だ【唾】
つ【▽唾】
つば【唾】
つ‐ばき【▽唾】
つわ〔つは〕【▽唾】
つ‐わき〔‐はき〕【▽唾】
読み方:つわき
⇒つばき
唾
『日本書紀』巻2・第9段一書第2 オホヤマツミノカミが娘2人を、ニニギノミコトに奉った。ニニギノミコトは、2人のうち妹のカムアタカシツヒメ(=コノハナノサクヤビメ)を召したが、姉のイハナガヒメは醜かったので、送り帰した。イハナガヒメは唾を吐いて、「この世の青人草(=人間)は、木の花のごとく、すぐに移ろい衰えるだろう」と呪った。これが、人間の短命の原因である。
『日本書紀』巻2・第10段一書第4 ヒコホホデミ(=ホノヲリ)は、失った鉤(つりばり)を兄ホノスセリに返す時、呪いの言葉を述べた後に唾を3度吐いて、鉤を与えた。
『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」 ギリシア地方に巨龍が現れた。司教ドナトゥスは、指で十字の印を作って龍につきつけ、さらに唾を龍の顎にはきかけてこれを殺した〔*同・109「聖ドナトゥス」には、猛毒の泉に棲む龍を、聖ドナトゥスが鞭でうち、唾を吐きかけて殺した、との類話がある。ただし、司教ドナトゥスと聖ドナトゥスとは別人、といわれる〕。
『幽明録』2「武帝のおでき」 漢の武帝が離宮の甘泉宮にいる時、仙女がしばしば降臨して一緒に碁を打った。武帝は力ずくで仙女を意に従わせようとしたが、仙女は武帝の顔に唾を吐きかけて逃げ、唾のあとはできものになった。武帝は仙女に詫び、仙女は温水で武帝の顔を洗ってくれた。
*唾を3度吐いて難を逃れる→〔風〕2dの狐の風(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)。
『今昔物語集』巻16-32 12月晦日(つごもり)の夜、生侍(なまさぶらひ)が一条堀川の橋を西へ渡る途中、向こうから多くの鬼が橋を渡って来るのに出会った。目一つの者、角の生えた者、たくさんの手を持つ者、一本足で踊る者などがいた。4~5人の鬼が生侍に唾を吐きかけ、そのため彼の姿は見えなくなってしまった→〔最初の人〕1。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第3章 ポリュイドスは、強制されてグラウコスに占術を教える。別れ際にポリュイドスは「私の口中に唾を吐け」とグラウコスに命ずる。言われたとおり唾を吐くと、グラウコスは占術を忘れてしまった。
『太平広記』巻400所収『述異記』 船に乗せてもらい酒食までねだった男が、皿に唾を吐き入れて去る。船頭は怒るが、皿中の唾は黄金に変わった。
★4.唾をつける。
『マルコによる福音書』第8章 イエスは盲人の両目に唾をつけ、両手をその上に当てて開眼させた。
唾液
唾液(だえき、saliva)は、唾液腺から口腔内に分泌される分泌液である。水、電解質、粘液、多くの種類の酵素からなる。ヒトでは、正常なら1日に1-1.5リットル程度(安静時唾液で700-800ミリリットル程度)分泌される[1]。成分の99.5%が水分であり、無機質と有機質が残りの約半分ずつを占める[2]。とくに病的に分泌量の多い場合、流涎症(りゅうぜんしょう)ということがある。
概要
デンプンをマルトース(麦芽糖)へと分解するアミラーゼ[3]を含む消化液[4]として知られる他、口腔粘膜の保護[4]や洗浄、殺菌、抗菌[5]、排泄[6]などの作用を行う。
また緩衝液[4]としてpHが急激に低下しないように働くことで、う蝕(虫歯)の予防も行っている。
スポーツなど運動すると唾液ムチンMUC5Bの濃度が高まり、口の渇きを防ぐ役割があるが唾を飲み込みにくくなる[7]。
空腹時に食物を見て、これを咀嚼した時、粘り気の少ない漿液性の唾液が大量分泌され、これにより食物は湿らされる。このことにより粉砕しやすくなり、食塊の形成や嚥下を容易にする。また、嘔吐の前兆として苦味のある唾液が大量分泌される。これは嘔吐物に水分を補給して排出しやすくするための働きと考えられる。
人体を傷つけたり、苦痛を与えたりせず組織の一部を採取できるため、遺伝子診断・検査に利用されることもある[8]。
構成成分
無機質
主要成分はNa+、K+、Ca2+、Cl-、HCO3-、無機リン酸であり、この他、Mg2+、亜硝酸イオン[9]やF-が含まれる[10]。
緩衝作用を持つもの
唾液に含まれる重炭酸塩やリン酸塩により、緩衝作用を持つ[11]。
有機物
殺菌・抗菌作用を持つもの
唾液に含まれる多くの物質により、殺菌・抗菌作用を持つ。
- リゾチーム[12]:大唾液腺・小唾液腺・歯肉溝浸出液・唾液中白血球より分泌される[13]。
- ラクトフェリン[14]:大唾液腺・小唾液腺より分泌される[13]。
- ヒスタチン[15]
- ペルオキシダーゼ[14]
- シアロペルオキシダーゼ:耳下腺・顎下腺より分泌される[16]。
- ミエロペルオキシダーゼ[14]:白血球由来[14]・歯肉溝より分泌される[16]。
- アグルチニン[17]
- ディフェンシン
- 免疫グロブリンIgA[14]
- 免疫グロブリンIgG
- 免疫グロブリンIgM
消化作用を持つもの
唾液に含まれる下記の消化酵素により、消化が行われる。ただし、唾液には蛋白質を分解する酵素は含まれていない。
反射(刺激)唾液
臭いや味覚刺激、口腔内の機械的刺激、温度刺激などによって反射性に分泌される唾液のことである。この反射唾液は脳幹部の支配を受けていると推測されているがなお不明な点が多い。また、反射唾液は加齢による影響を受けにくく、高齢者においても分泌能は良いとされている。
その他
プロリンリッチタンパク、スタセリン、シスタチン等が含まれる。
役割
- 消化
- プチアリン(ptyalin、唾液アミラーゼ)という消化酵素αアミラーゼを含み、デンプンをマルトースやデキストリンに加水分解を行う[19]。
- 口腔衛生・消毒
- 唾液によって食べかすが分解されるとともに[20]、分泌型免疫グロブリンやリゾチーム (殺菌性酵素) 等が含まれ細菌の増加を抑える。
- 多くの動物に傷を舐める行動が見られ、ある程度は殺菌成分があるものの消毒薬や抗菌薬などには劣り、口腔内細菌も含み微生物感染を起こす可能性があるため傷口を舐めるのは医療関係者は推奨していない[21]。
- 創傷治癒
- ヒスタチンは、抗菌作用を持つとともに、口の中の止血と傷の治りを早くする効果がある[22][23]。
- 保湿・嚥下の補助
- 口腔粘膜を潤し、食物を流体にして食物の嚥下を助ける[24]。
- その他
- 中華料理において燕の巣は食材として使われるが、アナツバメの通常とは異なる唾液から作られる。また赤いものもあるが、これは酸化発酵した結果で血が混ざったものではない[25]。
- ヘビ毒は、唾液を作る遺伝子が書き換わった結果生まれたものである[26]。へび以外にも唾液から変化した毒をもつ種は多く、爬虫類ではコモドオオトカゲ、哺乳類ではトガリネズミ、スローロリス、コウモリなどが確認されている[27]。
- 血を吸う蚊は、刺す前に感覚を麻痺させる唾液を注入する[28]。
- 人間は、唾液を利用して口噛み酒を製造する。
動物の唾液
- イヌなどの汗腺の少ない、もしくは他の汗腺を持たない動物(鳥や爬虫類など)では、汗腺を持つ動物が汗で体温調節を行うのと同様に唾液で体温調節を行っている[29]。(汗腺を持つ動物でもこの作用は持つ。)
- 牛は1日に約100リットルもの唾液を分泌する。
唾液関連の病気
- 唾液分泌量の変化
- 唾液過多症。流涎 - 分泌過多。妊娠時のつわり、胃もたれ、胃炎、胃潰瘍、口内炎などが原因であるが、原因不明の場合もある[30]。
- 口腔乾燥症(ドライマウス) - 分泌が少ない場合に起きる。人工唾液や唾液分泌促進剤が使われる[31]。ストレスや薬の副作用でなる場合がある[32]。
- シェーグレン症候群 - 唾液の分泌量が低下する。
- 感染
- 唾による飛沫感染、接触感染を起こす感染症がある[33]。そのため、感染を確認するサンプルとして唾液が利用される[34]。
- また、狂犬病などは、噛まれた際に付着した唾から感染する[35]。
- 結核の研究が進んでいなかった時代においては、 唾壺(だこ)、痰壺が公共の場に設置され唾吐きが推奨されたが、1940年代以降に感染についての研究と感染経路の知識拡散が進み、多くの国で唾吐きは禁止された。
日本語の用例
唾液は、日本語の話し言葉では唾(つば、つばき)や涎(よだれ、ゆだれ)とも言う。雅語の「つ」に「吐き」で「つばき」で、つばきの口頭語的な表現が「つば」である。また涎は、口から無意識のうちに外部へと流れ出てしまった唾液を指す。また乳児の首に掛けて涎を受け止める布を特によだれかけという[36]。
慣用句・比喩表現
- 涎を垂らす(涎が出る)…非常に欲しくてたまらない様子の形容である。
- 唾を付ける
- 眉唾物
- 手に唾する
- 天を仰いで唾する
- 唾棄
脚注
- ^ 阿部, p.204
- ^ 阿部, p.206
- ^ 石橋
- ^ a b c 阿部, p.210
- ^ 阿部, pp.211-213
- ^ 阿部, pp.210-211
- ^ “Why do football players spit so much?” (英語). www.sciencefocus.com. 2024年2月23日閲覧。
- ^ 「病気のリスク 遺伝子で検査/唾液で簡単、数万円程度」『日本経済新聞』夕刊2017年6月22日(2018年8月13日閲覧)。
- ^ 岡部昭二「唾液中の亜硝酸含量に関する基礎的調査研究 (和田俊二教授還暦記念論文集)」『彦根論叢』第162・163号・人文科学特集第29号合併、滋賀大学経済学会、1973年8月、165-185頁、ISSN 0387-5989、NAID 110004521143。
- ^ 阿部, pp.206-207
- ^ Edgar, et al. p.37
- ^ 阿部, pp.211-212
- ^ a b Edgar, et al. p.93
- ^ a b c d e 阿部, p.212
- ^ 阿部, p.213
- ^ a b Edgar, et al. p.94
- ^ 阿部, pp.212-213
- ^ Edgar, et al. p.94-95
- ^ 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,栄養・生化学辞典,日本大百科全書(ニッポニカ),世界大百科事典内言及, ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,精選版. “プチアリンとは”. コトバンク. 2022年8月31日閲覧。
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- ^ 阿部, p.211
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- ^ 佐藤62頁、64頁(小学館、91頁)
参考文献
- Michael Edgar, Colin Dawes, Denis O'Mullance 編『唾液 歯と口腔の健康』監訳:渡部茂 訳:稲葉大輔・王宝禮・香西克之・高橋信博・田隈泰信・廣瀬弥奈・光畑智恵子・本川渉・渡部茂(第2版)、医歯薬出版、東京都文京区、2008年6月10日(原著Aug. 2004)。ISBN 978-4-263-44266-1。 NCID BA86163126。
- 安孫子宜光・阿部公生・池尾隆・大塚吉兵衛・藤田厚 編『スタンダード生化学・口腔生化学』(第1版第1刷)学建書院、2003年3月30日。ISBN 4-7624-0633-3。
- 石橋一成「chapter4 代謝とその調節 A 糖質代謝-1 解糖系」『スタンダード生化学・口腔生化学』、50-51頁。
- 阿部公生「chapter10 唾液腺と唾液」『スタンダード生化学・口腔生化学』、202-213頁。
- 佐藤亮一『方言の地図』。
関連項目
- 歯学/歯科/生理学(口腔生理学)/生化学(口腔生化学)/解剖学(口腔解剖学)/細菌学(口腔細菌学)
- 口腔/歯/舌/唾液腺(顎下腺/耳下腺/舌下腺)
- 歯科医師/歯科衛生士/歯科技工士
- 日本口腔感染症学会/歯科衛生士
- 唾落とし
- パブロフの犬、イワン・パブロフ
- 唾液検査
- 唾液分泌検査
- 口唇閉鎖不全
外部リンク
唾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 10:03 UTC 版)
「サツキ (オランウータン)」の記事における「唾」の解説
サツキは唾を吐いて威嚇をする。交代したばかりの、見知らぬ飼育員へも唾をはいて威嚇した。また、記憶力も抜群で、一年に一回の健康診断の際に痛い注射をする獣医師を覚えていて、獣医師に出会うとしょっちゅう唾をはいた。 2009年、動物園にやってきたばかりの成獣のオス「ミミ」に対し、檻越しに唾を吐きかけて威嚇したり、また、お見合い当初、サツキは「ミミ」の寝室に突入し、「取っ組み合いの闘争」をした。排卵予定日のタイミングをみながら行った2回目のお見合いでも、一時は取っ組み合いがあったが、時間が経つと仲良くなり、以後は急速に親しくなったという。
※この「唾」の解説は、「サツキ (オランウータン)」の解説の一部です。
「唾」を含む「サツキ (オランウータン)」の記事については、「サツキ (オランウータン)」の概要を参照ください。
唾
唾
「唾」の例文・使い方・用例・文例
- どちらが眉唾ものですか。
- 唾をかける
- 考えただけで虫唾が走るわ。
- 彼はそのドラマを固唾を飲んで見つめた。
- 彼の唾の吐き方が我慢できない。
- 吐いた唾は飲めぬ。
- 大統領選挙で誰が勝つであろうかと、すべての人々が固唾を飲んで見守った。
- 唾液が多く出ます。
- 私は興奮して固唾をのんだ。
- その男が、自分は百万長者だとあのきれいな女の子にいったことはまるっきり眉唾だった。
- シンガポールでは道路に唾を吐くのは犯罪とされる。
- 唾液腺.
- 観客は固唾をのんで試合を見守った.
- ことの意外な成り行きにつぎには何が起こるかとみな固唾をのんだ.
- 彼は唾棄すべき卑劣な方法であの金を手に入れたのだ.
- それを見ただけで彼女の口に唾がたまった.
- 彼は唾を飛ばしながら喋り続けた.
- 彼は両手に唾をして, こすり合わせると鉄棒に飛びついた.
- 古本屋で珍しい本を見つけたので唾をつけておいた.
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