A群溶血性レンサ球菌は、上気道炎や化膿性皮膚感染症などの原因菌としてよくみられるグラム陽性菌で、菌の侵入部位や組織によって多彩な臨床症状を引き起こす。日常よくみられる疾患として、急性咽頭炎の他、膿痂疹、蜂巣織炎、あるいは特殊な病型として猩紅熱がある。これら以外にも中耳炎、肺炎、化膿性関節炎、骨髄炎、髄膜炎などを起こす。また、菌の直接の作用でなく、免疫学的機序を介して、リウマチ熱や急性糸球体腎炎を起こすことが知られている。さらに、発症機序、病態生理は不明であるが、軟部組織壊死を伴い、敗血症性ショックを来たす劇症型溶血性レンサ球菌感染症(レンサ球菌性毒素性ショック症候群)は重篤な病態として問題である。ここでは、感染症法下における感染症発生動向調査で、4類感染症定点把握疾患となっているA群溶血性レンサ球菌咽頭炎について述べる。 疫 学 A群溶血性レンサ球菌感染症は温帯地域では普遍的な疾患であり、亜熱帯地域でもみられるが、熱帯地域ではまれな疾患である。 A群溶血性レンサ球菌咽頭炎はいずれの年齢でも起こり得るが、学童期の小児に最も多く、3歳以下や成人では典型的な臨床像を呈する症例は少ない。感染症発生動向調査のデータによると、冬季および春から初夏にかけての2 つの報告数のピークが認められている。近年、全体の報告数が増加する傾向にあるが、迅速診断キットの普及などで診断技術が向上したことによる可能性もある。 本疾患は通常、患者との接触を介して伝播するため、ヒトとヒトとの接触の機会が増加するときに起こりやすく、家庭、学校などの集団での感染も多い。感染性は急性期にもっとも強く、その後徐々に減弱する。急性期の感染率については兄弟での間が最も高率で、25%と報告されている。学校での咽頭培養を用いた研究によると、健康保菌者が15 ~30%あると報告されているが、健康保菌者からの感染はまれと考えられている。 病原体 レンサ球菌はグラム陽性球菌で、細胞壁の多糖体の抗原性によりLancefield A~V 群(I, J は除く)分類されている。本疾患の原因菌はこのうちのA群に属し、ヒツジ赤血球加血液寒天培地上でβ溶血(完全溶血)をおこすので、A群β溶血性レンサ球菌(溶連菌)と呼ばれる(α溶血は不完全溶血、γ溶血は非溶血を指す)。菌種名としては化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes )が使用される。A群溶血性レンサ球菌のほとんどは細胞表層に蛋白抗原としてM 蛋白とT 蛋白を有しており、これらの抗原性により、さらに型別分類される。M蛋白には100以上の型が、T蛋白には約5 0 の型が知られている。また、この菌は溶血毒素、発熱毒素(発赤毒素)、核酸分解酵素、ストレプトキナーゼなど、種々の活性蛋白物質を産生して細胞外に分泌し、種々の症状を起こすと考えられている。 臨床症状 潜伏期は2~5日であるが、潜伏期での感染性については不明である。突然の発熱と全身倦怠感、咽頭痛によって発症し、しばしば嘔吐を伴う。咽頭壁は浮腫状で扁桃は浸出を伴い、軟口蓋の小点状出血あるいは苺舌(写真1)がみられることがある。 猩紅熱の場合、発熱開始後12 ~24 時間すると点状紅斑様、日焼け様の皮疹が出現する(写真2)。針頭大の皮疹により、皮膚に紙ヤスリ様の手触りを与える(sandpaper rash )ことがある。特に腋窩、ソケイ部など皮膚のしわの部分に多く、これに沿って線が入っているようにみえる(Pastia's sign )こともある。顔面では通常このような皮疹は見られず、額と頬が紅潮し、口の周りのみ蒼白にみえる(口囲蒼白)ことが特徴的である(写真2)。また、舌の変化として、発症早期には白苔に覆われた舌(white strawberry tongue )がみられ、その後白苔が剥離して苺舌(red strawberry tongue )となる。1週目の終わり頃から顔面より皮膚の膜様落屑が始まり、3週目までに全身に広がる。 合併症として、肺炎、髄膜炎、敗血症などの化膿性疾患、あるいはリウマチ熱、急性糸球体腎炎などの非化膿性疾患を生ずることもある。 病原診断 咽頭培養により菌を分離することが基本であるが、A 群多糖体抗原を検出する迅速診断キットも利用できる。迅速診断キットの特異度は一般的に高く、また感度は80%以上であるが、抗原量すなわち菌量に依存するため、咽頭擦過物の採取方法が重要である。 血清学的には抗streptolysin‐O 抗体(ASO)、抗streptokinase 抗体(ASK)などの抗体上昇を見る方法があり、診断の参考になる。 治療・予防 治療にはペニシリン系薬剤が第1選択薬であるが、アレルギーがある場合にはエリスロマイシンが適応となり、また第1世代のセフェムも使用可能である。いずれの薬剤もリウマチ熱、急性糸球体腎炎など非化膿性の合併症予防のために、少なくとも10日間は確実に投与することが必要である。除菌が思わしくない例では、クリンダマイシン、アモキシシリン/クラブラン酸、あるいは第2世代以降のセフェム剤も使用される。 予防としては、患者との濃厚接触をさけることが最も重要であり、うがい、手洗いなどの一般的な予防法も励行する。接触者に対する対応としては、集団発生などの特殊な状況では接触者の咽頭培養を行い、陽性であれば治療を行う。 感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新) A群溶血性レンサ球菌咽頭炎は5類感染症定点把握疾患に定められており、全国約3,000 の小児科定点医療機関から毎週報告がなされている。報告のための基準は以下の通りとなっている。 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下の3つの基準をすべてを満たすもの 1.発熱 2.咽頭痛、咽頭発赤および頚部リンパ節炎(発しんを伴うこともある) 3.苺舌 ○上記の基準は必ずしも満たさないが、診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、病原体診断や血清学的診断によって当該疾患と診断されたもの 註:感染症法、および以下に述べる学校保健法では、猩紅熱の病名は削除されている。これは、猩紅熱がA群溶血性レンサ球菌感染症の一病型に過ぎず、医学的、疫学的にも猩紅熱という病名を特別に扱う必要がないからである。 学校保健法での取り扱い 本疾患は学校において予防すべき伝染病の中には明確に規定はされておらず、「学校で流行がおこった場合にその流行を防ぐため、必要があれば、学校長が学校医の意見を聞き、第3種学校伝染病としての措置を講じることができる疾患」のうち、「条件によっては出席停止の措置が必要と考えられる伝染病」のひとつとして例示されている。しかしながら、本疾患は適切な抗生剤治療が行われれば、ほとんどの場合24時間以内に他人への伝染を防げる程度に病原菌を抑制できることもあり、登校登園については、流行阻止の目的というよりも患者本人の状態によって判断すべきであると考えられる。 (国立感染症研究所感染症情報センター 多田有希・岡部信彦) |