コーデックスII
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 04:13 UTC 版)
「ナグ・ハマディ写本」の記事における「コーデックスII」の解説
コーデックスIIは、四世紀半ばに筆写されたものと推定されている。 コーデックス番号題名備考II 1 ヨハネのアポクリュフォン 復活したイエスが昇天する前にヨハネに向かって語った黙示録の体裁を借りて、人間の創造、堕落、救済について説いた書で、主として創世記の初めの部分を神秘主義的に再解釈している。創世記以外でも、イザヤ書からの引用が頻繁に見られる。グノーシス主義の重要な著作である。エイレナエオスの『異端反駁』に、「ヨハネのアポクリュフォン」の主要な教えに関して書かれていることから、185年以前には成立していたことがわかる(エイレナイオスは「ヨハネのアポクリュフォン」の前半を要約して書き残しているが、後半は省略されている。)。『異端反駁』以外では、ヒッポリュトスの『全異端反駁』やエピファニオスの『薬籠』にも証言があるが、それらの内容は相互に異なっている。「ヨハネのアポクリュフォン」が最初に発見されたのは1896年のことで、あるドイツ人エジプト学者がカイロで購入した古文書(「ベルリン写本」)に含まれていた。この古文書の中には同時に「マリアによる福音書」も含まれていたことも知られている。「ヨハネのアポクリュフォン」の成立時期に関して、150年よりも以前であるに違いないと主張されたこともあったが依然として議論の余地がある。いずれにしても314年以降に成立することがないのははっきりしている。「ヨハネのアポクリュフォン」のコプト語訳には3つのバージョンがあり、II 1とIV 1は同じギリシア語のテクストから訳されたものである。一方、III 1は別のより短いギリシア語版からのコプト語訳である。コーデックスII 1, IV 1の方がIII 1よりも長いので前者を長写本、後者を短写本と通称している。一方、ベルリン写本 (BG 8502, 2) はナグ・ハマディ写本とは別のコプト語版である。写本の状態は「ベルリン写本」のものが最もよい。時代的には、コーデックスⅢ収録のものが最も古く、それに次ぐのがベルリン写本、最も新しいのがコーデックスⅡ収録のものである。コーデックスII収録の「ヨハネのアポクリュフォン」は、最初の六ページに渡って大きな欠損があり、この部分はベルリン写本を参照して推測的に復元する以外にない。「ヨハネのアポクリュフォン」に書かれているのはキリスト教グノーシス派の世界創造・救済神話で、その首尾一貫した説明は、数多いグノーシス主義文書の中でも稀なものである。コーデックスⅡ収録の「ヨハネのアポクリュフォン」には、ストア学派や中期プラトン主義の影響が強く見られる。セツ派に属する文書と見なす研究者が多い。 2 トマス福音書 3 ピリポ福音書 4 アルコーンの本質 アルコーンとは、ギリシア語で支配者を意味する。物質的世界を支配する存在で、造物神ヤルダバオートを第1のアルコーンとしてその配下に七人、十二人あるいはもっと多数のアルコーンが存在しこの世を統治していると考えられた。本書はコーデックスIIの中では保存状態のよいほうである。題名は古代の慣習にならって本文の最後に記されている。原本がギリシア語であることは本文より明瞭である。ギリシア語原本の成立年代については見解がわかれている。本文書と「この世の起源について」との間には著しい平行関係があり、両文書は共通の資料を用いているというのが多数意見である。弟子が質問を行い、それに師が答えるという問答形式に従っており、細かい部分になると必ずしも理解しやすくはないが、全体の構成は2部に大別できる。前半は、匿名の語り手が創世記1-6章(アダムの創造からノアの洪水まで)をグノーシス主義的に再解釈して説明する。後半は、突然語り手がノーレアに変わり、ノーレアが天使エレレートから受けた啓示を両者の対話形式で物語る。後半部分で、改めてアルコーンの生成から説き起こされ、最後に救済論・終末論の予言で終わる。前半と後半で内容や語り方が異なっていることから、「アルコーンの本質」の編集者は少なくとも2つの資料を用いてそれらをつなぎ合わせたものと考えられている。グノーシス主義の分派のどこに属する文書なのかについては見解がわかれていてはっきりしない。 5 この世の起源について 本文の最初にも最後にも題名は書かれていない。元となった写本に書かれていなかったか、または筆写した際に書き写すのを忘れたかして題名が書かれなかったものと推測される。「この世の起源について」はH.M.シェンケが1959年に行った提案以来研究者間で一般的に使われている呼び名だが、これとは別に「無表題グノーシス主義文書」という呼び方がされることもある。保存状態はかなり良好で欠損部分は少なく、その部分も修復は容易な所が多い。原本はギリシア語であったことは本文にギリシア語の借用語が多いことから明瞭である。「この世の起源について」はコーデックスII以外に2つの異本が存在する。1つはナグ・ハマディ写本収録のコーデックスXIII、もう1つは大英博物館に保存されている写本断片 (MS, Or, 4926(1)) である。コーデックスXIIIの最終ページの下十行にコーデックスIIの最初の部分と並行する文章が残されているがそれ以降は伝わっていない。大英博物館の写本断片に関しては、存在自体は1905年には知られていたが「この世の起源について」の異版であることは1972年になってCh.オイエンによって初めて解読された。コーデックスII以外は断片でしかないため、テクスト批判には限定的にしか使えない。「この世の起源について」は、カオス以前にこの世は何も存在しないと一般に言われているがそれが誤りであるということを著者が論証しようとした文書である。非体系的ではあるが救済神話を書き表している。ただ、その書き方は首尾一貫性に乏しく多くの挿話・逸脱を含む。マニ教の神話との類似性を指摘する研究者は多い。一般にマニ教よりも「この世の起源について」の方が時期的に古いとの見解が受け入れられている。「この世の起源について」ではピスティス・ソフィアが陰に陽に活躍することから、キリスト教グノーシス主義の作品「ピスティス・ソフィア」と同じ系列に属することは間違いない。また、ナグ・ハマディ写本収録の「アルコーンの本質」との間に著しい並行性が見られる。このことから「この世の起源について」と「アルコーンの本質」は第3の共通の文献を使っていると推定する研究者が多い。本文書を書くにあたって、著者が多くの資料を使っていることは確実である。新・旧約聖書以外に、「預言者モーゼの至高天使」「ノーライアの書の第一巻」「ソロモンの書」「十二人の下の天の宿命の星位の書」「預言者ヒエラリアスの第七の世界」「聖なる書」が本文に引用されているがいずれも未知の書である。 6 魂の解明 題名は、本文の最初と最後にそれぞれ記されている。「魂の解明」と呼ばれているが、書かれている題名を直訳すると「魂に関する解明」である。ギリシア語原本からのコプト語訳だったと考えられる。原本の成立年代に関して正確なことはわからない。コーデックスIIの成立時期が四世紀前半と考えられ、また、ギリシア語原本が存在したことはほぼ確実であるので、原本の成立は二世紀後半から三世紀だろうと推定されている。内容は、魂(プシケー)の堕落とその救済に関するグノーシス主義的解明と勧告を説いた説教あるいは説話である。書かれているプシケー神話が比較的単純で一貫性を持っていることから、初期研究において、魔術師シモン(20世紀末の研究レベルでは、シモンの歴史的実在性は疑われている)あるいはシモン以前まで起源を遡る仮説が出されたが、それに異議を唱える研究者もいる。「真正な教え」「ピリポによる福音書」と共通点が多い文書で、プローティノスの『エネアデス』内に書かれているプシケーの物語と非常によく似ている。旧約・新約聖書からの引用の他、オデュッセイアからの引用も見られる。 7 闘技者トマスの書 題名は本文の最後に書かれているが「闘技者トマスの書」という呼び方は通称である。最後の部分に書かれている文言は「トマスの書/闘技者記す/完全なる者たちへ」である。トマスと闘技者を同一の人物とみなして「闘技者トマスの書」と呼んでいる。ただし、別人であるとの可能性も残されている。厳密に言うと、題名の後にも若干量の文書が書かれている。飾り枠の中に「私を憶えよ、私の兄弟よ、/あなたたちの祈りの[中]で。/平安あれ、聖徒たちに、/そして、霊的人々に。」と書かれているが、コーデックスIIの作成者が付記したもので本文書とは無関係だと思われる。文書の保存状態はかなり良好である。ギリシア語原本からのコプト語訳と考えられる。ギリシア語原本は、三世紀の前半におそらくエデッサで成立したと推定されている。2部構成の「啓示対話」の文書で、トマスの問いに対してイエスが答える形式で「隠されている事柄」が読者に啓示されていく。ただし、文書全体は対話形式に従っているものの、内実共にそれに忠実なのは最初の5分の3までで、残りの5分の2は、実質的にはイエスのモノローグによる説教である。後半の説教部分にはグノーシス的要素は見られず、むしろマタイ福音書やルカ福音書の「山上の説教」と並行する句が認められる。文書全体を貫くキーワードが「火炎」「獣」である。「火炎」は欲情、劫火の、「獣」は人間の身体、性欲、交合の隠喩として用いられている。題名にある「闘技」とは、これらの肉欲と闘うという意味である。全体としてはグノーシス主義の文書とは言えず、グノーシス主義者に対してではなく正統教会の外延をなした修道者向けに書かれた文書だとみられる。
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