一人二役
『ゼロの焦点』(松本清張) 東京の広告代理店に勤める鵜原憲一は、金沢出張所主任となり、1ヵ月のうち10日を東京で、20日を金沢で暮らす二重生活をした。鵜原は金沢では「曽根益三郎」という偽名を使い、田沼久子を内縁の妻として同棲した〔*鵜原憲一は元警官であり、彼は警官時代に知っていた元売春婦室田佐知子と、金沢で偶然出会った〕→〔過去〕6。
『昼顔』(ケッセル) 外科医ピエールの妻セヴリーヌは自らの情欲を満たすために、午後2時から5時までの3時間を、売春宿の娼婦「昼顔」として過ごす。その一方で彼女は夫を深く愛しており、夜は貞淑な妻となる。しかしある日、夫の友人ユッソンが、客としてセヴリーヌの前に現れる→〔身代わり〕8。
*廷臣と冥官の二重生活をする→〔冥府往還〕1の『江談抄』第3-39。
★1b.第一の人物を抹殺して、本来存在しない第二の人物になる。
『有明けの別れ』 左大臣家には、跡継ぎの男児がなかった。左大臣は1人娘を男装させ、さらに、その下に妹がいるかのように世間をあざむく。男装の姫君は右大将となり、妊娠中の女を見出して(*→〔隠れ身〕1)、名目上の妻(=対の上)とする。妻が男児を産んだので、左大臣家には、跡継ぎの孫が授かったことになる。その後、帝が右大将を女と見破って犯したため、右大将は自邸にこもり、「病死した」と公表して本来の女姿になる。彼女は「故・右大将の妹」と称して帝の女御になり、皇太子を産む〔*やがて皇太子は帝に、女御は女院になる〕。
『一人二役』(江戸川乱歩) 道楽者のTは、自分の細君が間男をする有様を見たいと考え、変装し仮想人物となって細君に接する。やがて細君が、Tよりも仮想人物の方に深い愛情を示すようになったので、Tは遠方に旅に出て、細君に絶縁状を送る。こうしてTは自分自身を葬り、以後は仮想人物になりきって細君と同棲する→〔嘘〕4。
『あなただけ今晩は』(ワイルダー) パリの裏町。ネスターは娼婦イルマのヒモであるが、変装して架空の人物・英国貴族「X卿」となり、1人2役を演ずる。イルマが「X卿」に「英国へ連れて行ってほしい」と請うので、ネスターは困り、「X卿」の衣服をセーヌ川に捨てて、「X卿」の存在を消す。そのためネスターは、「X卿」殺しの犯人として追われる。ネスターはもう1度「X卿」の扮装をして現れ、殺人事件などなかったことを警察に納得させる。
★2.一人の人間が人格の分裂を起こし、無意識のうちに二役を演ずる。
『サイコ』(ブロック) ノーマン・ベイツは20歳の時、母親を殺した。以後、ノーマンの心の中には「母親」が住みつき、彼は無意識のうちに「母親」と「息子」の1人2役を交互に演じるようになった。ノーマンは独身のまま40歳になり、ある夜、経営するモーテルに若い女が宿泊した。ノーマンの心の中の「母親」が目覚め、その女を殺した。
★3a.正義の味方は、ふだんの顔と悪者と戦う時と二つの顔を持つ。
『月光仮面』(桑田二郎) 地球上の水素と酸素をなくしてしまう強力なHO爆弾を、柳博士が開発する。どくろ仮面一味がHO爆弾を手に入れようと、柳博士を誘拐する。私立探偵祝十郎と、白覆面・白装束・白マントの月光仮面が交互に登場し、どくろ仮面一味と闘う。祝十郎と月光仮面が同時に現れることはない。どくろ仮面は、月光仮面にはかなわないと悟って拳銃自殺する。
『スーパーマン』(ドナー) スーパーマンは、普段は新聞記者クラーク・ケントとして生活している。
★3b.正義の味方が一人二役をしているように見えるが、実はそうではなかった。
『キャプテンKEN』(手塚治虫) 大勢の地球人が火星に移住して、モロ族と呼ばれる火星人たちと対立する。火星に住むマモル少年の家に、地球から水上ケンという少女がやって来る。同じ頃、キャプテンKENと名乗る少年が現れ、モロ族に襲われたマモル少年を救う。水上ケンとキャプテンKENはそっくりな顔をしているので、2人は同一人物ではないか(*→〔一人二役〕6)、と人々は疑う。実は2人は母子だった→〔時間旅行〕3a。
『毒もみのすきな署長さん』(宮沢賢治) 山椒の皮と木灰を混ぜて袋に入れ、川中でもみ出すと、毒が出て魚が死ぬ。この毒もみ漁法は違法なので、取り締まるために町の警察へ新任署長が来る。しかしまもなく、「署長自身が毒もみをしている」との噂が広がり、町長たちが詰問すると、署長はあっさり罪を認める。署長は処刑される時、「おれは毒もみが大好きだった。今度は地獄で毒もみをするかな」と言う。
『813』(ルブラン) ルノルマンは長年植民地の検察官を勤め、人間嫌いで1人暮らしをしていた。50代半ば以降、彼は能力を認められ、出世してパリの警視庁保安課長となった。総理大臣がルノルマンに怪盗ルパンの逮捕を命じ、ルノルマンの指揮の下、大勢の警官が、「セルニーヌ公爵」と名乗るルパンをつかまえる。しかしその時、皆は、ルパンとルノルマンが同一人物だったことを知る〔*「813」の意味については→〔暗号〕2の『813(続)』〕。
『怪人二十面相』(江戸川乱歩)「美術城」~「悪魔の知恵」 怪人二十面相が、伊豆の日下部老人の所持する雪舟・探幽などの名画をいただく、と予告する。日下部老人は、「田舎の警察では、二十面相にかなうまい。名探偵明智小五郎に警備を依頼しよう」と考える。二十面相はそれを見こして明智に変装し、伊豆を訪れる。日下部老人は、二十面相を明智と思いこんで屋敷内に入れ、名画をすべて奪われる。
*犯罪を裁く人とその犯人とが同一人物→〔犯人さがし〕2a・2b。
『ジキル博士とハイド氏』(スティーブンソン) 醜い小男ハイドは悪の権化で、路上で出会った少女を踏みつけたり、老紳士を殴り殺したりする。高名なジキル博士がハイドを保護するので、弁護士アタスンは「ジキルは、何か弱みをハイドに握られているのだろう」と推理する。実はジキルとハイドは同一人物であり、善悪の二重性格に苦しむジキルが、薬を用いて自分の中の悪を分離独立させ、ハイドに変身したのだった。
『月見座頭』(狂言) 名月の夜。野辺で虫の音を楽しむ盲目の座頭と、通りかかりの男が意気投合して、仲良く酒を飲んで別れる。その時、男はいたずら心から、戻って来て座頭を突きとばす。座頭はそれが同じ男とはわからず、「世の中には先程のような良い人もあれば、今のような悪い奴もある」と、ため息をつく。
*→〔物乞い〕7の『幻想』(ルヴェル)も、これに似た物語である。
*身体が善半身と悪半身に分かれる→〔半身〕1の『まっぷたつの子爵』(カルヴィーノ)。
★6.作者が「一人二役」の設定で物語を始めるが、途中から構想を変えて、「瓜二つの二人」とする。
『鉄腕アトム』(手塚治虫)「ZZZ総統の巻」 手塚治虫は、最初は「悪役のZZZ総統と、正義のリヨン大統領は、実は同一人物」という設定で雑誌連載を始めた。しかしそれではつまらないと思って、「双子」に変更した(*→〔双子〕1d)。『キャプテンKEN』の時も、キャプテンKENと水上ケンは1人2役のつもりで描いたが、読者がそれを見破り、「同じ人物だ」という投書がドッと来たので、シャクにさわり、2人は別人、というふうにスジを変えてしまった。
★7.一人の人物が、姿は別人に変装し、声は自分の声で話して、その場に二人いるかのように見せかける。
『オランダ靴の秘密』(クイーン) 看護婦プライスが、手術帽・マスク・白衣を用いて男性医師に変装し、左足をひきずって手術控え室に入る。病院職員たちは、足の悪いジャニー博士が、これから富豪ドーン夫人の手術をするのだ、と思う。プライスは彼女自身の声を、死角になって見えない場所にいる職員に聞かせる。そのため、ドーン夫人のベッドの傍には、ジャニーとプライスの2人がいたと見なされる。プライスはドーン夫人を針金で絞殺したが、職員たちは「ジャニー(あるいは彼に変装した何者か)の犯行だ」と解釈する。
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