節性感情障害は若年者に多く、一般的には男性より女性に多くみられる。 気分変調症(dysthymia)/気分変調性障害(dysthymic disorder)は、同様の身体的・認知的問題が明らかであるという点で単極性うつ病に似ているが、うつの深さはそれほど重症でない。しかし、うつ病よりもうつ状態が長期に持続する傾向がある(通常2年以上)病態である。気分変調症の治療は、抗うつ薬による薬物療法や精神療法を含め、おおまかには大うつ病の治療と同じである。 二重うつ病(double depression)は、2年以上続く一定の抑うつ気分(気分変調症)の期間中に、大うつ病の期間が挿入されるものと定義される。 特定不能のうつ病性障害(depressive disorder not otherwise specified, DD-NOS)は、他の公式に特定された診断に当てはまらないものの障害を呈するうつ病性障害である。DSM-IVによれば、DD-NOSは「特定の障害の基準を満たさないうつ病性障害」を含む。ここには下記にリストされた反復性短期抑うつ障害や小うつ病性障害の研究用診断(試案)が含まれる。 抑うつ性パーソナリティ障害(depressive personality disorder)は、抑うつ的な特徴を持つパーソナリティ障害を意味する、議論の多い精神科診断である。抑うつ性パーソナリティ障害はもともとDSM-IIに含まれていたが、DSM-IIIやDSM-III-Rでは取り除かれた。最近、診断に復帰させることが再検討されている。抑うつ性パーソナリティ障害はDSM-IV-TRの付録Bで、今後の研究の価値があるとして記載されている。 反復性短期抑うつ障害/反復性短期うつ病性障害(recurrent brief depressive disorder)は、主に持続期間の違いから大うつ病性障害と区別される。反復性短期抑うつ障害では、ひと月に1回程度、それぞれは2週間に満たず典型的には2-3日以下の抑うつエピソードを呈する。反復性短期抑うつ障害の診断は、少なくとも1年のスパンでエピソードが出現し、女性の場合は月経周期と独立している必要がある。臨床的うつ病の患者がその後、反復性短期抑うつ障害になることもあれば、逆の場合もあり、双方の疾患には類似のリスクがある。 小うつ病性障害(minor depressive disorder)あるいは小うつ病は、大うつ病の基準を完全には満たさないものの、少なくとも2つの症候が2週間存在するものをいう。
※この「うつ病性障害」の解説は、「気分障害」の解説の一部です。
「うつ病性障害」を含む「気分障害」の記事については、「気分障害」の概要を参照ください。
- うつ病性障害のページへのリンク