行列 行列の概要

行列

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/16 13:37 UTC 版)

概要

行・列

横に並んだ一筋を(row)、縦に並んだ一筋を(column)と呼ぶ。

例えば、下記のような行列

は2つの行と3つの列によって構成されているため、(2,3)型または2×3型の行列と呼ばれる。

成分

書き並べられた要素は行列の成分と呼ばれ、行列の第 i 行目、j 列目の成分を特に行列の (i, j) 成分と言う。行列の (i, j) 成分はふつう ai j のように二つの添字を単に横並びに書くが、誤解を避けるために添字の間にコンマを入れることもある。また略式的に、行列 A(i, j) 成分を指定するのに Ai j という記法を用いることもある。

和・積

行列の和は、行の数と列の数が同じ行列において、成分ごとの計算によって与えられる。

行列の積の計算はもっと複雑で、2つの行列がかけ合わせられるためには、積の左因子の列の数と右因子の行の数が一致していなければならない。

行列の応用

一次変換

行列の応用として代表的なものは一次変換の表現で、これは f (x) = 4x のような一次関数を一般化したものである。例えば、三次元空間におけるベクトル回転は一次変換にあたり、R回転行列v が空間の点の位置を表す列ベクトル(1 列しかない行列)であるとき、それらの積 Rv は回転後の点の位置を表す列ベクトルを表現している。また 2つの行列の積は、2つの一次変換の合成を表現するものとなる。

線型方程式系

また、その他の応用としては、線型方程式系の解法が挙げられる。行列が正方行列であるとき、そのいくつかの性質は、行列式を計算することによって知ることができる。例えば、正方行列において、行列式の値が非零となることは、それが正則であるための必要十分条件である。固有値と固有ベクトルは一次変換の幾何学に対する洞察を与える。

科学

行列の応用は科学的な分野の大半に及ぶ。

特に物理学において行列は、古典力学光学電磁気学量子力学などにおける様々な物理現象のモデル化と研究に利用される。

運動学ロボット工学では座標変換姿勢制御などに行列が使われる。特に同次座標英語版変換のため、2次元の座標変換では3×3行列が、3次元の座標変換では4×4行列が使われることが多い。コンピュータグラフィックスにも応用されている(後述)。

確率論統計学確率行列において行列は確率の組を表現するのに用いられ、例えば、これはGoogle検索におけるページランクアルゴリズムで使われている。

行列の微積分英語版は、古典的な解析学における微分指数関数の概念を高次元へ一般化するものである。

経済学では経済上の関係のシステムを説明するのに行列が用いられる。

アルゴリズム

行列計算の効率的なアルゴリズムの研究は数値解析における主要な分野であり、これは何世紀にもわたるもので、今日でも研究領域が広がっている。

行列の分解は、理論的にも実用的にも計算を簡単化するもので、そのアルゴリズムは正方行列対角行列などといった行列の特定の構造に合わせて仕立てられており、有限要素法やそのほかの計算を効率的に処理させる。

惑星運動論や原子論では無限次行列が現れる。

無限次行列の簡単な例としては、関数のテイラー級数に対して作用する微分作用素を表す行列がある。

素朴な定義

記法

行列は数または数を表わす文字から成る要素 (英: element) を矩形状に書き並べて、大きな丸括弧(あるいは角括弧)で括った形に書かれる。ここで文字送りの方向(横)の並びを (英: row) といい、行送りの方向(縦)の並びを (英: column) と呼ぶ[1]。例えば

は 2 つの行と 3 つの列を持つ行列である。行列自身は、ふつうはアルファベットの大文字イタリック(しばしば太字[注釈 1])で表し、その要素は対応する小文字に二つの添字を付けたもので表す(略式的に行列を表す大文字に添字を付けたものを用いることもあるが、その場合小行列の記号と紛らわしい)。つまり一般の mn 列の行列を

のように書く。

成分

書き並べられた要素は行列の成分 (英: entry, component) と呼ばれる[1]。成分が取り得る値は(さまざまな対象を想定できるが)大抵の場合はあるまたは可換環 K の元であり、このとき K 上の行列 (英: matrix over K) という。特に、K実数全体の成す体 R であるとき実行列と呼び、複素数全体の成す体 C のとき複素行列と呼ぶ。

一つの成分を特定するには、二つの添字が必要である。行列の第 i 行目、j 列目の成分を特に行列の (i, j) 成分と呼ぶ[1]。例えば上記行列 A(1, 2) 成分は a1 2 である。行列の (i, j) 成分はふつう ai j のように二つの添字を単に横並びに書くが、誤解を避けるために添字の間にコンマを入れることもある。例えば 111 列目の成分を a1,11 と書いてよい。また略式的には、行列 A(i, j) 成分を指定するのに Ai j という記法を用いることがある。この場合、例えば積(後述)A B(i, j) 成分を (A B)i j と指定したりできるので、これで記述の簡素化を図れる場合もある。

行列に含まれる行の数が m, 列の数が n である時に、その行列を mn 列行列や m × n 行列、m n 行列などと呼ぶ[1]。行列を構成する行の数と列の数の対を (英: type) あるいはサイズという。したがって mn 列行列のことを (m, n) 型行列などと呼ぶこともある[1]K 上の m × n 行列の全体は Km×n, Km,nMat(m, n; K), Mm×n(K) などで表される。

1つの列を持つ行列を列ベクトル、1つの行をもつ行列を行ベクトルと呼ぶ。例えば行列

に対して、[a1 1
a2 1
] , [a1 2
a2 2
]
はその列ベクトル、[a1 1a1 2], [a2 1a2 2] はその行ベクトルである。

行と列の数が同じである行列は正方行列と呼ばれる。無限の行または列をもつ行列を無限次行列と呼ぶ。プログラミングにおいて行または列を持たない行列を考えると便利となることがしばしばあるが、このような行列を空行列と呼ぶ。

名前 説明
行ベクトル 1 × n 1つの行を持つ行列。ベクトルを表すのに使われることがある。
列ベクトル n × 1 1つの列を持つ行列。ベクトルを表すのに使われることがある。
正方行列 n × n 行と列の数が同じである行列。鏡映回転せん断のようなベクトル空間線形変換を表すのに使われることがある。

注釈

  1. ^ 下線や二重下線などを付けることもあるが、これはタイプライター原稿で用いられた太字書体を指示する書式の名残[2]
  2. ^ OEDによれば、数学用語としての "matrix" の最初の用例は J. J. Sylvester in London, Edinb. & Dublin Philos. Mag. 37 (1850), p. 369: "We ‥commence‥ with an oblong arrangement of terms consisting, suppose, of m lines and n columns. This will not in itself represent a determinant, but is, as it were, a Matrix out of which we may form various systems of determinants by fixing upon a number p, and selecting at will p lines and p columns, the squares corresponding to which may be termed determinants of the pth order.
  3. ^ これは与えられた行列の全ての成分が加法逆元を持つ限りにおいて、加法のみから定められることに注意。特にスカラー乗法が(任意のスカラーと任意の行列に対する演算として)定義されている必要はない。従って、同じサイズの任意の行列に対する減法を定めるならば、例えば係数域が加法についてアーベル群であれば十分であるが、通例として行列の係数域は何らかの可換環と仮定するから、それには環の加法群構造を用いればよい
  4. ^ 正方行列でない行列に対して行列式を考える理論も存在する。これは C. E. Cullis により導入された。[27]
  5. ^ 普通はさらに一般線型群の閉集合となることも要求する。
  6. ^ "Not much of matrix theory carries over to infinite-dimensional spaces, and what does is not so useful, but it sometimes helps." [42]
  7. ^ "Empty Matrix: A matrix is empty if either its row or column dimension is zero",[43] "A matrix having at least one dimension equal to zero is called an empty matrix", [44]

出典

  1. ^ a b c d e 斎藤2017、21頁。
  2. ^ https://raksul.com/dictionary/underline/
  3. ^ Shen, Crossley & Lun 1999 cited by Bretscher 2005, p. 1
  4. ^ Needham, Joseph; Wang Ling (1959). Science and Civilisation in China. III. Cambridge: Cambridge University Press. p. 117. ISBN 9780521058018. https://books.google.com/books?id=jfQ9E0u4pLAC&pg=PA117 
  5. ^ Cayley 1889, pp. 475–496, vol. II.
  6. ^ Dieudonné 1978, p. 96, Vol. 1, Ch. III.
  7. ^ Merriam–Webster dictionary, Merriam–Webster, http://www.merriam-webster.com/dictionary/matrix 2009年4月20日閲覧。 
  8. ^ The Collected Mathematical Papers of James Joseph Sylvester: 1837–1853, Paper 37, p. 247
  9. ^ Knobloch 1994.
  10. ^ Hawkins 1975.
  11. ^ Kronecker 1897.
  12. ^ Weierstrass 1915, pp. 271–286.
  13. ^ Bôcher 2004.
  14. ^ Mehra & Rechenberg 1987.
  15. ^ a b c d 斎藤2017、23頁。
  16. ^ a b 斎藤2017、24頁。
  17. ^ a b 斎藤2017、25頁。
  18. ^ a b 斎藤2017、31頁。
  19. ^ 斎藤2017、89頁。
  20. ^ Brown 1991, Definition II.3.3.
  21. ^ Greub 1975, Section III.1.
  22. ^ Brown 1991, Theorem II.3.22.
  23. ^ a b 斎藤2017、34頁。
  24. ^ 斎藤2017、26頁。
  25. ^ http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~tnomura/EdAct/2010TKR.pdf
  26. ^ Stephen P. Boyd. “Crimes against Matrices” (pdf). 2013年3月2日閲覧。
  27. ^ 中神祥臣・柳井晴夫 著、『矩形行列の行列式』、丸善、2012年。ISBN 978-4-621-06508-2.
  28. ^ Greub 1975, Section III.2.
  29. ^ Coburn 1955, Ch. V.
  30. ^ Lang 2002, Chapter XIII.
  31. ^ Lang 2002, XVII.1, p. 643.
  32. ^ Lang 2002, Proposition XIII.4.16.
  33. ^ Reichl 2004, Section L.2.
  34. ^ Greub 1975, Section III.3.
  35. ^ Greub 1975, Section III.3.13.
  36. ^ Baker 2003, Def. 1.30.
  37. ^ Baker 2003, Theorem 1.2.
  38. ^ Artin 1991, Chapter 4.5.
  39. ^ Artin 1991, Theorem 4.5.13.
  40. ^ Rowen 2008, Example 19.2, p. 198.
  41. ^ Itõ 1987, "Matrix".
  42. ^ Halmos 1982, p. 23, Chapter 5.
  43. ^ Glossary, O-Matrix v6 User Guide.
  44. ^ MATLAB Data Structures






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