交信途絶・帰還
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 01:00 UTC 版)
「はやぶさ (探査機)」の記事における「交信途絶・帰還」の解説
(時刻はすべてJST) 2005年11月28日:通信が途絶した。 11月29日:LGAによる低速度通信が回復した。 12月2日:再びRCSの使用を試みたが、小さな推力が観測されただけであった。 12月3日:スピン軸が太陽方向に対して30度ずれていることが確認された。緊急時の対処として、イオンエンジンの推進剤であるキセノンガスを中和器から直接噴射する事で姿勢制御を行う事にした。運用ソフトウェアの作成を開始した。 12月4日:運用ソフトウェアが完成し、キセノンガスの直接噴射による姿勢制御を試みた。姿勢制御に成功した。 12月4日:姿勢が修正されたため、MGAによる256 bpsの通信が回復した。2回目のタッチダウンに関わるデータが送信され始めた。 12月7日:受信データ解析の結果、11月26日の着陸シーケンス中に弾丸発射中止のコマンドが見つかり、サンプリング用弾丸は発射されていなかった可能性が高くなった。成功と発表されていた着陸が、失敗に終わっていた可能性が高いと修正し発表された。 12月8日:機体はみそすり運動を始め、キセノンガスを使っても姿勢を回復できなかった。以前に漏れていた燃料が気化して噴出した可能性が考えられたが、原因は特定されていない。通信が途絶した。 12月14日:地球への帰還予定は2010年6月に延期することが発表された。 2006年1月23日:はやぶさからのLGAによる低速度通信の電波がかろうじて受信された。 1月26日:「1ビット通信」によって状況が次第に明らかになった。12月8日の姿勢制御喪失後、太陽電池パネルからの発電量が低下し、一旦は電源供給が失われた。リチウムイオン充電池は11セルすべてが放電し切った状態であり、その内の4セルは過放電によって充電能力を失っていた。また、RCSの推進剤は、11月のトラブルで燃料をほとんどを失っていたが、さらに酸化剤も12月以降のトラブルで失われていた。イオンエンジン用のキセノンガスは、トラブル前の圧力を保っていて、残量は42 - 44kgと推定された。回転を止めるためにまだ稼動するz軸のリアクション・ホイールが使用され、さらに中和器からのキセノンガス噴射が行われた。 2月25日:自転数が緩和されたことで、LGAによる8 bpsでのテレメトリーデータの受信が可能となった。 3月4日:おおよその姿勢制御に成功し、MGAによる32 bpsでのテレメトリーデータの受信が可能になった。 3月6日:3か月ぶりに位置や速度が特定され、地球からは3億3,000万km、イトカワからはその公転方向に1万3,000kmの所を秒速3メートルで離れつつあることが明らかになった。 3 - 4月:構体内部へ漏洩し滞留している可能性がある燃料などを追い出すために、ベーキング作業を行った。 5月31日:イオンエンジンBとDの起動試験に成功した。 7月:姿勢制御に使用していたキセノンガスの消費量を抑えるため、太陽光圧を利用(ソーラーセイルと同じ原理)したスピン安定状態での運用に切り替えた。 7 - 9月:採取試料容器を地球帰還カプセルに格納する作業には、リチウムイオン充電池の電力が必要であるため、使用可能なセルに充電をはじめた。9月に充電を完了し、以降は充電状態を維持した。 2007年1月17日:採取試料容器を地球帰還カプセルに格納する作業をはじめた。翌18日未明に格納作業の完了を確認した。 4月20日:スラスタBとDによる2基の同時運転からスラスタDによる単独運転に変更された。 4月25日:地球帰還にそなえて巡航運転を開始した。巡航運転に先立ち、姿勢制御プログラムの書き換えを行った。 7月28日:スラスタCのイオンエンジンが推力を生んだ。スラスタDを温存のため停止してCの単独運転に切り換えた。 10月18日:復路の第1期軌道変換が完了した。イオンエンジンおよびリアクション・ホイール (RW) を停止し、太陽指向スピン安定モードに入った。ここまでのイオンエンジン稼働時間は、往路・復路あわせて延べ31,000時間、軌道変換量は1,700 m/s に達する。復路の軌道変換量は残り400 m/s である。 2008年2月28日:3回目の遠日点を通過した(1.63天文単位)。 2009年2月4日:リアクション・ホイールを駆動し、イオンエンジン(スラスタD)を用いて動力飛行(復路第2期軌道変換)を開始した。 8月13日8時30分:イオンエンジンを停止し、セーフホールドモードへ移行しているのが発見された。原因は宇宙放射線による姿勢監視装置のシングル・イベント・アップセット (SEU) と推定された。軌道は少し変更されるが地球帰還に問題はなかった。遠日点付近であるため、電力事情が改善されるまでは太陽指向スピン安定制御による慣性飛行で運用された。 9月10日:遠日点を通過した。 9月26日:イオンエンジンを使用して動力飛行を再開した。 11月4日:1基のイオンエンジン(スラスタD)が中和器の劣化によって自動停止した。 11月11日:打ち上げ後から予備機として使用していなかったスラスタAの中和器と、2007年4月から使用停止していたスラスタBのイオン源を使用する複合モード運用をはじめた。 12月27日:イオンエンジンを停止し、VLBI観測によって精密な軌道を同定した(2010年1月1日まで)。 2010年1月13日:地球の引力圏内を通過することが確実になった。 2月26日:月よりも内側(約31万km)を通過する軌道に入った。 3月5日:対地高度約16万kmを通過する軌道に入った。イオンエンジンを一旦停止し、軌道の精密測定を実施した。 3月20日:対地高度約4.6万kmを通過する軌道に入った。 3月27日:復路第2期軌道変換を終了した。地心距離約2万km(高度約1万4,000km)を通過する軌道に入った。 4月4日:地球外縁部への精密誘導を実施した(TCM-0、4月6日まで)。 5月1日:精密誘導に伴う補正のために減速して到着時間を調整した(TCM-1、5月4日まで)。 5月12日:スタートラッカーが地球と月を捉えた。 5月23日:地球外縁部(高度約630 km)への精密誘導のため、接線加速と太陽方向への加速を実施した(TCM-2、5月27日まで)。 6月2日:オーストラリア政府が同国内ウーメラ立入制限区域 (Woomera Prohibited Area, WPA) へのカプセル落下を許可した。 6月3日:地球外縁部からウーメラ立入制限区域への誘導目標変更のため、軌道補正を実施した(TCM-3、6月5日まで)。 6月9日:落下予測範囲を狭めるため、さらに詳細な誘導を実施した(TCM-4、12時30分 - 15時)。この軌道修正で、6月13日23時頃に南オーストラリア州にあるウーメラ立入制限区域の東西100kmほどの地域内に落下することが確実となった。同区域を通過するスチュアート・ハイウェイは13日22時から0時まで通行止めとされた。この時点で地球までの距離は約190万kmだった。 6月13日15時6分:ハワイ島のすばる望遠鏡がはやぶさの撮影に成功。地球までの距離は約17万km。 19時51分:カプセルの切り離しを行った。地球までの距離は約7万km。 22時02分頃:地球を撮影。 22時27分頃:内之浦局に地球の写真を送信中に水平線の向こう側に入り通信途絶。 はやぶさはカプセルを分離した後、最後に地球を撮影するミッションを行った。イトカワの観測終了後、カメラとその保温ヒーター電源は長時間切られたままで健全性が不明だった。また、カプセル分離まではそれに適した姿勢に保つ必要があり、分離機構が不調の場合にはカメラを地球に向けての写真撮影はできないと思われていた。しかし、カプセルの切り離しに順調に成功したため、カプセル取り付け面に対して側面にある広角カメラ (ONC-W2)を地球方向に向くよう姿勢を変更した。カプセル分離の反動でふらつく機体の姿勢を、イオンエンジンの推進剤の直接噴出と1基だけ残ったリアクションホイール (RW-Z) によって立て直し、2時間かけて機体を回転させた。そして13日22時2分頃までに地球を5 - 6枚撮影し、データを地上に送信した。そのほとんどは真っ暗なものでしかなかったが、送信の最中に通信が途絶して写真の下部が欠けていた最後の1枚の写真が、ぎりぎりで地球の姿を捉えていた。 2003年5月9日の打ち上げから7年。姿勢制御用のリアクションホイールは3基中2基、化学燃料スラスタはすべて故障。バッテリは放電しきっているため、太陽電池パネルが太陽方向から逸れると即座に電源断となる状態。故障したスラスタ同士を繋いで復活させたイオンエンジンもいつ止まるかわからず、搭載されたコンピュータすらビット反転を起こし始めているという、まさに満身創痍の帰還であった。実際に使用されることはなかったが、最後のリアクションホイールが故障した場合の対策も用意されていた。
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