うすさまみょうおう 【烏枢沙摩明王】
烏枢沙摩明王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/18 14:11 UTC 版)

烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう[1]、梵: Ucchuṣma[1])は、密教における明王の一尊である。
梵名の梵: Ucchuṣmaは「猛烈」「強熱」を意味し、強烈な火焔で穢れを焼き尽くす尊格として知られる。「烏枢瑟摩」[2]、「烏蒭沙摩」「烏瑟娑摩」「烏枢沙摩」とも表記され、「うすしまみょうおう」(烏枢志摩明王、烏枢瑟摩明王)とも呼ばれる[3]。
真言宗・天台宗・禅宗・日蓮宗などの諸宗派で信仰される。台密では五大明王の一尊である。日蓮宗では「烏蒭沙摩明王」の表記を用い、火神・厠の神として信仰される[4]。
概説
『大威力烏枢瑟摩明王経』などの密教経典(金剛乗経典)に説かれる。明王の一尊であり、天台宗に伝承される密教(台密)においては、明王の中でも特に中心的役割を果たす五大明王の一尊に数えられる[5]。
中国密教においては「穢跡金剛」とも呼ばれ、不浄や罪障、邪気を焼き尽くして清浄を回復する仏とされ、『大威力烏枢瑟摩明王経』や『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』などの経典にその功徳と修法が詳述される。日本では平安時代以降に密教とともに伝来し、真言宗・天台宗などの密教諸派では護摩や加持祈祷の本尊とされ、除穢・息災・増益・敬愛・調伏に加え、求児・安産・富貴など多岐にわたる祈願に用いられた。
また、浄土宗では『放生慈済羯磨儀軌』に則り、この烏枢沙摩明王を祀って放生会を執り行う[6]。
不浄を転じて清浄となす働きを持ち[7]、憤怒尊として炎に包まれている[7]。これらの特徴により、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があるとする幅広い解釈によって、あらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。その性質から「不浄潔金剛」とも呼ばれ、「火頭金剛」と同一視された。
名称解釈と性格
唐代の慧琳『一切経音義』では、「この尊者は、深く清浄な大悲に基づいて穢れを避けず、悪を伏滅する偉大な力を持つ光によって衆生を救い護って下さるが、それはまるで猛しい火で煩悩、誤った見解、汚れと清浄・生成と消滅とを分別する心を焼き除くかのようであるために除穢という。」と記されている。[8]。しかし、「密教大辞典」によれば、サンスクリット *Ucchuṣma* の正訳は「混雑・錯乱」であり、「浄と不浄を差別しない」という烏枢沙摩明王の性格に由来すると解釈する。[9]。
単に不浄を清浄とするというだけでなく、不浄に触れることを厭わず、その中に入り込んで衆生を救済する仏であることが経典中では強調される。
『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』には、
- 「無問淨與不淨,隨意驅使。我當隨從滿一切願。」[10]
とあり、浄・不浄を問わず行者の願いを成就すると誓う。
また、『大威力烏枢瑟摩明王経』にも、
- 「烏芻瑟麼明王教法,不拘淨穢,恒示忿怒相。」[11]
と明記され、清浄・不浄を問わないことが記されている。
功徳
烏枢沙摩明王は不浄を焼き尽くし清浄に転じる存在であると同時に、病気平癒、豊穣、降雨、財宝獲得、怨敵調伏、相愛成就など多方面にわたる利益を与える存在として信仰された。安産祈願や解穢のために修される「烏枢沙摩明王法」の本尊とされ、密教経典では、除穢以外にも広範な功徳が説かれている。
代表的な経典としては、次の二つがある。
- 『大威力烏樞瑟摩明王経』(大正新脩大蔵経第21巻・番号1227、三巻本) — 烏枢沙摩明王を本尊とし、息災・増益・敬愛・調伏など四事業の修法を説く根本経典。
- 『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』(大正新脩大蔵経第21巻・番号1228) — 烏枢沙摩明王の別名「穢跡金剛」に関する陀羅尼と、具体的な呪法・祈祷の利益を集成した経典。
これらの経典では、烏枢沙摩明王の功徳が具体的に列挙されている。
- 産生(求児・安産) — 「若粳米和牛蘇,進火中十萬遍,生有相之子」(粳米と牛酥を和し、火中に十万遍投じれば、相好具足の子を得る)と記され、求児・安産の祈願に用いられた。[12]
- 病患の除治 — 「欲救療萬病者,見有病者治之有驗」「若治邪病者,取上等蘇蜜和合…病除差」など、あらゆる病・虫毒・精魅を癒す修法が複数説かれる。[13]
- 渇水の救済(出水) — 「若欲令枯泉出水者…水如車輪涌出」とあり、枯れた泉から水を湧出させる法。[14]
- 枯木の再生 — 「若欲令枯樹生枝葉者…即生華果」とあり、枯れた木に葉や花・実が再び生じると説く。[14]
- 毒蛇・蠱毒の制御 — 「諸惡鬼神毒蛇蝎猛獸等毒以滅」と記す。[14]
- 悪鬼・夜叉の降伏 — 「一切夜叉羅剎皆來現,共行法人語,請求與人先為侍者」とあり、鬼神や夜叉を服属させ、守護者とする。[14]
- 怨敵の和解 — 「惡人來降伏者,降伏捨怨憎之心」とあり、怨敵を和解させる。[14]
- 相愛(敬愛成就) — 「相憎人令相愛敬者…其人便相愛重」とあり、互いに憎み合う者を仲直りさせる。[14]
- 智恵(弁才) — 「當為彼人發大誓願…辯才無滯」とあり、弁才と智慧を得るとされる。[14]
- 富貴(財宝の得) — 「種種珍寶摩尼如意珠…滿其所願」とあり、財宝・富貴の成就が説かれる。[14]
また、この明王は、(妊娠した人の)胎内にいる女児を男児に変化させる力を持っていると言われ、男児を求めた平安時代の公家に広く信仰されてきた[15]。
烈火をもって不浄を浄化することから、寺院の便所に祀られていることも多い[16]。
京都市の大龍寺などではお手洗いに護符を祀り真言を唱えれば患いなしとされる。
静岡県伊豆市の明徳寺などでは、烏枢沙摩明王が下半身の病に霊験あらたかであるとの信仰がある。
伝承
『穢跡金剛霊要門』では、釈尊が涅槃に入ろうとした時、諸大衆諸天鬼神が集まり悲嘆している中、蠡髻梵王のみが天女との遊びにふけっていた。そこで大衆が神仙を使って彼を呼んだが、慢心を起こした蠡髻梵王は汚物で城壁を作っていたので近づくことが出来なかった。そこで釈尊は神力を使って不壊金剛を出現させた。金剛は汚物をたちまちに大地と変えて蠡髻梵王を引き連れてきた。そこで大衆は大力士と讃えた。
異名・別称
烏枢沙摩明王は、経典・密教儀軌や後世の注釈書で複数の異名・同体視が行われている。
- 穢跡金剛(えじゃくこんごう) — 『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』に説かれる尊で、烏枢沙摩明王と同体とされる。穢れ(不浄)を跡形なく滅する金剛としての性格を強調する名。
- 火頭金剛(かとうこんごう) — 「火焔の頭を持つ金剛」の意。火炎で不浄を焼き尽くす姿を表す異名。
- 穢積金剛(えしゃくこんごう) — 「積もった穢れを滅する金剛」の意で、穢跡金剛とほぼ同義の呼称として用いられる。
- 不浄潔金剛(ふじょうけつこんごう) — 「不浄を清める金剛」の意。中国の儀軌や陀羅尼集成で確認される名称。
これらの呼称はいずれも、不浄や罪障を焼き尽くし、世界を清浄ならしめる烏枢沙摩明王の性格を表している。
真言
- オン クロダノウ ウンジャク - Oṃ krodhana hūṃ jaḥ[17]
- オン・クロダナウ・ウンジャク・ソワカ (臨済宗)[3]
- オン シュリマリママリ マリシュシュリ ソワカ[18] - 『陀羅尼集経』九、烏枢沙摩明王解穢法印第一七で説かれる[18]。
像容

烏枢沙摩明王は彫像や絵巻などに残る姿が一面六臂であったり三面八臂であるなど、他の明王に比べて表現にばらつきがあるが、主に右足を大きく上げて片足で立った姿であることが多い(または蓮華の台に半跏趺坐で座る姿も有名)。髪は火炎の勢いによって大きく逆立ち、憤怒相で全ての不浄を焼き尽くす功徳を表している。また複数ある手には輪宝や弓矢などをそれぞれ把持した姿で表現されることが多い。
五大明王の中の一尊としての造像遺例には、奈良の宝山寺の木像が見られる。江戸時代、元禄14年(1701年)に、湛海により造像されたものである。
烏枢沙摩明王を祀る寺院
- 曹洞宗
- 真言宗
- 真言律宗
- 宝山寺(奈良県)
- 天台宗
- 浄土宗
- 大龍寺(京都府)
- 日蓮宗
-
烏蒭沙摩明王
-
瑞龍寺の烏瑟沙摩明王像(ミニチュア)
脚注
出典
- ^ a b 「烏枢沙摩明王」 - ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、2014、Britannica Japan。
- ^ 縮刷大蔵経刊行会 編『大日本校訂 大蔵経 秘密部 閏13』、縮刷大蔵経刊行会、1937年7月、p. 78
- ^ a b 慈恩護国禅寺webページ
- ^ *王地山本経寺(兵庫県篠山市河原町)webページ
- ^ この点においては、村岡空による、次のような指摘がある。”不空訳『仁王護国般若波羅蜜多経陀羅尼念誦儀軌』全一巻(大正蔵一九・五一四上)によりますと、「第一東方金剛手菩薩は威怒降三世金剛、第二南方金剛宝菩薩は威怒甘露軍荼利金剛、第三西方金剛利菩薩は威怒六足金剛、第四北方金剛夜叉菩薩は威怒浄身金剛、第五中方金剛波羅蜜多菩薩は威怒不動金剛になっています。"
"金剛夜叉は『摂無礙経』(不空訳・大正蔵二〇・一三〇上)によりますと、「金剛夜叉は不空成就仏の忿怒。自性輪は即ち牙、是は寂静身。又、穢積金剛を不空成就の忿怒と為し、自性輪は金剛業也。穢積は即ち烏蒭沙摩菩薩也。」とあります。 簡単に言いますと、自性輪身は不空成就仏、すなわち釈迦如来、正法輪身は金剛牙菩薩、すなわち摧一切魔怨菩薩。教令輪身は金剛薬叉(夜叉)明王。ですから、前述の『仁王軌』で教令輪身を威怒浄身金剛と記すのは明らかに誤りです。これは不空成就仏が自性輪身、金剛業菩薩(虚空庫菩薩)が正法輪身、穢積金剛(烏蒭沙摩菩薩)が教令輪身としなければなりません。けれども、この点、天台密教ではどういうわけか、当の明白な誤りを認めずに、五大明王を指す場合、金剛夜叉明王の代わりに烏蒭沙摩明王をおいています。”『不動尊』集英社,1987,p.74/p.77 - ^ 西城宗隆: “放生会” (2018年9月17日). 2025年6月15日閲覧。
- ^ a b 「烏芻沙摩明王」- 精選版 日本国語大辞典、小学館。
- ^ 大正新脩大藏經. 54. 大正一切経刊行会. (1934). p. 545下
- ^ 池, 麗梅 (2011). “穢積金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門の受容と変容”. 鶴見大学仏教文化研究所紀要 16: 57-71 2025年9月18日閲覧。.
- ^ “穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門”. 佛學數位圖書館暨博物館(臺大). CBETA. 2025年9月18日閲覧。 “「無問淨與不淨,隨意驅使。我當隨從滿一切願。」”
- ^ “大威力烏枢瑟摩明王経 巻上”. 佛學數位圖書館暨博物館. CBETA. 2025年9月18日閲覧。 “「烏芻瑟麼明王教法,不拘淨穢,恒示忿怒相。」”
- ^ “大威力烏枢瑟摩明王経 巻中”. 佛學數位圖書館暨博物館(臺大). CBETA. 2025年9月17日閲覧。 “「若粳米和牛蘇,進火中十萬遍,生有相之子。」”
- ^ “穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門”. 佛學數位圖書館暨博物館(臺大). CBETA. 2025年9月17日閲覧。 “「欲救療萬病者…」「若治邪病者…」”
- ^ a b c d e f g h “穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門”. 佛學數位圖書館暨博物館(臺大). CBETA. 2025年9月17日閲覧。 “「若欲令枯泉出水者…水如車輪涌出。」”
- ^ 関根俊一『仏尊の事典』学研、1997年、p131
- ^ 正木晃『密教の聖なる呪文』ビイング・ネット・プレス、2019年、p164
- ^ Jørn Borup『Japanese Rinzai Zen Buddhism: Myashinji, a Living Religion』、ISBN 978-9047433095、Brill、2008年、p. 242
- ^ a b 西城宗隆「烏枢沙摩明王解穢神呪」 - 新纂浄土宗大辞典、浄土宗。
- ^ 公式、銚子電鉄
- ^ 王地山まけきらい稲荷本院 本経寺 公式、公式ブログ、丹波篠山市
- ^ “絹本著色烏枢沙摩明王像(重文)”. e国宝. 国立文化財機構. 2025年9月17日閲覧。 “「息災・増益・調伏・産生などを祈願する烏枢沙摩法の本尊となった画像。」”
- ^ “絹本著色烏枢沙摩明王像”. 文化遺産オンライン. 文化庁. 2025年9月17日閲覧。 “「出産や解穢のために修される烏枢沙摩明王法の本尊として…」”
参考文献
- 酒向嘉子「烏枢沙摩明王信仰に関する一考察」(『御影史学論集』11、御影史学研究会、1986年)
- 飯島吉晴「烏枢沙摩明王と厠神」(『仏教民俗学大系』8、名著出版、1992年)
関連項目
- 仏の一覧
- 厠神
外部リンク
烏枢沙摩明王(ウスサマミョウオウ)
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「切法師」の記事における「烏枢沙摩明王(ウスサマミョウオウ)」の解説
魁鬼連の首座の地位にいる男。鬼の王族・王禍(オウガ)を祖とし、袁杜(エント)の一族ながらその血と力を受け継いでいる。
※この「烏枢沙摩明王(ウスサマミョウオウ)」の解説は、「切法師」の解説の一部です。
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