分析と評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/28 16:58 UTC 版)
「あした地球がこなごなになっても」の記事における「分析と評価」の解説
音楽プロデューサーの伊藤涼はCREA WEBにおいて、浅野が手掛けた歌詞について「上から下へ流れるような構成は単なるJ-POPではなく、内容も詩的。どちらかと言えば文章的な印象だが、彼らしい独特な世界観は感じる」と評価する一方で、「全体的に言うと、曲と合わさった浅野の詞は、びっくりするほど個性的な感じはしない」と述べている。 音楽ライターの田中大はEMTG MUSICのレビューにおいて、歌詞終盤のカギ括弧で括られた部分を挙げ「でんぱ組.incのメンバーと同様に、無数の理不尽と向き合いながら日々を送っているファンに対して、全力で夢と希望を届けようとする決意が浮き彫りになっている印象を受ける」とした上で、「この曲の根底に脈打っているのは凛々しさ。順風満帆だったわけではないメンバーが集い、皆で力を合わせて少しづつ道を切り拓いてきた姿は、多くの人に勇気を届けている。この楽曲は彼女達の実像を捉えたナンバー」と評価している。 杉浦美恵はRO69のコラムにおいて、浅野について「人間のある一面にだけ照明を当てるような描き方は絶対にしない作家」「浅野の作品が多くの人から支持されるのは、複雑な感情の上に成り立つ日常を驚くほどリアルに描くからである」とした上で、「でんぱ組.incの中に見え隠れしている、前向きな強い意思の裏にある臆病さ、強い光を放つほど自分の中で濃くなる影、などの『危うさ』こそがこのグループの魅力であり、ファンはそこに共感する。浅野の描く世界とでんぱ組.incが共鳴するのはそこである」と分析している。表題曲については「予想していたようなストレートでパワフルな曲ではなかった」としながらも、「過去最高の作品、今のでんぱ組.incでしか表現できない最高のポップソング」と評価し、終盤の「約束だよ」というフレーズを挙げ「このように念を押さなければ自分が不安でダメになってしまう、すごく微妙で繊細な気持ちは、このコラボでしか表現できなかったのだろう」と述べている。 音楽ジャーナリストの柴那典はReal Soundのコラムにおいて、前作「おつかれサマー!」と今作の曲調から「持ち前の『ぶっ飛んだカラフルさ』を活かしつつ、より広い層をターゲットに見据えた戦略に転じてきている」と分析し、「W.W.D」や「W.W.D II」などの楽曲で見受けられる“自分達のこと”を歌った「ドキュメント」から、“みんなのこと”を歌った「シンパシー」へ表現の方向性が変化してきていると述べている。前述した通り今作は浅野がメンバーに対してインタビューを実施し、その回答を元に作詞が行われているが、これはかつて「W.W.D」「W.W.D II」の作詞で前山田健一が使用した手法と同じとしながらも、「アウトプットは真逆の方向性を持つ」としている。浅野がかつて別のインタビューで性転換願望がある旨を告白していた点を挙げ「浅野にとって今回のコラボは、浅野自身がでんぱ組.incに移入し、女性の気持ちになりきるためのまたとない機会だったのではないか」「そうして書かれた歌詞だからこそ、メンバー6人の物語ではなく、広い女性層の共感を誘うアウトプットになっている」と分析している。
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分析と評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/22 03:41 UTC 版)
読売新聞では、「カム着火インフェルノォォォォオオウ」について、「come」と「着火」、およびロシア連邦の火山帯である「カムチャツカ半島」を掛けたものと報じ「ちょっと知的」であるとした上で、「明らかに表記されることを意識している言葉」と論じている。 北海道新聞では、「激おこぷんぷん丸」について「若者言葉における感情表現で代表的なもの」と報じている。また、梅花女子大学教授の米川明彦は、北海道新聞の同記事において、感情を表すフレーズが多く流行する点について「自分の思いを丁寧に説明し、周囲に理解してもらおうと努力することを『煩わしい』と敬遠する態度が伺える」と分析している。 「激おこぷんぷん丸」という剽軽な言葉の響きからか「逆に怒りが収まる」などという意見も聞かれ、日経プラスワンでは前述した「6段活用」の表現も含めて「こんなに長いフレーズ。思い出しているうちに怒りも収まる?」と論じているほか、西日本新聞のコラムでは「激怒と言うより楽しげに見えるが、そこは感性の違いか」と論じられている。また、朝日新聞では「『激おこぷんぷん丸』という笑いを誘うような言葉を向けられると、不思議に怒りが収まる」という趣旨の投書が掲載されていた。 J-CASTニュースでは「インターネット上では広まっているが、本当にギャルの間で使われているのかと言えば、それは違うようだ」と報じており、後述するギャル向けウェブサイト「GRP(ギャル・リサーチ・プレス)」の編集長が語ったところによれば、「『イラおこ』は使うが、『激おこ』は使わない」としている。ファッションモデルの益若つばさも同様に「使ったことがない」としており、「代わりに『イラおこプン』などを使っていた」と述べている。 コラムニストの小田嶋隆は、毎日新聞の記事およびフジテレビの自己批評番組『新・週刊フジテレビ批評』において2013年に誕生した流行語の多くを批判しているが、「激おこぷんぷん丸」は「合点承知之助」の子孫であると述べた上で、「言葉を人名風に変化させるのは江戸時代から続く伝統的な言葉遊び。これは楽しい」「実は伝統に乗っている素晴らしい必然性を備えた言葉」として肯定的に評価している。 國學院大學教授の山西治男は、現代用語の基礎知識(2014年版)において「かつてのライオン丸、近くはおじゃる丸などの影響だろうか、2013年は精神状態を『○○丸』などと表現するのが目立った」と論じている。 岐阜大学教授の洞澤伸は、中日新聞の記事において「『おこ』という言葉には怒りを和らげる効果がある」と指摘しており、「『おこ』という可愛らしい表現を用いることによって喧嘩になるのを避ける戦略になっている」と分析している。また、「とても寒かった」を「めちゃ『おこ』寒かった」などと表現するように、言葉の強調に用いられる場合もあると述べている。 マーケティング評論家の牛窪恵は、女性セブンの記事において、適切な感情表現ができない人が増加している背景にSNSの普及があるとした上で「激おこぷんぷん丸」は時代を非常に象徴した言葉であると評価し、「『凄く怒っている』と素直に表現してしまうと『楽しい雰囲気なのに空気が読めない』と指摘され角が立ってしまうから、敢えて怒りの感情を茶化して『ネタ』にしている。SNSは周囲と同調しなければいけないツールなので、感情を押し込める必要がある」と論じている。 エッセイストの能町みね子は、週刊文春にて連載されていたコラム「言葉尻とらえ隊」において、「個人的にここしばらく若者語は不作だったと思う」とした上で「激おこぷんぷん丸」は久しぶりに活きの良い、若者らしい流行語であり「チョベリバ」以来久々のヒットの予感と述べており、お上が流行らせたようなイメージのある「KY」、流行語というより常用語として定着しそうな気配のある「ディスる」、インパクトは強いが使いどころがない「あげぽよ」と比較して「『ムカつく』と同じ意味なので誰でも使いやすい」「リズミカルな響きは耳に残る」「何より本当に流行っていることが信じられないほどインパクトのあるダサさ」を特徴として肯定的に評価している。そして「時代を彩る若者の流行語は、聞いた瞬間に異様なインパクトが必要。珍妙な響きで一気に流行り、しばらくして皆が我に返って一気にダサく感じるものこそ流行語である」とした上で、「『激おこぷんぷん丸』よ、流行語として笑われながら消費しつくされあっという間に消えてなくなってください!時代の徒花として刹那的に輝け!」と述べている。 言語学者の金田一秀穂は、小学館の雑誌サライのコラム「巷のにほん語」において「激おこぷんぷん丸」に言及し、「激おこぷんぷん丸」の「丸」はそれまでの怒りの表現をすべて穏やかな笑いに変え、「ムカ着火ファイヤー」の「着火」は怒りを冗談ごととして処置させると述べている。また、金田一が学生を対象に流行語について調査したところ「『激おこぷんぷん丸』は流行語として認められているが、実際に使うことはない」という形容矛盾的な結果が得られた点を挙げ、同様に「ギャルの流行語として取り上げられたが実際にはほとんど使われていなかった」とされる「チョベリバ」との類似性を指摘し、「激おこぷんぷん丸」と「チョベリバ」は「実際に使用される言葉」ではなく「その時代の若者全体を象徴する言葉」として存在するものなのだろうと分析している。さらに、「チョベリバ」は「単純な否定的言辞」であるのに対し、「激おこぷんぷん丸」は「ナンセンスを強く匂わせて、退廃的で刹那的な印象を与える」「『ウケる』ことを狙って怒りの表明は無効になっている」点を指摘し、「どこかしら戦前のエログロナンセンスを想起させるところがあり、世情の反映、歴史の繰り返しがあるように思えて、おじさんをちょっぴり不安にさせてしまうのだ」とも述べている。
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