松本明子 松本明子の概要

松本明子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/29 08:07 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
まつもと あきこ
松本 明子
本名 平井 明子
生年月日 (1966-04-08) 1966年4月8日(55歳)
出身地 日本 香川県高松市
血液型 A型
職業 歌手バラエティタレント
ジャンル アイドル歌謡曲バラエティ番組への出演、テレビドラマ映画舞台
活動期間 1983年 - 1984年1986年 - 現在
活動内容
1980年代中期:バラエティに転向1982年:『スター誕生!』第44回決戦大会にて合格
1983年:「♂×♀×Kiss」でアイドル歌手としてデビュー
1980年代中期 - 「ものまね」に転向
1992年-2002年:『電波少年シリーズ
配偶者 本宮泰風1998年 - )
著名な家族 原田龍二(義兄)
鎌江愛(義姉)
事務所 ワタナベエンターテインメント
公式サイト 所属事務所によるプロフィール
テンプレートを表示

本名、平井 明子(ひらい あきこ)。

デビュー時のキャッチコピーは「アッコ、とんがってるね」。

ワタナベエンターテインメント所属。

来歴

高松市立屋島中学校卒業後の1982年3月25日にアイドル歌手を志して上京。その模様は『ズームイン!!朝!』でも紹介された[1]1982年、オーディション番組『スター誕生!』第44回決戦大会で松田聖子の曲、「Summer Beach~オレンジの香り~」を歌って合格。他の出場者に本田美奈子徳永英明がいた(ともに失格となったが、後に別口でスカウトされた)。これを契機に渡辺プロダクション(当時)入り。また、同時期に石川秀美が優勝した芸映の主催した「HIDEKI(西城秀樹)の弟妹募集!!全国縦断新人歌手オーディション」の全国大会にも出場している。

堀越高等学校に入学後、1983年VAPから「♂×♀×Kiss(オス・メス・キス)」でアイドル歌手デビュー。高校に在学していた当時は仕事が少なく毎日学校に通っていて1回も休んでいなかったと本人は語っている[2]。修学旅行(北海道)も全行程参加し、教師からは大学進学を勧められた[3]。ジャケット写真とテレビ番組出演衣装は、当時同プロダクションで売れていたアン・ルイスを手本として、大プッシュされたが、オリコン週間チャート最高位131位とヒットはしなかった。シングルを何枚かリリースしたほか、リポーターなどの芸能活動をするかたわら、スーパーでのアルバイトなどを経験する[4]。この当時、1982年に人気アイドルが多数デビューしていたため、松本と同じく1983年にデビューしたアイドルはその陰に隠れてしまい、後にアイドル不作の83年組と総括されるようになった。

1984年、『オールナイトフジ』1周年記念および『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』10周年記念の共同スペシャル番組で放送禁止用語を叫ぶという通称四文字言葉事件を起こしてしまう(後述)。これが問題となり仕事が激減、一時期活動停止を余儀なくされる。活動停止後2年ほどして中山秀征にバラエティ班移動を勧められ[5]、活動停止解除以後はバラエティ出演が多くなった[6]。1989年開始の『文夫と明子のラジオビバリー昼ズ』(ニッポン放送)でMCをしつつ、バラエティー路線に転向。苦労の末、井森美幸森口博子と同様に「バラドル」の第一人者として君臨。新しいジャンルで活躍することになった。

ものまね王座決定戦』では松居直美斉藤ルミ子・しじみとさざえ(篠塚満由美松下桂子)と共に「女四天王」と呼ばれた[7]

1995年、テレビドラマ『たたかうお嫁さま』で主役に抜擢され、その後もドラマに出演。1998年に主演したテレビドラマ『サービス』では主題歌も担当した。

1995年2月、進め!電波少年の「アラファト議長とてんとう虫のサンバをダジャレたい!」という企画(アラファトとデュエットで、てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)の替え歌で「♪アラファト わたしが 夢の国〜」と歌う企画だった。)で、当時紛争地帯であるガザ地区へ向かい、パレスチナ自治政府初代大統領を務めたヤーセル・アラファートと日本の芸能人で初めて本人に直接接触した。2004年にはアラファートが死去し、日本の要人以外ではナオト・インティライミ(2003年)と並んで当人と接触した人物であるため話題となった[8]

2000年5月、第一子となる長男を出産。同年、育児エッセイ『生んだら無敵』を出版。

乳幼児医療費無料制度を国に求める全国ネットワークの賛同者である[9]

交友関係は広いが、その中で中山秀征とは中山のナベプロ入寮時、最初に出会ったのが風呂上がりで全裸で出てきた松本だった[10]

2013年11月20日、歌手デビュー30周年を記念して、エイベックスより初オリジナルアルバム『くとうてん』を発売。製作費は、自身の貯金を切り崩して自費で行った[11]

2016年に女優筒井真理子と漫才コンビ「つつまつ」を結成し[12]、同年3月26日の「立川志らら 真打昇進披露興行」で漫才を初披露した[13][14]

2017年12月31日、第1回ももいろ歌合戦に出場(翌年以降も連続出場)。

2018年6月1日、デビュー35周年記念ライブを東京渋谷JZ Bratで開催。昼の部、夜の部共に売り切れとなった。デビュー35周年を記念して、同期デビューの大沢逸美森尾由美桑田靖子小林千絵徳丸純子木元ゆうこを集めライブイベント~不作と言われた私たち「お神セブンと申します」~を11月19日、11月20日東京銀座博品館劇場で開催[15]

2020年、新型コロナウイルス感染症蔓延の現状を鑑み、ツイッターで「アイドルうたつなぎ」を主宰。2021年1月にライブコンサート「黄金の80年代アイドルうたつなぎ ―うれしなつかし胸キュンコンサート―」として本人の他に布川敏和、森尾、浅香唯西村知美も出演する予定だった。2021年1月8日、新型コロナウイルスの影響を考慮し、開催を延期することが発表された[16]

人物

83年組

松本の歌手デビューは1983年昭和58年)である。同年にデビューした歌手の同期に、森尾由美大沢逸美徳丸純子桑田靖子小林千絵THE GOOD-BYE岩井小百合いとうまい子原真祐美木元ゆうこなどがいる[17]

放送禁止用語発言

四文字言葉事件については片岡鶴太郎笑福亭鶴光に「付き合っている男の名前をバラされたくなかったら、カメラに向かって「おまんこ」と言ってこい」「一躍有名になれるぞ」とそそのかされたためだった。

香川県出身の彼女は当時、その言葉の意味を理解していなかったと語っている。当時の彼女は躊躇なく言ったものであった[6][18]

2013年8月13日放送の『解決!ナイナイアンサー』内でもこの事件のことについて触れており、当時、交際していた男性タレントがバイセクシャルとして有名な人物だったことが発端としている。それを聞いた鶴光と鶴太郎から「ゲイと付き合っていると公表されたくないだろう」と言われた松本はカメラの真正面で放送禁止用語を発した[19]。この件について、2016年1月25日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では「3回大声で叫んだ」と証言した[5]。なおこの3回のうち、テレビで放送されたのは、ラジオとの同時放送パートにおいて発言した1回であった[20]が、ここでの発言直後、スタッフたちが一斉に顔色を失い、AD複数に抱えられて有無を言わさずスタジオからつまみ出されたという[6]。ここでも松本は「私は四国の方で生まれ育ったので、知らない言葉だった[21]。口にすること自体に抵抗は無かったですね」と述べている。

この発言は当時のフジテレビ会長だった鹿内春雄の怒りを買い、松本はフジテレビからしばらく出入禁止処分を受けた。他局での仕事も激減、ほぼゼロという状態が約2年間ほど続き「公園のトイレで寝泊まりしていた時期がある」と松本本人が証言している。中山秀征によれば、当時住んでいた渡辺プロの寮の最寄り駅である国立駅のベンチに一日中座って悩んでいたという。そこへ「ABブラザーズ」としてブレイクし、一躍スターになった中山が「姐さん、よかったら、俺もいるし、バラエティー班に来ませんか?」と声をかけてくれたことで、仕事が増えていくこととなる。後日「この時、中山さんが導いてくれなかったら、とっくに四国に帰っていたと思う」とインタビュー[22]に答えている。

なお、実際には数か月の謹慎期間を経て、そのきっかけとなった「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」には同年夏に復帰し、他局のラジオ番組やテレビ番組に曜日レギュラーやコーナーレギュラーなどとして同年秋頃から徐々に出演を始めている。


  1. ^ 誰だって波瀾爆笑 2012年8月19日(日)”. gooテレビ (2012年8月19日). 2016年9月23日閲覧。
  2. ^ 生活&総合navi(生活・総合) <生活&総合教室 Vol.58>「堀越学園で皆勤賞!?」”. 日本文教出版 (2010年4月30日). 2016年9月23日閲覧。
  3. ^ 発見!タカトシランド』(2020年11月13日)
  4. ^ 8月8日(土) 第224回 ゲスト:松本明子×森尾由美”. 極上空間. BS朝日 (2015年8月8日). 2016年9月23日閲覧。
  5. ^ a b 2016年1月25日放送 19:00 - 21:48 テレビ朝日 しくじり先生 俺みたいになるな!!”. TVでた蔵. ワイヤーアクション (2016年1月25日). 2016年9月23日閲覧。
  6. ^ a b c 【エンタがビタミン♪】松本明子、『四文字言葉事件』の真相を語る。「信頼取り戻したかった」。”. Techinsight (2013年8月14日). 2016年9月23日閲覧。
  7. ^ 時給は90円…元ものまね女四天王“しじみ” 語る沖縄での1年”. 日刊ゲンダイ (2015年10月12日). 2016年9月23日閲覧。
  8. ^ 松本明子、アラファト死去で思い出される突撃取材”. 夕刊フジ (2004年11月12日). 2016年9月23日閲覧。
  9. ^ 乳幼児全国ネット 賛同者一覧
  10. ^ はなまるマーケット 2012年8月13日放送回”. gooテレビ (2012年8月13日). 2016年9月23日閲覧。
  11. ^ 松本明子、初アルバムは自費負担「定期を崩した」”. オリコン (2013年11月20日). 2016年9月23日閲覧。
  12. ^ 映画『淵に立つ』公式サイト”. 映画「淵に立つ」製作委員会. 2018年12月29日閲覧。
  13. ^ 立川志らら 真打昇進披露興行”. Confetti. 2018年12月29日閲覧。
  14. ^ 松本明子 (2016年3月27日). “立川志ららさん真打昇進披露興行”. 松本明子オフィシャルブログ「~♂×♀×Kiss~」. 2018年12月29日閲覧。
  15. ^ “不作の83年組アイドル7人合同で35周年イベント”. 日刊スポーツ. (2018年7月20日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201807200000073.html 2018年7月20日閲覧。 
  16. ^ “[https://www.bsfuji.tv/80utatsunagi/ 『松本明子 presents 黄金の 80 年代アイドルうたつなぎ ~うれしなつかし胸キュンコンサート~』 開催延期のご報告]”. BSフジ. 2021年1月10日閲覧。
  17. ^ “83年組アイドルのライブに、同期のアイドル仲間が大集合!”. デイリースポーツ. (2017年3月15日). https://www.daily.co.jp/gossip/2017/03/15/0010000945.shtml 2017年3月15日閲覧。 
  18. ^ 片岡鶴太郎、笑福亭鶴光はこの一件で関東のテレビ局や番組制作会社から“下ネタ系要注意タレント”とレッテルを貼られ、世間からは“松本明子をアイドルからお笑い芸人に転向させた張本人”と揶揄された。
  19. ^ 解決!ナイナイアンサー 2時間SP 2013年8月13日(火)”. gooテレビ (2013年8月13日). 2016年9月23日閲覧。
  20. ^ 当時の実際のVTR[リンク切れ]
  21. ^ 松本の出身県である香川を含めた四国の方言では女性器外陰部を『おそそ』『おちゃこ』などと呼ぶ。
  22. ^ 松本明子、ヒデちゃんと深い絆!一生をかけての恩返し | THE PAGE(ザ・ページ)
  23. ^ a b c d ファミリーヒストリー』(2015年6月26日放送)。
  24. ^ ヨミドクター『タレント 松本明子さん 便秘(1)40年超す苦しみ「腸活」で改善』”. 読売新聞 (2015年9月24日). 2016年9月23日閲覧。
  25. ^ 高橋名人Official Blog『16連射のつぶやき』2012/1/6「昨日の番組は」


「松本明子」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「松本明子」の関連用語

松本明子のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



松本明子のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの松本明子 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS