顔
『水経注』「渭水」3 工匠の魯班が、水神である忖留に「水中から出て来い」と言うが、忖留は「私は姿が醜い。あなたは物の形を上手に描く人だから、出て行くわけにはいかない」と答える。そこで魯班が腕を組んで見せると、忖留は安心して顔を出した。魯班はすばやく足で地面に忖留の姿を描き、それに気づいた忖留は、すぐまた水中に没した。
『太平記』巻39「神功皇后新羅を攻めたまふ事」 阿度部(あとべ)の磯良という神は、久しく海底に棲んでいたため、身体に貝や蟲の取りついた奇怪な容貌になり、これを恥じていた。しかし神功皇后の勅請によって、地上に姿を現した。神功皇后は阿度部の磯良を使者として龍宮城へ派遣し、干珠・満珠を借り出した→〔玉(珠)〕3。
*一言主神は容姿が醜いため、昼間は隠れ、夜だけ現れた→〔橋〕5の『俊頼髄脳』。
★2.醜貌の男。
『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』 上州佐野の大百姓次郎左衛門は醜いあばた面だったが、吉原を見物して、花魁道中をする八ツ橋の美しさに心を奪われる。しかし八ツ橋には愛人がおり、次郎左衛門は満座の中で八ツ橋から愛想づかしをされる。恨んだ次郎左衛門は、八ツ橋以下大勢を斬り殺す。
『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユゴー) 醜い顔に背骨の曲がった姿のカジモドは、司祭フロロに育てられ、ノートル=ダム大聖堂の鐘つき男になった。カジモドは、美しいジプシー娘エスメラルダに思いを寄せる。しかしエスメラルダはフェビュス大尉を恋し、その恋は実らぬまま、彼女は無実の罪を着せられて絞首刑になった。カジモドは死体棄て場へ行き、エスメラルダの身体を抱いて死んで行く→〔骨〕8b。
*ディズニー・アニメ『ノートルダムの鐘』(トゥルースデイル他)では、カジモドもエスメラルダも死なない。エスメラルダはフェビュス大尉と結ばれ、カジモドは2人を祝福する。
『マーティ』(マン) 精肉店で働くマーティは34歳。醜男の彼はデートの相手もなく、結婚を半ばあきらめて、母と2人で暮していた。マーティはダンスホールで、29歳の高校教師クララと知り合う。彼女も不美人で、踊る相手がいない。マーティはすっかりクララを気に入るが、母は「35か40くらいじゃないの?」とか「大学出の女は商売女と紙一重だ」などと言う。友人たちは「イモだ」と酷評する。しかしマーティは、敢然としてクララをデートに誘う。
*醜い顔を仮面で隠す→〔面〕1bの『オペラ座の怪人』(ルルー)
『大岡政談』「小間物屋彦兵衛之伝」 小間物屋彦兵衛は強盗殺人の濡れ衣を着せられ、拷問に耐えかねて「自分がやった」と言ってしまう。大岡越前守は不審を感じ、牢内で病死した別の罪人の顔の皮を剥いで、彦兵衛として獄門にかける。後に真犯人がつかまり、彦兵衛は無事に赦免される。
『恐怖の谷』(ドイル)第1部 秘密結社スコウラーズに追われるエドワーズは(*→〔合言葉〕2)、「ダグラス」と変名して身を隠す。しかしある夜、暗殺者が彼に襲いかかった。エドワーズと暗殺者が格闘するうち、暗殺者の持つ散弾銃が暴発する。暗殺者は顔面に散弾を浴びて倒れ、誰の顔か識別できなくなった。エドワーズは自分の衣服を死体に着せて、殺人現場を立ち退く。「エドワーズの死体」があれば、もうスコウラーズに追われる心配はないのだ。
*首を切断して、死体の身元をわからなくする物語もある→〔首のない人〕1~3。
『史記』「刺客列伝」第26 晋の予譲は、主君・智伯の敵(かたき)である趙襄子を暗殺しようと、つけねらった。そのため予譲は、身体に漆を塗って癩病者をよそおい、また、炭を飲んで唖になり、顔を見分けのつかぬように変えた〔*『戦国策』第18「趙(1)」225では、さらにあごひげをなくし眉をけずり顔を傷つけた、とする〕。
『南総里見八犬伝』肇輯巻之2第4回 神余光弘は山下定包の陰謀によって討たれた。神余光弘の家来・金碗八郎は、主君の仇を討つために、予譲の故事にならい、顔にも身体にも漆を塗り、瘡だらけの皮膚となって正体を隠した〔*金碗八郎は里見義実と協力して山下定包を討った〕。
『夏の夜の夢』(シェイクスピア)第2~3幕 妖精の妃タイタニアは、眠っている間に瞼に恋の3色スミレの花の汁を注がれる。いたずら者の小妖精パックが、機屋のボトムの頭をろばに変えてしまい、タイタニアは、目覚めて最初に見たろば頭のボトムに恋い焦がれる。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第8話 トカゲ姿の守護妖精が、農夫の娘レンゾッラを美しく育て上げ、王様と結婚させる。ところがレンゾッラに感謝の気持ちがなかったため、妖精はレンゾッラを呪い、顔を山羊に変えてしまう〔*レンゾッラは悔い改め、妖精の接吻によりもとの顔にもどる〕。
*象の頭を持つ神→〔象〕4a。
*獅子の頭に人間の身体→〔契約〕1の『バーガヴァタ・プラーナ』。
★5.死顔。
『源氏物語』「御法」 8月14日の暁に、紫の上は臨終を迎えた。夕霧は、かつて野分の折にかいま見た紫の上の姿(*→〔のぞき見〕5)を、ふたたび拝する機会は今以外にないと思い、人々の騒ぎにまぎれて几帳を引き上げ大殿油をかかげて、紫の上の死顔に見入った。顔の色はたいそう白く、光るようであった。
『死顔の出来事』(川端康成) 妻が死に、「彼」は旅から帰る。死顔が苦しそうにこわばっているので、「彼」は妻の唇を閉じ、額をこすって、表情を和らげてやる。妻の母が部屋に入って来て、「あなたが帰ったので、死顔が安らかに変わった」と言って泣く。
『水滸伝』第24~26回 蒸し団子売り武大が胸の病で死んだと言うので、納棺を行なう役人・何九叔が、おおいの布をとって武大の死顔を検(あらた)める。その顔色はどす黒く、目・鼻・口から血がにじみ出て、唇には歯形がついていた。「毒にやられて死んだ身体だ」と、何九叔は思った→〔骨〕6b。
『異苑』巻1-3 1人の老婆が涙を流して泣いていたが、見ると、顔に孔竅(=目・耳・鼻・口)がないのっぺらぼうだった。男が刀を抜いて老婆を追いかけると、老婆は紫色の虹のようなものに変じ、長く弧を描いて上空に消えた。
『荘子』「応帝王篇」第7 中央の帝渾沌が、南海の帝シュクと北海の帝忽をもてなした。シュクと忽は、「人間は誰にも7竅(=目・耳・鼻・口)があるが、渾沌にはそれがない。歓待の礼に7竅を作ってやろう」と相談し、1日に1つずつ穴をあけた。7日たつと、渾沌は死んだ。
*枕が、のっぺらぼうの妖怪に化す→〔枕〕7の『太平広記』巻368所引『集異記』。
*のっぺらぼうに2度出会う→〔坂〕1bの「むじな」(小泉八雲『怪談』)。
『顔の取り替え』(アイヌの昔話) 若い娘である「わたし」は、年老いたおばさんに連れられ、嫁入り先へむけて旅をする。道中で一晩寝ると、おばさんは、美しい「わたし」の顔になっており、「わたし」は、しわだらけのおばさんの顔になっていた。おばさんは、「わたし」の夫となるべき人と結婚式をあげ、寝室へ入る。しばらくすると夫が「これは若い娘ではない」と怒って、とび出して来る。夫は刀を抜き、逃げるおばさんの首を切り落とす。「わたし」はもとの美しい顔に戻り、夫は「わたし」を抱きしめた。
『宝物集』(七巻本)巻6 唐土に美貌の僧がいた。僧坊で寝ていると、夢に恐ろしげな魔王が現れて、「汝の顔を我にくれよ」と言う。僧は思わず「承知しました」と答えてしまう。目覚めて見ると僧は、夢に見た魔王の顔になっていた。人々が僧の顔を見て恐れたので、僧は人にまじわることなく、1つの伽藍にこもって諸法の空なることを悟った。
『宇治拾遺物語』巻9-8 目鼻を一所に取り寄せたような醜貌の若者が、「天下の美男子」と称して、長者の娘の婿になる。婿は素顔を見られぬよう、夜のみ通う。ある夜、婿の仲間が鬼に扮して天井へ上がり(*→〔呼びかけ〕5)、「この家の娘は、わしが目をつけていたのだ。お前が婿になるとは、けしからん。お前の美貌を吸い取ってやる」と言う。婿は顔をかかえて「あらあら」と悲鳴をあげ、その後に素顔を皆に見せる。皆は、「婿は美貌を奪い取られ、鬼の顔になってしまったのだ」と信じる。
『人面の大岩』(ホーソーン) 少年アーネストが住む村から、何マイルも離れた高山の山腹に、巨大な人面の形状をした岩が見えた。「いつの日か、その時代の最も偉大な人物たるべき運命を持った子供が生まれ、成長すれば人面岩そっくりの顔になる」との言い伝えが、村にはあった。アーネストは、偉大な人物の出現を何十年も待ち続け、白髪の老人になった。ある日、村人たちは、夕日に照らされたアーネストの顔を見て、「人面岩そっくりだ」と気づく。しかしアーネストは、彼よりももっと思慮深く、もっと人面岩に似た人物がやがて現れることを念じて、家路についた。
★10.絵の名手が、妻の顔に絵の具を塗って、美しく描きかえようと試みる。
『金岡』(狂言) 高名な絵師・金岡が、内裏の美しい上臈を見て恋焦がれる。金岡の妻が「あなたは絵師だから、私の顔の上に、その上臈の美貌を描けばよい」と提案する。金岡は、妻の顔に紅(べに)おしろいを塗り、美しい顔を描こうと試みるがうまくいかず、「下地は黒き山烏。何と絵どれど、狐の化けたに異ならず」と言って、妻を突き倒し、逃げて行く。妻は「やるまいぞ、やるまいぞ」と後を追う。
*顔と同じ種類の言葉
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