行列 歴史

行列

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/16 13:37 UTC 版)

歴史

線型方程式の解法における応用に関して、行列は長い歴史を持つ。紀元前10世紀から紀元前2世紀の間に書かれた中国の書物『九章算術』は連立方程式の解法に行列を用いた最初の例であるといわれ[3]、それには行列式の概念が含まれていた。1545年にイタリアの数学者ジェロラモ・カルダーノは『偉大なる術(アルス・マグナ)』を著し、この方法をヨーロッパに持ち込んだ。日本の関孝和は1683年に連立方程式の解法として同様に行列による方法を用いている[4]。ドイツのヨハン・デ・ウィットは1659年の著書 Elements of Curves において行列の変形について説明している。1700年から1710年にかけてドイツのライプニッツは50以上の異なる体系を用いて行列の使い方を発表した。クラメル有名な公式を生み出すのは1750年のことである。

行列論の初期においては、行列よりも行列式のほうに非常に重きが置かれており、行列式から離れて現代的な行列の概念と同種のものが浮き彫りにされるのは1858年、ケイリーの歴史的論文 Memoir on the theory of matrices(「行列論回想」)においてである[5][6]。用語 "matrix"(ラテン語で「生み出すもの」の意味の語に由来)[7]シルベスターが導入した。シルベスターは行列を、(今日小行列式と呼ばれる)もとの行列から一部の行や列を取り除いて得られる小行列の行列式として、たくさんの行列式を生じるものとして理解していた[注釈 2]。1851年の論文でシルベスターは

I have in previous papers defined a "Matrix" as a rectangular array of terms, out of which different systems of determinants may be engendered as from the womb of a common parent. (以前の論文で、項を矩形状に並べた配列として定義した "Matrix" は、そのうちで異なる行列式の体系を生み出す共通の親としての母体である。)

と説明している[8]。 行列式の研究はいくつかの流れから生じてきたものである[9]数論的な問題はガウスが二次形式(つまり、のような数式)の係数と三次元の線型写像を行列に結び付けたことに始まり、アイゼンシュタインがこれらの概念をさらに進めて、現代的な用語でいえば行列の積非可換であることなどを指摘した。コーシーは行列 の行列式として、多項式

(ここで ∏ は条件を満たす項の総乗を表す)の冪 a j
k
 
ajk で置き換えたものという定義を採用し、それを用いて行列式についての一般的な主張を証明した最初の人である。コーシーは1829年に、対称行列の固有値が全て実数であることも示している[10]ヤコビは、幾何学的変換の局所的あるいは無限小のレベルでの挙動を記述することができる関数行列式(後にシルベスターが「ヤコビ行列式」と呼んだ)の研究を行った。クロネッカーVorlesungen über die Theorie der Determinanten[11]ワイエルシュトラスZur Determinantentheorie[12] はともに1903年に出版された。前者は、それまでのコーシーの用いた公式のような具体的な手法とは反対に、行列式を公理的に扱ったものである。これを以って、行列式の概念がきっちりと確立されたと見なされている。

多くの定理は、初めて確立されたときには小さいサイズの行列に限った主張として示された。例えばケーリー=ハミルトンの定理は、ケイリーが先述の回想録において 2 × 2 行列に対して示し、ハミルトンが 4 × 4 行列に対して証明して、その後の1898年にフロベニウス双線型形式についての研究の過程で任意次元に拡張した。また、19世紀の終わりに、(ガウスの消去法として今日知られるものを特別の場合として含む)ガウス–ジョルダン消去法ジョルダン英語版が確立し、20世紀の初頭には行列は線型代数学の中心的役割を果たすようになった[13]。前世紀の超複素数系の分類にも行列の利用が部分的に貢献した。

ハイゼンベルクボルンジョルダンらによる行列力学の創始は、行または列の数が無限であるような行列の研究へ繋がるものであった[14]。後にフォン・ノイマンは、(大体無限次元のユークリッド空間にあたる)ヒルベルト空間上の線型作用素などの関数解析学的な概念をさらに推し進めることにより、量子力学の数学的基礎を提示した。


注釈

  1. ^ 下線や二重下線などを付けることもあるが、これはタイプライター原稿で用いられた太字書体を指示する書式の名残[2]
  2. ^ OEDによれば、数学用語としての "matrix" の最初の用例は J. J. Sylvester in London, Edinb. & Dublin Philos. Mag. 37 (1850), p. 369: "We ‥commence‥ with an oblong arrangement of terms consisting, suppose, of m lines and n columns. This will not in itself represent a determinant, but is, as it were, a Matrix out of which we may form various systems of determinants by fixing upon a number p, and selecting at will p lines and p columns, the squares corresponding to which may be termed determinants of the pth order.
  3. ^ これは与えられた行列の全ての成分が加法逆元を持つ限りにおいて、加法のみから定められることに注意。特にスカラー乗法が(任意のスカラーと任意の行列に対する演算として)定義されている必要はない。従って、同じサイズの任意の行列に対する減法を定めるならば、例えば係数域が加法についてアーベル群であれば十分であるが、通例として行列の係数域は何らかの可換環と仮定するから、それには環の加法群構造を用いればよい
  4. ^ 正方行列でない行列に対して行列式を考える理論も存在する。これは C. E. Cullis により導入された。[27]
  5. ^ 普通はさらに一般線型群の閉集合となることも要求する。
  6. ^ "Not much of matrix theory carries over to infinite-dimensional spaces, and what does is not so useful, but it sometimes helps." [42]
  7. ^ "Empty Matrix: A matrix is empty if either its row or column dimension is zero",[43] "A matrix having at least one dimension equal to zero is called an empty matrix", [44]

出典

  1. ^ a b c d e 斎藤2017、21頁。
  2. ^ https://raksul.com/dictionary/underline/
  3. ^ Shen, Crossley & Lun 1999 cited by Bretscher 2005, p. 1
  4. ^ Needham, Joseph; Wang Ling (1959). Science and Civilisation in China. III. Cambridge: Cambridge University Press. p. 117. ISBN 9780521058018. https://books.google.com/books?id=jfQ9E0u4pLAC&pg=PA117 
  5. ^ Cayley 1889, pp. 475–496, vol. II.
  6. ^ Dieudonné 1978, p. 96, Vol. 1, Ch. III.
  7. ^ Merriam–Webster dictionary, Merriam–Webster, http://www.merriam-webster.com/dictionary/matrix 2009年4月20日閲覧。 
  8. ^ The Collected Mathematical Papers of James Joseph Sylvester: 1837–1853, Paper 37, p. 247
  9. ^ Knobloch 1994.
  10. ^ Hawkins 1975.
  11. ^ Kronecker 1897.
  12. ^ Weierstrass 1915, pp. 271–286.
  13. ^ Bôcher 2004.
  14. ^ Mehra & Rechenberg 1987.
  15. ^ a b c d 斎藤2017、23頁。
  16. ^ a b 斎藤2017、24頁。
  17. ^ a b 斎藤2017、25頁。
  18. ^ a b 斎藤2017、31頁。
  19. ^ 斎藤2017、89頁。
  20. ^ Brown 1991, Definition II.3.3.
  21. ^ Greub 1975, Section III.1.
  22. ^ Brown 1991, Theorem II.3.22.
  23. ^ a b 斎藤2017、34頁。
  24. ^ 斎藤2017、26頁。
  25. ^ http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~tnomura/EdAct/2010TKR.pdf
  26. ^ Stephen P. Boyd. “Crimes against Matrices” (pdf). 2013年3月2日閲覧。
  27. ^ 中神祥臣・柳井晴夫 著、『矩形行列の行列式』、丸善、2012年。ISBN 978-4-621-06508-2.
  28. ^ Greub 1975, Section III.2.
  29. ^ Coburn 1955, Ch. V.
  30. ^ Lang 2002, Chapter XIII.
  31. ^ Lang 2002, XVII.1, p. 643.
  32. ^ Lang 2002, Proposition XIII.4.16.
  33. ^ Reichl 2004, Section L.2.
  34. ^ Greub 1975, Section III.3.
  35. ^ Greub 1975, Section III.3.13.
  36. ^ Baker 2003, Def. 1.30.
  37. ^ Baker 2003, Theorem 1.2.
  38. ^ Artin 1991, Chapter 4.5.
  39. ^ Artin 1991, Theorem 4.5.13.
  40. ^ Rowen 2008, Example 19.2, p. 198.
  41. ^ Itõ 1987, "Matrix".
  42. ^ Halmos 1982, p. 23, Chapter 5.
  43. ^ Glossary, O-Matrix v6 User Guide.
  44. ^ MATLAB Data Structures






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