代理母出産の問題点など
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 17:15 UTC 版)
「代理母出産」の記事における「代理母出産の問題点など」の解説
代理母出産の論点については、日本産科婦人科学会の吉村泰典と諏訪マタニティークリニックの根津医師のそれぞれが見解を示しているほか、多くの学者による議論がなされている。 宗教的・文化的見地に基づく批判宗教的な見地より、人間に許される行為ではない、という批判がある。しかし「人間に許される範囲を超えている」という指摘は、内容は不明確であり、そもそも何が禁忌であり「人間に許されること」なのかを一義的に決定することは難しいのではないかという反論もある。 文化的な側面から、こと「あるがまま」を肯定する日本の風土において「科学で全てを解決する」というアメリカ的な科学至上主義を盲信する考え方に嫌悪を感じる者もいる。 そうした宗教的見地とは逆に、手段を選ばず血縁にこだわる価値観に対しても批判がある。 遺伝的見地に基づく問題点先天的に生殖器に異常があるために代理母出産を行った場合、その異常が子に遺伝して子が同じ苦しみを背負う可能性があり、生殖問題や不妊治療とは人によって自殺するほど深刻な問題である(不妊の影響)ことからすれば、このような子の苦しみを考慮しない親の利己的な行為であるとの批判もある。しかし、この批判は先天的に生殖器に異常がある者は産むべきでなく、生まれてくるべきでない、という優生学的な発想であるとの反論がされる。 また、生殖という生物における最も重要な機能の一つを科学の力で矯正させ続けた場合、種そのものの弱体化を招き、将来的には人類全体の存続に関わる問題になりかねないとして生殖医療を疑問視する見解もある。 契約上の問題点代理母出産契約は公序良俗に反し、契約として無効であるという指摘がある。また、上記のインドにおける事例で、インドの福祉団体がこれを人身売買であると糾弾し、出生した子を同団体で保護させるよう訴える、という事態も発生している。 平成17年5月20日大阪高裁判決においても、「代理出産は人をもっぱら生殖の手段として扱い、第三者に懐胎、分娩による危険を負わせるもので、人道上問題がある」としたうえで「公序良俗に反し無効」と判示している。 契約違反時の問題点代理母が子の引き渡しを拒否する事件が起きている(ベビーM事件)。この他、生まれた子が障害を持っていたために依頼元の父母が引き取りを拒否する事例も起きている。このような契約違反が行われたとき、国家が介入して法で救済すべきとも考えられるが、そのような強制力による救済は当事者を納得させることはできないという見解がある。救済とは損害賠償と強制執行をいうところ、子の代わりに金銭賠償では当事者は納得しないであろうし、強制的に生ませるということは人権の侵害であると考えられる。つまり国家が介入し強制しないにしても強制するにしても問題が発生するという指摘がなされている。 法的親子関係に関する問題点法律上、予定されていないため親子関係の確定方法が問題となる。最高裁判例によれば、「母子関係は分娩の事実により発生する」とし、代理母の子として扱われる。このため、代理母と子との間で相続上の問題が発生することが懸念されている。遺伝子上の親を実親として認めさせようという動きもあるが、生まれた子が依頼者・受託者双方と遺伝子上のつながりを持たないケース(上記1-4)があり、単純に遺伝子的なつながりのみで親子関係を確定することはできない。 家族関係に関する問題点代理母出産は家族関係を複雑にし、秩序が乱れるほか、複雑な家族関係の中で生まれるのは子の負担になる、という指摘がある。 しかし、養子制度や同性婚など、家族関係が現代では多様化しているのであって、その一形態と考えれば容認されるべきであるし、また、複雑な家庭関係の下に生まれる子を哀れむ、という意見は多様化された家族形態に対する差別的な意見であると反論されている。 また、夫以外の第三者の精子で人工授精する不妊治療(AID)で生まれた子の約4割は、事実を知らされる前に法律上の父親とは遺伝的なつながりがないと感じている、という研究結果がある。同様に代理母出産では、精子・卵子提供を受けたり、自然状態での出産と異なる経過をたどるため、子の成長にどのような精神的影響を与えるか未知数である。 性に関する問題点代理母出産を「女性を子供を産む機械として扱っている」として批判がある。また、途上国への「代理出産ツアー」といった事態も問題視されている。 海外では、同性のカップルが子どもを持つ方法として利用もある。こちらも、「女性の搾取」であり生命倫理を軽視したエゴイズムであると問題視され強い批判がある。インドではゲイの依頼による代理出産は禁止となり、代理母斡旋などレインボービジネスへの警戒も広がっている。 妊娠・出産に対するリスク に関する問題点先進国においても妊産婦死亡がゼロになっていないように、妊娠・出産には最悪の場合死亡に至るリスクがあり、また、死亡に至らずとも母体に大きな障害が発生する場合もある。そして、このようなリスクを軽視し、それらを代理母に負わせることに対する倫理面からの批判がある。なお、出産時に母体に障害が発生した場合について、代理母側に不利な条件での契約がなされていることもある。また、生殖医療に際しては医療ミスが懸念されるところである。1990年に夫の子どもを産もうと人工授精を行ったところ他人の子どもが生まれた事例がある。他にも2003年に不妊治療AIHを行ったところ、別の患者の夫の精液を注入するというミスが起こったことが発覚している。人間が扱うという以上、生命の始まりにおいてもミスは起こるということになる。 着床前診断に関する問題点受精卵を代理母の子宮に戻す前に、成功率向上の必要性などから、問題のある受精卵を排除するための着床前診断が行われている場合がある。また、妊娠時の羊水染色体検査が義務づけられており、障害がみつかった場合は強制的に中絶させられる場合もあり、優生学的思想であるという批判がある。さらに、障害児が生まれた場合、依頼者が受け取りを拒否する事件も起きている。 人種差別に関する問題点米国においては、代理母として同一人種・同一民族・同一国籍の女性を求める傾向があるため、(依頼人に多い)白人に需要があつまり、黒人女性が代理母をつとめる場合よりも白人女性が代理母をつとめる場合の方が契約金が高額である。代理母出産を批判するグループは、この現象が黒人差別を助長すると主張している。また、営利目的とも取られかねない金銭の授受そのものに対する批判がある。 この点につき、「差別を助長する可能性があること」と「差別が恒常的に発生していること」は別の問題であり、精密な社会調査を踏まえた実証的な研究を行わないまま可能性の問題を事実の問題にすり換えてしまうことがある、という指摘がある。 子の出自を知る権利に関する問題点生殖補助医療において第三者から精子もしくは卵子の提供を受ける場合、匿名性の原則が存在したが、子どもの出自を知る権利と相容れず、その調和が問題となる。匿名性の原則とは提供精子から生まれた子どもには、提供者に関する情報はいっさい公表しないということである。その原則の背景には、第一に生まれた子どもから養育の責任を問われないように提供者を保護すること、第二に提供者が自ら父であると名乗り出るなどの家族関係への介入を防ぐ、という理由が存在する。 しかし一方で子どもの出自を知る権利の重要性が存在する。すなわち第一に近親婚を防ぐ、第二に遺伝病を知る、第三に家族が秘密や匿名を守らなければならないことが、家族全員にとって有害な緊張関係をもたらす、といった要請である。 代理母出産においても精子提供等を受ける場合があるため、この権利がどこまで認められるべきか、問題となる。 死後懐胎子に関する問題点冷凍卵子や冷凍精子を用いて懐胎した場合(死後懐胎子)、親子関係や子の福祉の観点からの問題がある。 マイクロキメリズムに関する問題点マイクロキメリズムにより胎盤を通じて代理母の細胞が胎児の体内に入り込み、逆に胎児の細胞が代理母の体内に入り込む。これらの交換された他者由来の細胞は増殖し、数十年経過しても存在し続ける。このマイクロキメリズムによって交換された細胞がどのような影響を与えるのかは研究途上であり、悪影響がないかなど未解明な部分が多い。
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