偶然
『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」4・挿話10の4 「神通力を持つ」と嘘をついて長者宅に寄食する婆羅門が、「王の財宝を盗んだ盗賊を捕らえよ」と命ぜられる。婆羅門は嘘を悔い、「悪行をなした舌(ジフヴァー)よ」と独り言を言う。ところが、賊の一味であるジフヴァーという名の下女がこれを聞き、見破られたと思って、自ら罪を白状する→〔箱〕4b。
『ものしり博士』(グリム)KHM98 ものしり博士を詐称する百姓クレープスが妻とともに、殿様の屋敷に招かれて食事をご馳走になり、「泥棒に盗まれた金を取り戻して欲しい」と依頼される。最初の料理が運ばれた時、クレープスは妻に「これが1番目だ」と説明するが、実は給仕が泥棒だったので、給仕は「泥棒第1号」と指摘されたのだと思って恐れる。2番目・3番目・4番目の給仕も同様で、彼らはそろって罪を白状する→〔箱〕4b。
*偶然に、秘密の名前を言い当てる→〔名当て〕3の『ジャータカ』第380話。
『鼠経』(昔話) 坊さんが鼠の動きを見ながら、「おんちょろちょろ云々」というでたらめのお経を、婆さんに教える。婆さんがそのお経をあげている時に盗人が入るが、「おんちょろちょろ出て来られ候、おんちょろちょろ穴のぞき・・・・」という文句がたまたま盗人の行動とぴったり符合し、盗人は恐れて逃げる(熊本県天草市)。
*同志の隠れ家を問われ、でたらめを教えたら、偶然に同志の居場所を言い当ててしまった→〔嘘〕11の『壁』(サルトル)。
『三国志演義』第21回 曹操から「天下の英雄は貴公とわしじゃ」と言われ、劉備は「我が本心を悟られたか」と、手にしていた箸を思わず取り落とす。ちょうどその時雷鳴が轟いたので、劉備は「雷に恐れて箸を落とした」と言いつくろい、曹操もそれを信ずる。
★2.近代の小説は、事件の必然的な展開を重視するので、一般に、偶然のできごとを避ける傾向がある。しかし、次のような例もある。
『雁』(森鴎外) お玉が、無縁坂を毎日通る医学生岡田に言葉をかけようと決心した日、たまたま下宿の夕膳に、「僕」の嫌いな鯖の味噌煮が出る。そのため「僕」は岡田を誘って食事に出かける。岡田が「僕」と連れ立って来るので、お玉は声をかけることができず、しかも岡田は洋行の準備をすべく翌日下宿を出るので、お玉はついに岡田と語り合う機会を失う。
『小僧の神様』(志賀直哉) 貴族院議員Aが、秤(はかり)屋の小僧仙吉に寿司を御馳走する。仙吉はAを「神様か御稲荷様に違いない」と考え、Aが秤を買う時でたらめに記帳した番地を尋ねて行く。偶然にもそこは、小さな稲荷の祠がある番地だった〔*「作者は最初このように書こうとしたが、小僧に対し残酷な気がしたのでやめた」と小説は結ばれる〕。
*志賀直哉は、虚構と現実の奇妙な偶然の符合を体験している→〔物語〕8の『創作余談』。
★3.近代以前の物語では、偶然というより、神仏の不思議なはからい、として語られる。
『閑居の友』下-5 初瀬に参籠した貧女が、観音の夢告に従い、傍らに臥す女房の衣を盗む。貧女は、帰り道で出会った男の妻となって運命が開け、美濃国で裕福に暮らす。年月を経て夫とともに再び上京した女は、京に身寄りのないことを恥じ、適当な家を示して「ここが姉の家」とでたらめを言う。その家の女主人こそ、かつて貧女が衣を盗んだ女房であり、2人の女は観音の導きの不思議を語り合い、まことの姉妹となる〔*『沙石集』巻2-4などに類話〕。
『沙石集』巻10本-7 高野山の入道2人が、発心の契機となった出来事を語り合う。1人が「私は在俗時、貧窮ゆえに、通りかかりの女を殺して着物を奪ったのです」と告白すると、もう1人が「では、我が妻を殺したのは貴方でしたか」と奇縁を驚く。彼は言う。「愛妻の死がきっかけで、私は出家しました。思えば、貴方こそ私を仏道へ導いた人です。ともに故人の菩提を助け、修行に励みましょう」〔*『三人法師』(御伽草子)前半部に類話〕。
★4.深い縁のある人と偶然出会う。
『オリヴァー・トゥイスト』(ディケンズ) 盗賊の手下となった少年オリヴァーは、老紳士ブラウンローのポケットからハンカチを盗んだと疑われる。それが縁でオリヴァーはブラウンローの家に引き取られるが、偶然にもブラウンローはオリヴァーの亡父の親友だった。後にオリヴァーは、メイリー夫人の家へ盗みに入って負傷し、メイリー一家の世話を受けるが、その家の養女ローズは偶然にもオリヴァーの亡母の妹だった。
『戦争と平和』(トルストイ)第4部第3篇 老商人が殺人の濡れ衣を着せられ、笞刑を受け、鼻の孔を裂かれ、懲役に送られて10年以上がたつ。ある夜、囚人たちの集まりで老商人は自分の体験を語り、「わしはくよくよしない。これも神様の御心だ」と言う。その場に真犯人が居合わせ、彼は泣いて許しを請う〔*カラターエフが語る話。逆に、加害者が過去の悪事を語り、その場に被害者の家族が居合わせる物語については→〔過去〕2〕。
★5.仕組まれた偶然。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第12巻121ページ 波平と、旧知の須藤氏がレストランでバッタリ出会い、「奇遇だ」と言う。偶然そこへ、須藤氏の知人入江氏がタイ子を連れてやって来る。さらに、磯野家に下宿中の甥ノリスケが「オヤ、おじさんじゃありませんか」と言って現れ、波平は「おう、丁度いいところに来た」と言う。サザエがあきれて「旧式なお見合いね。あんまり偶然すぎるわよ」と言う。
『点と線』(松本清張) 1月14日夕刻、安田辰郎と料亭の女中2人が東京駅の13番ホームにいて、15番線に女中仲間のお時を目撃する。彼女は男と一緒に、博多行き特急に乗った。21日、九州でお時と男の死体が発見された。列車の発着が多い東京駅では、13番線から15番線を見通せるのは、1日のうちわずか4分間なので、三原警部補は「安田たちは、よくも偶然その時間にそこにいたものだ」と思うが、「本当に偶然だろうか?」との疑念を抱いた〔*それは、女中たちに「お時が心中の旅に出た」と思わせるよう、安田が仕組んだのだった〕→〔取り合わせ〕1b。
『明暗』(夏目漱石) 津田由雄は友達から、「ポアンカレーの説では、原因があまりに複雑すぎて見当がつかない時に『偶然』というのだ」と聞かされた。津田はそれを自分の身にあてはめて考えた。「あの女(=清子)は、どうして彼所(あすこ)へ嫁に行ったのだろう。彼所へ嫁に行くはずではなかったのに。そうして、この己(おれ)はどうしてあの女(=お延)と結婚したのだろう。あの女をもらおうとは思っていなかったのに。偶然? 複雑の極致? 何だかわからない」。
『自然現象と心の構造』(ユング/パウリ)第1章 共時性の問題は、1920年代の半ば以来、「私(ユング)」を悩ませてきた。その頃「私」は、普遍的無意識の現象を研究していたが、偶然の配置だとして説明できない組み合わせに、出くわし続けていた。「私」が発見したものは、あまりにも意味深く結びついているため、「偶然」一緒に起こったとはとても信じられない「偶然の一致」の事実である。「私」自身が体験した1つの出来事を述べよう→〔夢語り〕5。
★8.セレンディピティ。
「セレンディピティ」という語は、「偶然によって、予期せぬ発見をする才能」との意味で用いられている。しかし、そのもとになった寓話『セレンディッポの三人の王子』は、偶然ではなく、すぐれた推理力・洞察力を発揮して、3人の王子がさまざまなことがらを発見し、問題を解決する物語である→〔足跡〕10。
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