琴
『古事記』中巻 仲哀天皇が熊曽を討とうとして、筑紫の香椎宮で神託を請う。闇の中で天皇が琴を弾くと、神が后(=神功皇后)に乗り移って、「西方に国があり、種々の珍宝が多い。その国を帰服させよう」と告げる。しかし仲哀天皇は「高い所に登って西方を見ても、大海があるだけだ。いつわりをする神だ」と言い、琴を弾くのをやめる→〔神がかり〕2。
★2.琴の奇瑞。
『うつほ物語』 天女が俊蔭に名琴南風・波斯風を与えた。南風・波斯風は、さまざまな不思議を起こした。俊蔭女が南風を弾くと山が崩れ、恐ろしい武士たち4~5百人が埋もれ死んだ(「俊蔭」)。紅葉の賀の夜、俊蔭女の子・仲忠が南風を弾くと天変が起こり、天女が降りて舞った(「吹上」下)。七夕の夜、尚侍(ないしのかみ)となった俊蔭女が波斯風を弾くと天変が起こり、夢に父・俊蔭の霊が現れた。8月15夜に尚侍が南風および波斯風を弾くと、さまざまな天変とともに、大地が揺れ池水が溢れた(「楼の上」下)。
『ケルトの神話』(井村君江)「かゆ好きの神ダグザ」 ダーナ神族の1人ダグザは、竪琴を奏(かな)でて四季や天候を変えた。楽しい調べにつれて春が訪れ、悲しく強い調べとともに嵐が起きた。竪琴の3本の弦は、1本目は眠りの弦、2本目は笑いの弦、3本目は涙の弦で、ダグザは、人々を自在に笑わせ、泣かせ、眠らせた。
『サムエル記』上・第16章 サウル王は神の心に背いたため、神から来る悪霊にしばしば苦しめられた。羊飼いの少年ダビデが召し出され、サウル王の傍らで竪琴をかなでた。すると悪霊はサウル王から離れ、サウル王は気分が良くなった。
『列子』「湯問」第5 琴の名手師文が春の季節に秋の曲を弾くと、涼風が吹き草木が実を結ぶ。秋に春の曲を弾くと、温風が吹き草木に花が咲く。夏に冬の曲を弾くと、霜雪が降り川も池も凍る。冬に夏の曲を弾くと、太陽が照り氷が溶ける。四季の弦を1度にかなでると、南風が吹き瑞雲が起こり、甘露が降り泉が湧く。
『三国志演義』第95回 僅かの兵しかいない城に、司馬仲達の魏軍が攻め寄せる。諸葛孔明は城門を開き、櫓上で平然と琴を弾く。これを見た司馬仲達は、「伏兵があるのであろう」と恐れて、退却する。
『壇浦兜軍記』3段目「琴責め」 「平家の残党・悪七兵衛景清を捜し出せ」との鎌倉幕府の命令を受け、畠山重忠が景清の愛人・遊君阿古屋を尋問する。阿古屋は「景清の行方など知らぬ」と言うので、重忠は彼女に琴を弾かせる。心に偽りがあれば、その音色が乱れるからである。しかし阿古屋の琴には、少しの乱れもなかった〔*重忠は、さらに三味線と胡弓を弾かせた後、「阿古屋の言葉に偽りなし」として彼女を釈放する〕。
『封神演義』第18回 殷の国に幽閉された西伯姫昌が琴を弾き、大弦の音に「殺声」の響きを聞き取って驚く。彼は卦を立てて、息子伯邑考が紂王と妲妃のために殺されたことを知る。
『琴の音』(樋口一葉) 孤児である渡辺金吾(14歳)は、世間の冷たい仕打ちに心すさみ、悪の道へ足を踏み入れそうであった(上)。秋の夜、根岸に住む森江静(19歳)が、月光のもと、一心に琴を弾いていた。あたりを徘徊する金吾は、天上の楽にも似た琴の音を聞くうちに、ねじけた心を改め、真人間になった(下)。
『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌 コルキス国の金羊皮を手に入れたイアソン一行は、アルゴ船でギリシアへの帰途につく。セイレンたちの住む島に近づくと、彼女たちの歌声が一行を誘い、船は島へ引き寄せられそうになる。オルペウスのかき鳴らす竪琴の音がセイレンたちの歌声を圧倒し、船は無事航海を続ける〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第10章に類話〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 オルペウス(オルフェウス)につれなくされた女たちが怒り、杖や石を投げつけるが、彼の歌声と琴の音によって、杖も石もオルペウスの足もとに落ちる。女たちは楽器を鳴らし叫び声をあげてオルペウスの音楽をかき消し、石・枝・土などを投げて彼を殺す。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章 ヘルメスは生まれてすぐアポロンの牝牛を盗んだあと、草を食う亀を見つけてこれを清め、牝牛のガットを亀の甲羅に張って竪琴を作り出した〔*『ヘルメスへの讃歌』では、羊からとった7本の弦を張った、と記す〕。
『スーホの白い馬』(モンゴル民話) 羊飼いの若者スーホの可愛がっていた白馬が、悪い殿様によって殺されてしまった。白馬はスーホの夢に現れ、「わたしの骨・皮・筋・毛を用いて、楽器を作って下さい。そうすれば、わたしはいつもあなたのそばにいて、なぐさめてあげられます」と告げる。夢の教えにしたがって、スーホは馬頭琴を作り、どこへ行く時も持って行った。やがて馬頭琴はモンゴルの草原中に広まり、羊飼いたちは夕方になると集まって、美しい音色に耳をすまし、1日の疲れを忘れるのだった。
『無名抄』(鴨長明) かつては、弓6張を引き鳴らして、神楽に用いていた。それでは手数がかかって面倒だというので、後の人が琴に作り直した。これが和琴の起源だと伝えられている。
『うつほ物語』「俊蔭」 釈迦が成道した日、天稚御子(あめわかみこ)が天から下り、3年かけて谷を掘った。天女が谷に木を植え、長年月を経て、木は天に届くほどに大きくなった。阿修羅がその木を伐っているところへ、日本から清原俊蔭が訪れた。阿修羅が木を割り削り、天稚御子がそこから琴を30作って、清原俊蔭に与えた。
『茶の本』(岡倉天心)第5章「芸術鑑賞」 昔、龍門の峡谷に1本の桐樹があった。梢は高くそびえて星と語り、根は深く地に下りていた。仙人がこの樹で琴を作り、名人・伯牙だけが、その琴で自在に様々な曲を弾きこなした。伯牙は言う。「私は琴に曲を選ばせた。だから、琴が伯牙か、伯牙が琴か、自分でもわからなかった」。
★6b.船から琴を作る。
『古事記』下巻 仁徳天皇の代、大樹を切って「枯野(からの)」という船を作った。船足が速く、淡路島の清水を運び、難波の高津の宮にある仁徳天皇の飲料として、奉った。船が破損した後、船材で塩を焼き、焼け残りの木で琴を作った。琴の音は7里に響き渡った。
『日本書紀』巻10応神天皇31年8月 応神天皇が、老朽の官船「枯野」の名を後世に伝えたいと考え、船材を薪として塩を焼かせた。5百籠の塩が得られたが、焼け残って燃えない薪があった。帝は不思議に思い、その薪で琴を作らせた。琴の音は美しく、遠方まで響いた。
『ビルマの竪琴』(竹山道雄)第1話「うたう部隊」 われわれの部隊はよく合唱をした。工夫していろいろな楽器も作った。いちばんよく使われた楽器は竪琴だ。ビルマの太い竹を共鳴体の胴にして絃を張る。絃は、銅、鉄、またはアルミかジュラルミンの針金で、低い音を出すのは革紐だ。水島上等兵は竪琴の名人で、合唱の伴奏曲をいくつも作って巧みに演奏した→〔僧〕5。
『大般涅槃経』(40巻本「光明遍照高貴徳王菩薩品」) 王が琴の演奏を聞いて、その音色を喜んだ。王は大臣に命じて琴を持って来させ、「琴よ、音を出せ」と言ったが、琴は鳴らなかった。王は音色を求めて、琴の糸を切り、張ってある皮を剥ぎ、木を折り、裂いた。しかし音は出てこなかった。
『パイドン』(プラトン) 魂の不死を説くソクラテスに、シミアスが反論する。「竪琴や弦から、和音(調和・ハルモニアー)が生み出される。竪琴を壊し、弦を切ってしまったら、それでも、ハルモニアーは滅びることなく、どこかに存在している、と言えるのだろうか。肉体の諸要素の混合から生ずるハルモニアーが魂ならば、病気などによって肉体の調和が失われれば、魂は死滅せざるを得ない」。
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