ストラクチャード・ファイナンスの金融技術2
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「ストラクチャード・ファイナンス」の記事における「ストラクチャード・ファイナンスの金融技術2」の解説
金融の技術は一般的にアービトラージ(裁定)の技術とリスク・コントロールの技術に大きく分けられる。金融取引は一般にアービトラージから得られる収益を求めて拡大し、このアービトラージを背後から支えるためにリスク・コントロールの技術が拡充されるということがいえる。 アービトラージ アービトラージとは、金融商品を構成する諸要素について2つ以上の市場の間で価値の差が存在するということ(裁定機会)、あるいは、そのような価値差を埋めるような金融取引や金融商品の開発を行って、無リスクで価値差に相当する収益を得る行為(裁定取引)このような取引には、マクロ的にいえば、必ず反対のニーズを有する取引が存在しているはずであり、金融機関はこの2つの取引ニーズを合致(マリーイング)させることによって無リスクで収益をうることができると考えられた。 リスクコントロール オプションのヘッジも基本的には反対取引によりマリーイングしかせるしかなく、またそうすることが可能だと考えられていたのである。これに対して、スワップに関するウェアハウジングという概念が登場し、さらにはオプションをヘッジするためのダイナミック・ヘッジという考え方が紹介されるに及んで、提供した商品全体のリスク・プロファイルをヘッジするために必要なポジションを、全く別個の金融商品を作り出すことにより、リスクをコントロールするという発想が生まれてきた。 アービトラージ 1.市場アービトラージ市場アービトラージで古典的なものとして、金利・為替の直先スプレッド(外国為替相場における、直物為替相場と先物為替相場の差)である。為替スワップについての直先スプレッドは市場が完全で投資対象のリスクプロファイルが同一である限り、結果的にはリターンは同じという考えで決定されるが、実際には為替レート・金利水準がその通りでなければ、理論的な水準に達成されるように裁定取引(アービトラージ)が行われる。 2.米国住宅ローン金利に内在するアービトラージ米国の古典的な住宅ローンは、最終期限が30年で、元利均等払いであることから、その加重平均期間は12年程度となり、金利決定にあたり、30年が金利の基準とされていれば裁定取引が存在することになる。次に、固定金利の住宅ローンは、手数料なしで全額期限前償還することができるため、市場金利が低くなると借り換え需要が増加、期限前償還率が上昇し、金利が高くなるとその逆の現象が生じる。このように一種のコールオプションを売っていることになり、しかし、そのキャッシュフローの特性はきわめて複雑であり、オプション・プレミアムを正確に計算することが困難なため、このプレミアムを金利の中に正しく織り込めていない可能性があり、ここにも裁定取引が存在する。 3.金利の期間構造金利の水準は期間ごとに異なる。これは主として、将来の金利に対する予測と資金を固定化することに対するプレミアムが、期間によって異なるとされている。このような期間と金利の対応をイールドカーブという。一般には後者の要因が働いて、長い期間ほど金利が高くなる傾向がある(順イールドカーブ)が、将来の金利がこれから低くなるという予想が一般的であれば、目先の金利はそれに見合うだけ高くないと、長期で運用したほうが良いということになるので、短期になるほど金利の高い、逆イールドカーブと呼ばれるような期間構造となることもある。 制度アービトラージ(税金・補助金・規制) 税金・補助金の制度、規制そのものが国や地域によって異なっており、あるいは内在的な歪みがあることから生じる、制度アービトラージである。 1.タックス・ファイナンス資金の調達者のタックス・ポジションとエクイティ投資家のタックス・ポジションが異なることを着目して、税メリットを後者にとらせるような仕組みを工夫して、そのメリットの一部を調達コストに還元する。税メリットには、税金がそもそも軽減されるタイプと、損益の発生をずらせることにより税金の支払いを繰り延べることでメリットを得るタイプの2つがある。 2.ダブル・ディップあるリース取引がレッシー(ユーザー)の所在国で金融取引とみなされるために、レッシーにおいて資産計上して税務上もレッシーが償却せねばならないことになっているとする。ところで、このリースがクロスボーダーのレバレッジドリースに仕組まれており、レッサーはレッシーとは異なる国の法人であるとすると、2国間の税法は必ずしも同一ではないから、この取引がレッサーの本国では、リース取引とみなされ、レッサーも同国で資産計上して税務上償却損を認識できるということが起こりうる。同一経済取引について、2つの主体が減価償却を行えることになるから、この余分な償却から生じる税メリットを全体の価格に反映させれば、通常の仕組みよりも安いコストで仕上げることができる。当事者からすれば、両方からうまいものをすくいあげる(dip)ことになるので、ダブル・ディップといわれる。ただしダブル・ディップはリーガル・エンジニアリングの中でも最も高等な技術として、この種の仕事に関わる金融マンなら一度は夢見る挑戦だということができる。 3.規制緩和のアービトラージある業界が強い政府の規制下にあったり、独占状態、寡占状態にある場合、その業界が提供している商品の価格には一定の超過利潤が含まれている可能性が高い。このような状況が規制緩和によって崩されると、多くの場合超過利潤が顕在化されて、その再分配が行われる。さて、このような超過利潤は理論的には消失すべきものだが、規制緩和をしたからといって、即時に消失するものでもなく、むしろ、規制緩和のなかで新しい競争の枠組みや商品が生み出される過程で徐々に理論的な水準に収れんしていく可能性が高い。そこで、金利・為替の裁定取引と同じような形で、超過利潤を消失されるような動きの中に収益機会が生じることになる。 信用アービトラージ 信用リスクによるアービトラージの古典的な例は、預金者と銀行の関係にみることができる。ある企業の信用リスクをとりにいけるだけの技量のある銀行と、素人の預金者の間に、リスクに対する認識の差があるということが、銀行が成立する一つの要素である。両社に差がないと、預金者が自分から貸付をした方がより多くの利潤を得られることになるからである。 1.ジャンク・ボンドジャンク・ボンドとは、主要な格付け機関から投資適格格付け(トリプルB以上)を得ていない社債を指す。ジャンクという語感からすると、危ない社債をイメージするが、例えば長期債格付けダブルBといえば、銀行の世界では優良取引先の範疇に属するものが多いのである。ところが、証券の世界では、投資適格ではなくなった瞬間から投資家のベースが一挙に減少する。この結果、投資適格であったときに享受していた流動性が極端に悪化するので、信用リスクからして適正と思われる水準以上に価格が下落するということが起こる。こうして、銀行がしのぎを削って貸し込もうとしている先のボンドが、投資適格でなくなったという一時をもって非常に高い利回りで取引されるという現象が生じうる。また、より格付けの低い銘柄になればなるほど、企業の信用リスクをみられるという自信のある投資家しか手が付けられないが、逆にそのような投資家にとっては資本市場のプライシングが相対取引のプライシングよりも有利ということがありうる。このようにジャンク・ボンド・ビジネスは、間接金融のマーケットと直接金融のマーケットとの間で、同一の信用リスクを有する企業に対する評価が異なっていることを利用した、信用アービトラージであったということができる。 2.信用アービトラージとしてのストラクチャード・ファイナンス信用アービトラージは、ある一定の信用リスク・プロファイルを特に選好する投資家が存在している結果、そのようなリスク・プロファイルを有する商品のプライシングが特に調達者にとって有利となる場合にも成立する。より一般的に、広義の証券化、機関化が進行して、資金の給与者が銀行等の間接金融機関に比べるとリスクをより好まない機関投資家中心になってくると、機関投資家の投資基準に合致するような高い格付けを有する商品がより有利なプライシングを享受する可能もある。このように、自分の欲しい格付けを作り出すクレジット・エンジニアリングとしてのストラクチャード・ファイナンスは、信用アービトラージを可能にする基幹技術であるということができる。 マーケット・セグメンテーションによるアービトラージ もしあらゆる投資家がすべての金融商品に等しくアクセスでき、また、同一の尺度で個々の金融商品を評価して値決めをするのだとすれば、完全な一物一価が成立して、企業の資金調達コストは、純粋にその企業の信用リスクと期間や担保といった調達の条件のみに規定されるであろう。しかし、実際には、これ以外に「誰から調達するか」「何で調達するか」によってプライシングが異なるのが通常である。これは、現実には資金供与者が、その種類(セグメント)ごとに固有の特性を有しており、必ずしも相互の間に連絡がないことから、そのセグメントごとに需給関係が成立することによる。セグメンテーション・アービトラージ(segmentation arbitrage)とは、このような投資家、あるいは投資家とセットとなっている金融商品のセグメント間で一物二価が存在することを利用したアービトラージである。 1.小口化古典的な手法が、小口化の技術である。一般に小口資金は大口の資金に比べて運用対象が限られている。そこで、大口の投資を小口化してやることによって、大口投資家を相手にするよりはよいプライシングを獲得することが可能になる。銀行は小口の預金をまとめて、大口で運用することによって、信用リスク・テイクによって本来得られるべき利ザヤ以上の利益を生み出している。ただし、小口化によって、事務コストの増大、理論的に考えたほどのメリットが得られないことがある。また、一般に大衆を相手にする投資商品を扱う募集者には、消費者保護の観点から高度の責任が要求される。 2.法的性質の転換セグメンテーション・アービトラージを狙うには、CMOのように期間(短期、中期、長期、超長期)、クーポン(固定、変動、ゼロ・クーポン)などを変えるだけではなく、そもそも商品の法的性質を転換することが有効な場合が多い。特に、機関投資家の場合、それぞれ特有の投資規制があることから、これを念頭においた商品設計を行うことによって、より有利なプライシングを得ることができる。法的性質の転換という観点から、貸出の減少に悩んでいるものの、証券投資でもよいと割り切れてもいない機関投資家的間接金融に対して、セカンダリー・マーケットで利回りの高い証券をSPVを介してローンに転換してやるようなスキームを反証券化(descuritization)という。
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