ジャンルの歴史とは? わかりやすく解説

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ジャンルの歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/27 06:24 UTC 版)

歴史小説」の記事における「ジャンルの歴史」の解説

戦争文学」も参照 歴史小説出来以前にもウィリアム・シェイクスピアジョン王 (シェイクスピア)』『リチャード二世』『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』『ヘンリー六世 第1部』『ヘンリー六世 第2部』『ヘンリー六世 第3部』『リチャード三世 (シェイクスピア)『ヘンリー八世』フリードリヒ・フォン・シラーヴァレンシュタイン三部作ドイツ語版英語版)』(1799年)などがいた。 19世紀初頭スコットランド小説家ウォルター・スコットイギリス文学のみならず西洋文学における歴史小説先駆者である。1814年発表された『ウェイヴァリー英語版)』に続く一連の作品多く模倣者生み出し歴史小説という新しジャンル確立した19世紀前半におけるヨーロッパの歴史小説ブームの背景には、フランス革命後民主化の進む社会において、一般市民居場所のある新し歴史観求められていたからとする説もある。 そうした一群作家には、エドワード・ブルワー=リットンポンペイ最後の日』(1834年イギリス)、ニコライ・ゴーゴリ隊長ブーリバ』(1835年ロシア)、アレクサンドル・プーシキン大尉の娘』(1836年ロシア)、アレクサンドル・デュマ・ペールボルジア家風雲録』(1839年)『王妃マルゴ』(1845年フランス)、チャールズ・ディケンズ二都物語』(1859年イギリス)、ギュスターヴ・フローベールサランボー』(1862年フランス)、ジョージ・エリオット『ロモラ(英語版)』(1862年イギリス)、レフ・トルストイセヴァストポリ物語英語版)』(1855年『戦争と平和』1869年)『ハジ・ムラート(英語版)』(1912年ロシア)、ヴィクトル・ユーゴー九十三年』(1873年フランス)といった錚々たる大作家が含まれている。イギリスにおいては歴史小説その後ひとたび停滞するが、1880年代に再びその勢い取り戻したフェデリコ・デ・ロベルト副王たち(イタリア語版フランス語版)』(1894年)『至上イタリア語版)』(1929年イタリア)、ヨーゼフ・ロートラデツキー行進曲』(1932年オーストリア)、シュテファン・ツヴァイクマリー・アントワネット英語版)』(1933年オーストリア)、ハインリヒ・マンアンリ四世の青春ドイツ語版)』(1935年ドイツ)、サマセット・モーム『昔も今も』(1946年イギリス)、トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫英語版)』(1958年イタリア)などが発表された。ヘンリク・シェンキェヴィチクォ・ヴァディス』(1896年ポーランド)、イヴォ・アンドリッチドリナの橋』(1945年ユーゴスラビア)は、ノーベル文学賞受賞した南米からはエウクリデス・ダ・クーニャ(ポルトガル語版英語版)『奥地ポルトガル語版英語版)』(1902年ブラジル)、C・L・R・ジェームズ『ブラック・ジャコバン(英語版)』(1938年トリニダード・トバゴ)、マリオ・バルガス・リョサ世界終末戦争スペイン語版英語版)』(1981年ペルー)が発表されアレホ・カルペンティエルこの世王国英語版)』(1949年キューバ)はラテンアメリカ文学ブーム」をもたらしたアフリカ文学では、ウォーレ・ショインカ死と王の先導者』(1959年ナイジェリア)、グギ・ワ・ジオンゴ泣くな、わが子よ英語版)』(1964年ケニア)、ペペテラマヨンベ』(1980年アンゴラ)、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ半分のぼった黄色太陽英語版)』(2007年ナイジェリア)が各国戦争等を題材としている。ジョン・ブライリー遠い夜明け』(1987年アメリカ合衆国)は、スティーヴ・ビコ暗殺描きリチャード・アッテンボロー映画化した

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ジャンルの歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 00:58 UTC 版)

ルリタニアン・ロマンス」の記事における「ジャンルの歴史」の解説

架空王国王族についてのロマンチックな物語は、例えロバート・ルイス・スティーブンソンオットー王子(1885)などが一般的だったアンソニー・ホープの『ゼンダ城の虜』(1894年)が人気になるとステレオタイプ確立し、ジョージ・バー・マカッチョンのグラウスターク (1901-27)やフランシス・ホジソン・バーネットの『失われた王子』(1915)、エドガー・ライス・バロウズの『ルータ王国の危機』(1914)、等といった類似作書かれた 。 1938-39年の『タンタンの冒険 オトカル王の杖』はロマンス要素無くしたが、シルダビアの王を捨て陰謀企てる冒険である。文学評論家のジョン・サザーランドは、エリック・アンブラー1939年小説ディミトリオス仮面』でルリタニアロマンスを「最高の状態」に持ち込んだと言う。アンブラーの最初の小説、『ダークフロンティア』(1936)は、架空バルカン諸国イクサニアを舞台にした。 このジャンル作品広く模倣されパロディにもされた。ジョージ・バーナード・ショーの『腕と男』(1894)はルリタニアロマンス多く要素パロディにした。ドロシー・セイヤーズの『彼のカーケースを持って』(1932年)は、王室祖先への愚かな信念のために騙され殺される王族描いている。マルクス兄弟映画我輩はカモである』(1933年)は、破産した国家フレックスニアを舞台にしている。アンタル・ゼルブのオリバー7世(1943)は、自分対すクーデター企て、普通の人の生活を体験するためにヴェネツィア逃げ架空中央ヨーロッパ国家君主描いている。同様にチャーリー・チャップリンの『ニューヨークの王様』(1957)は、イゴール・シャードフ王が東ヨーロッパの国エストロビアの革命によって打倒されニューヨーク亡命することから始まる。風刺轟音立てたネズミ』(1955年)では、グランドフェンウィック公国は、アメリカの援助を得るための策略として米国宣戦布告することによって破産避けようとする。ウラジーミル・ナボコフの『青白い炎』(1962)では、語り手は、ソ連支援受けた革命ロマンチックに脱出した「遠い北の土地」のお忍びの王であるという妄想持っている映画『大競走』(1965年)は、ラリードライバーフェイト教授(ジャック・レモン)がカルパニアの小さな王国皇太子瓜二つ容貌であるという話である。このジャンル人気20世紀中盤以降低下した文学的嗜好変化とは別に、ルリタニアロマンスにおける王室主義要素は、現実世界東欧において王政国家消えたことにより記憶から薄れていった。ジャンル多く要素は、ファンタジー世界、特にマナーファンタジーと代替歴史ものに移植された。 SF作家アンドレ・ノートンは、1934年ルリタニアものの小説王子命令』で初め成功収めた。 「ルリタニア」はもともと現代の国を呼んでいたが、この考え歴史小説での使用適応された。このサブジャンルは、ジェニファー・ブレイクの『ロイヤル誘惑』とその続編『ロイヤル・パッション』のようなヒストリカルロマンスである。どちらも19世紀設定されバルカン半島架空の国ロルフ王子(後の王)と彼の息子ロデリック王子それぞれ登場する

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