各国の奴隷制度が廃止された年代
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「奴隷制度廃止運動」の記事における「各国の奴隷制度が廃止された年代」の解説
各国の奴隷制度が廃止された年代を下記に記す。 ポルトガル:1761年、ポルトガル本国とポルトガル領インドで廃止(アフリカの植民地は1836年) スウェーデン、フィンランドを含む:1335年廃止(「キリスト教徒の両親によって生まれた奴隷」(事実上、本土では全員)。サン・バルテルミー島植民地では1813年。国によって自由を買われた奴隷は1847年) イングランドおよびウェールズ:サマーセット事件の結果として1772年廃止。法的な拘束力は限られていた。 スコットランド:ウェダーバーン事件の結果として1776年廃止。 バーモント州:アメリカ独立戦争中に造られたバーモント共和国が1777年7月8日に廃止。 ハイチ:1781年8月に50万人近い奴隷が一斉に蜂起、1794年廃止。 サヴォイア公国:1792年廃止、フランスの占領軍による。 アッパー・カナダ:1793年、反奴隷制度法で廃止(この法は奴隷を解放はせず、その時の奴隷の子が25歳になれば自由になるとした)。 フランス(1回目):1794年-1802年廃止。全ての植民地を含む(ただし、イギリスに占領されていた植民地では廃止されなかった) ローワー・カナダ:1803年廃止。首席判事であったウィリアム・オズグッドが奴隷制度はイギリスの法では成立しないと声明。これで多くの奴隷が解放されたが、イギリス帝国が廃止した1834年まで奴隷状態で残った者もいた) ナポリ王国:1806年廃止、フランスの占領軍による。 スペイン:1808年廃止、フランスの占領軍による。 チリ:1811年部分的廃止、1823年、奴隷状態で残っていた全部と「チリの国土で奴隷とされた者すべて」。 アルゼンチン:1813年廃止 グラン・コロンビア(エクアドル、コロンビア、パナマおよびベネズエラ):ハイチのアレクサンドル・ペション大統領の意向を受けたシモン・ボリーバルのアンゴストゥーラ勅令により、ベネズエラでは1819年に最初の段階的奴隷制廃止(新たに生まれる奴隷の子の自由)が宣言され、コロンビアではククタにて1821年段階的廃止が決議された。しかし、完全廃止を求めたボリーバルの意向にも関わらず、大土地所有者や奴隷主の抵抗のため、最終的な奴隷制廃止はコロンビアは1853年、ベネズエラは1854年にまで遅れた。 中央アメリカ連邦共和国(今日のグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアおよびコスタリカ):1824年廃止 メキシコ:1829年廃止。しかし、アングロ・サクソンが独立を宣言したテキサスでは、テキサス共和国の独立後の1836年に奴隷制が復活。 イギリス帝国:1833年廃止、全ての植民地を含む(1834年8月1日から有効。東インドでは1838年8月1日。奴隷制度はイングランドで1772年に違法とされた。1807年奴隷貿易が廃止され帝国海軍はそれを監視する任務を負った。これはイギリス人が当事者でなくでも同じだった。 モーリシャス:1835年2月1日、イギリス政府による。この日は祝日となっている。 プロイセン王国:1805年から1811年にほぼ廃止、1848年に全廃 オーストリア:1848年廃止 デンマーク:1848年廃止、全ての植民地を含む フランス(2回目):1848年廃止、全ての植民地を含む ペルー:1851年廃止 ハンガリー:1853年廃止 モルダビア:1855年廃止 ワラキア: 1856年廃止 ロシア:1861年農奴解放、アレクサンドル2世の時2千万人を解放。 オランダ:1863年廃止、全ての植民地を含む。しかし1940年までアフリカからの年季奉公は存続。 ルーマニア:1864年廃止 アメリカ合衆国:1865年廃止、南北戦争後(1777年から1864年の間に廃止した州もある) プエルトリコ:1873年廃止、およびキューバ:1880年廃止(どちらも当時はスペイン領) オスマン帝国:1876年廃止。1908年まで女性の奴隷が売買された。 日本:1872年廃止。マリア・ルス号事件のあおりを受けて発令された、芸娼妓解放令の布告にて「娼妓芸妓ハ人身ノ権利ヲ失フ者ニテ牛馬ニ異ナラス」とした。このため「牛馬切りほどき令」とも。 ブラジル:1888年廃止。アメリカ大陸では最後。「黄金法」に基づき摂政皇女イザベルがブラジル帝国内に存在するすべての形態の奴隷制度を廃止。 李氏朝鮮:1894年廃止(世襲奴隷は1886年に終了) マダガスカル:1896年廃止 ザンジバル:1897年廃止(奴隷貿易は1873年廃止) 中国:1910年廃止 ネパール:1921年廃止 実際には現在も世襲的な債務奴隷が存在する スーダン:公式には1924年廃止、実際には今日も継続 イラン:1928年廃止 ミャンマー:1929年廃止 モロッコ:1930年代に奴隷制度を禁止 エチオピア:1936年廃止、イタリアの占領軍による。第二次世界大戦中の1942年にエチオピアが独立を回復した後、皇帝ハイレ・セラシエは奴隷制度を復活させなかった。 カタール:1952年廃止 チベット:1959年廃止、中華人民共和国の命令による サウジアラビア:1962年廃止 イエメン:1962年廃止 アラブ首長国連邦:1963年廃止 オマーン:1970年廃止 モーリタニア:1980年7月(1905年にフランスにより公式に廃止。暗黙のうちに1961年の新憲法で、およびその年の10月に国際連合加入の時に表明、現実には存在。2007年8月に犯罪となった。 ニジェール:2003年廃止。フランスの植民地時代に奴隷市場は閉鎖されたが、2003年に奴隷制度が違法となった。
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