山内昌之の『現代の英雄』批判とは? わかりやすく解説

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山内昌之の『現代の英雄』批判

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 03:06 UTC 版)

現代の英雄」の記事における「山内昌之の『現代の英雄』批判」の解説

歴史学者山内昌之は、著書『ラディカル・ヒストリー』(1991年)で1章割きレフ・トルストイの『ハジ・ムラート』Хаджи-Мурат(1896年-1904年)と比較しながら、『現代の英雄』を批判している。『現代の英雄』に代表されるカフカース物」における地元民描写パターンが、読者たるロシア人に「未開カフカ―ス」という偏見植え付けひいてはロシアカフカ―ス征服正当化する意識確立貢献した、という論旨である。(尚、山内は「ロマン主義文学帝国主義との関連」として本件論ずるために、『現代の英雄』を「ロシア・ロマン主義作品」としているが、ロシア文学史では『現代の英雄』は「リアリズム写実主義作品」に分類される。) ロシアカフカース南下は、ピョートル大帝時代から断続的に始まっていたが、1768年-1774年露土戦争後のオスマン帝国凋落、およびイランペルシャ)の度重なる王朝交代による不安定化乗じて勢いをつけ、1801年には東グルジア(カルトリ・カヘティア王国)とアルメニア(バグラティド朝)を併合し(「ロシア帝国下のグルジア」も参照)、1828年トルコマーンチャーイ条約によりガージャール朝イランから東アルメニア割譲されるまでの間には、南カフカース(ザカフカージエ)地方の主要地域をほぼ併合していた。が、北カフカース征服は、山地ムスリム諸民族抵抗により、1785年のシャイフ・マンスール(英語版ロシア語版)によるガザヴァト(聖戦)から1859年イマーム国(英語版ロシア語版)(ロシア抵抗した北カフカース神政国家3代目イマーム・シャーミル(シャミール)の降伏まで、実に70年上の歳月要したのである。 ハジ・ムラート(?-1852年)は、そのカフカ―ス戦争の時代に生を享けアヴァール人で、イマーム国の優秀な軍司令官として対ロシア抵抗最前線戦ったが、人望地位奪われることを恐れたイマーム(君主シャミール彼の暗殺命じ、ハジ・ムラートは1851年11月ロシア投降ロシア領内軍人に匿われた。が、シャミールのもとで人質となっている家族救出すべく、1852年4月僅かな側近率いて故国へと向かうが、ロシア軍哨戒線を突破できずに悲劇的な最期遂げた。 『現代の英雄』の約60年後に、トルストイが彼をモデルとして8年歳月をかけて完成させた『ハジ・ムラート』では、主人公尊厳ある人間として畏敬を以て描かれる。そしてシャイフ・マンスール時代回想人質となった家族へ思い、ハジ・ムラートの部下(ムリード(弟子)(英語版ロシア語版))たちの忠実な献身、危険を承知でハジ・ムラートを匿い逃亡助けた村人など、「山の民」の美徳美徳として称えトルストイ筆致は彼らへの敬意共感忘れることは無い。「トルストイ偉大さは、…ロシア社会行き渡った伝統的なカフカース像に見られる偏見言説意識的に突き崩した点にある」。そしてトルストイロシアカフカース併合厳しく批判しているが、当時ロシア社会においてはこの考え少数派であった一方、『現代の英雄』では、カフカース諸民族(特にムスリム系)の信仰慣習冷笑するくだりが頻繁に登場する。『ベラ』には、オセット人カバルダ人、チェチェニア(チェチェン)人、チェルケス人タタール人グルジア人など数多く地元民族名が登場するが、彼らは「あれこれ脇役じみた登場人物としての役割しか与えられておらず、その「民族性」の描写は驚くほど陳腐である。 『ベラ』の冒頭で、聞き手「私」語り手マクシム・マクシームィチとは、グルジア軍道で、カフカース連峰を南から北へ山越えする時に出会う。牛を使って旅人山越えと荷運び手伝い日銭を稼ぐオセット人業者大勢いるのだが、M.M.は彼らを「およそ愚鈍なやつらですよ」と嘲笑し始める。「…なに一つとりえのない、どんな教育にも向かない連中です! せめて、これがカバルダ人とか、チェチェン人だったら、たとえ強盗や、素寒貧でも、そのかわり捨て身なところもあるのですが、こいつらときた日にゃ、武器をもちたいという気持すらまったくないのですからな。短剣一つ、満足なものはどこにも見当たりませんよ。やっぱりオセット人というのはね!」「まったく、こすい野郎どもだ! なんかっていうと、酒手ふんだくろうとして因縁をつけやがる」また冒頭では、「…このアジア人てやつはとてもこすい連中ですからね! …旅人から金をふんだくるのがお手のものときているんですからね…」と、オセット人アジア人すり替えられている。これはレールモントフオセット人抱いていた定型的イメージには違いないが、その社会的背景読者には示されず、「気の毒な連中ですね!」「およそ愚鈍なやつらですよ」だけで片付けられてしまう。 ベラ家族、そしてカズビッチが属すチェルケス人についても、M.M.は「このチェルケス人というのは、名うて泥棒人種じゃありませんか盗みたくなるよう出しっぱなしになっているものならふんだくずにはいられないという手合いですよ。いらない物だってなんだって、みんなかっぱらってしまうんです…」「早い話がチェルケス人どもはですね、婚礼とか葬式とかいうと、きび酒をがぶ飲みして、あげくのはてに、斬ったはったの騒ぎをはじめるんです。…」と講釈始める。そしてここでもチェルケス人アジア人いつの間にすり替えられ、「…こいつらアジア人というのは、いつもこうなんだ。きび酒がまわると、きまって、斬ったはっただ!」と特性拡大されている。ペチョーリンに至っては「おれのような、こんなやさしい亭主をもったら、野蛮未開なチェルケス女はしあわせになるにきまっている」そしてベラ父親返すべきだと忠告訪れた M.M.にも「もしもあんな野蛮人に娘を渡したら、それこそ娘は殺されるか、売りとばされしまいます」と悪びれずに語る。 主人公ペチョーリンの緻密な心理描写とは対照的に、『現代の英雄』の地元諸民族は、決して「生きた登場人物としては描かれていない未開野蛮人片付けられるか、せいぜい良くて「「高貴」な未開容貌、「オリエンタル」な雄弁情熱あふれる眼差し」などの大時代オリエンタリズム飾られるだけで、いづれにせよ、読者共感を呼ぶ精神人格存在しない。彼らは結局「チェルケス帽、カバルダ式パイプ、チェルケス製銀モールグルダ剣(ロシア語版)などが作品彩り添え小道具にすぎないのと同じく、たんに物語の「背景」にしかなっていない」のである。 また『運命論者』で、ロシア軍将校たちに「ムスリム迷信」と片付けられている「人間の運命天上しるされている」という説について「レールモントフ因果的運命決定けられる盲目法則に従って諦念のなかで生きるムスリム住民無気力ぶりを描くだけといってしまえば夭折した天才には酷にすぎるであろうか」と山内手厳しい。 更に山内注目するのが、トルストイ同じくハジ・ムラートを主人公として書かれた、モルドフツェフの凡作カフカース英雄』である。トルストイとは異なり主人公精神人格のある人間としては描写されず、「野蛮人」という表現繰り返され、死の場面動物以下の扱いで、「ある歴史的状況のなかで生き抜いた人間描写はついになされていない」のである凡作とは言え地方下層知識人には人気のあった大衆文学であり、斯かる歪んだカフカース像が再生産される背景には、レールモントフ以来一流作家含めた文筆家たちにより伝統的に繰り返され歪んだカフカ―ス像が存在するのである

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