行列
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/16 13:37 UTC 版)
行列の演算
基本演算
加法
二つの行列は、それが同じ型を持つならば互いに加えることができ、この算法を行列の加法、演算の結果を和と言う[15]。異なる型の行列に対しては和は定義されない。つまり、m 行 n 列の行列同士の和を、成分ごとの和
行列の積の模式図 詳細は「行列の乗法」を参照行列の積を初めて定義したのはケイリーである。行列の積は狭い意味での二項演算(即ち、台とする集合 X に対して X × X → X なる写像を定めるもの)ではない。l × m 行列 A と m × n 行列 B の積は l × n 行列となり、C = A B の (i, j) 成分 ci j は、
で与えられる[16]。
例えば、
である。
- 行列の積は可換でない
- 即ち一般にはとなることが両辺が定義される場合 (l = n) であっても起こり得る。さらに m = n(= l) のとき、つまり両辺が正方行列同士の積であれば両辺とも定義されるが、その場合でも一般には両者は異なる[16]。
正方行列に関して行列の乗法は特別な役割を持つ。環 R 上の正方行列全体 Rn×n は行列の加法と乗法に関して、ふたたび環を成すのである。環 R が単位的(つまり単位元 1 を持つ)ならば、単位行列
は行列の積に関する単位元となり、環 Rn×n もまた単位的となる。しかし、n > 1 のとき、この環は(基礎環 R が可換環であっても)可換環でない。
行列が区分行列に分解されるとき、そのような行列の積は、それらのブロックが適当なサイズならば、ブロック成分ごとに積を計算することができる。例えば
である。ここで E2 は二次の単位行列、右辺の 0 は全ての成分が 0R(基礎環 R の零元)であるような適当なサイズの行列である。
転置
詳細は「転置行列」を参照m × n 行列 A = [ai j] の転置とは n × m 行列 tA = [aj i], 即ち
である[18]。これはもとの行列の各列を各行に持つ行列であり、主対角成分 a1 1, a2 2, … に関して折り返したものになっている。
転置行列は以下の計算規則に従う[18]:
行列式
詳細は「行列式」を参照n × n 行列 A = [ai j] の行列式とは、
で定義される数である[19]。これは行列の固有値の積と一致し、det(En) = 1, det(A B) = det(A) det(B) などが成り立つ。
ランク
詳細は「行列の階数」を参照行列 A のランクまたは階数とは、この行列の列ベクトルの中で線型独立なものの最大個数であり、また 行ベクトルの中で線型独立なものの最大個数とも等しい[20]。あるいは A の表現する線型写像の像の次元と言っても同じである[21]。階数・退化次数の定理は、行列の核に階数を加えると、その行列の列の数に等しいことを述べるものである[22]。
トレース
詳細は「跡 (線型代数学)」を参照n × n 行列 A = [ai j] のトレースまたは跡とは、その対角線上にある成分の和
のことである[23]。これは tr(A B) = tr(B A) を満たし[23]、行列のトレースはその固有値の和に等しい。
内積とノルム
詳細は「行列ノルム」を参照K-加群としての Mm×n(K) はまた、行列の積 tA B のトレース
を内積に持つ。K = R のとき、これはユークリッドノルムを導き、Mm×n(R) は m n-次元ユークリッド空間 Km n になる。この内積空間において、対称行列全体の成す部分空間と歪対称行列全体の成す部分空間とは互いに直交する。即ち、A が対称, B が歪対称ならば ⟨A, B⟩ = 0 が成り立つ。同様に K = C の場合には、Mm×n(C) は
(ただし、上付きのバーは複素共軛)をエルミート内積として複素ユニタリ空間を成す(この内積をヒルベルト・シュミット内積と呼ぶ)。この内積はフロベニウスノルムを導き、Mm×n(C) はバナッハ空間となる。
その他の演算
差
任意の行列 B に対し、その成分をそれぞれの成分の加法逆元に全て取り換えた行列を −B と書けば、同じサイズの行列 A, B の和 A + (−B) を A − B と略記して差を定めることができる[注釈 3]。より強く、スカラー乗法が定義される場合には、特にスカラー (−1)-倍は (−1)B = −B を満たすのだから、和とスカラー倍を使って差を定義することもできる。
とすればよい.
べき乗
「冪乗#行列および線型作用素の冪」も参照n × n の正方行列 A に対して行列のべき乗は An (ここで n は実数) と書かれる[24]。
行列 A が対角化可能であれば、An = (P−1DP)n = P−1DnP として容易に計算できる。
ベクトルの二項積
v と w を n × 1 の列ベクトルとすると、v と w との間に行列の積は定義されないが、tv w および v tw は行列の積として定義することができる。前者は 1 × 1 行列であり、これをスカラーと解釈すれば、v と w との標準内積 ⟨v, w⟩ に他ならない。いっぽう後者は、階数 1 の n × n 行列で、v と w との二項積 v w あるいはテンソル積 v ⊗ w と呼ばれる。
行列の三項積
可換環 K 上の m × n 行列の全体 Mm×n(K) は加法とスカラー倍について K-加群を成すばかりでなく、その上の三項演算
を定義することができる。これと同様の方法で得られる三重線型な三項系(三項積)の一般論は、ジョルダン環あるいはリー環の理論とかかわりを持つ[25]。
定義されない演算
以下のような計算は定義されないため実行してはならない[26]。
注釈
- ^ 下線や二重下線などを付けることもあるが、これはタイプライター原稿で用いられた太字書体を指示する書式の名残[2]
- ^ OEDによれば、数学用語としての "matrix" の最初の用例は J. J. Sylvester in London, Edinb. & Dublin Philos. Mag. 37 (1850), p. 369: "We ‥commence‥ with an oblong arrangement of terms consisting, suppose, of m lines and n columns. This will not in itself represent a determinant, but is, as it were, a Matrix out of which we may form various systems of determinants by fixing upon a number p, and selecting at will p lines and p columns, the squares corresponding to which may be termed determinants of the pth order.
- ^ これは与えられた行列の全ての成分が加法逆元を持つ限りにおいて、加法のみから定められることに注意。特にスカラー乗法が(任意のスカラーと任意の行列に対する演算として)定義されている必要はない。従って、同じサイズの任意の行列に対する減法を定めるならば、例えば係数域が加法についてアーベル群であれば十分であるが、通例として行列の係数域は何らかの可換環と仮定するから、それには環の加法群構造を用いればよい
- ^ 正方行列でない行列に対して行列式を考える理論も存在する。これは C. E. Cullis により導入された。[27]
- ^ 普通はさらに一般線型群の閉集合となることも要求する。
- ^ "Not much of matrix theory carries over to infinite-dimensional spaces, and what does is not so useful, but it sometimes helps." [42]
- ^ "Empty Matrix: A matrix is empty if either its row or column dimension is zero",[43] "A matrix having at least one dimension equal to zero is called an empty matrix", [44]
出典
- ^ a b c d e 斎藤2017、21頁。
- ^ https://raksul.com/dictionary/underline/
- ^ Shen, Crossley & Lun 1999 cited by Bretscher 2005, p. 1
- ^ Needham, Joseph; Wang Ling (1959). Science and Civilisation in China. III. Cambridge: Cambridge University Press. p. 117. ISBN 9780521058018
- ^ Cayley 1889, pp. 475–496, vol. II.
- ^ Dieudonné 1978, p. 96, Vol. 1, Ch. III.
- ^ Merriam–Webster dictionary, Merriam–Webster 2009年4月20日閲覧。
- ^ The Collected Mathematical Papers of James Joseph Sylvester: 1837–1853, Paper 37, p. 247
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- ^ a b 斎藤2017、31頁。
- ^ 斎藤2017、89頁。
- ^ Brown 1991, Definition II.3.3.
- ^ Greub 1975, Section III.1.
- ^ Brown 1991, Theorem II.3.22.
- ^ a b 斎藤2017、34頁。
- ^ 斎藤2017、26頁。
- ^ http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~tnomura/EdAct/2010TKR.pdf
- ^ Stephen P. Boyd. “Crimes against Matrices” (pdf). 2013年3月2日閲覧。
- ^ 中神祥臣・柳井晴夫 著、『矩形行列の行列式』、丸善、2012年。ISBN 978-4-621-06508-2.
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- ^ Lang 2002, Chapter XIII.
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- ^ Reichl 2004, Section L.2.
- ^ Greub 1975, Section III.3.
- ^ Greub 1975, Section III.3.13.
- ^ Baker 2003, Def. 1.30.
- ^ Baker 2003, Theorem 1.2.
- ^ Artin 1991, Chapter 4.5.
- ^ Artin 1991, Theorem 4.5.13.
- ^ Rowen 2008, Example 19.2, p. 198.
- ^ Itõ 1987, "Matrix".
- ^ Halmos 1982, p. 23, Chapter 5.
- ^ Glossary, O-Matrix v6 User Guide.
- ^ MATLAB Data Structures
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